大躍進の始まり

 数日後、スルーズ商会の屋敷で会議が開かれた。

 参加者は、商会からルイン、アルビス、イーリン、出資者としてノベルとキース、そしてノベルの護衛としてアリサが扉の前で立っている。


「いやぁ、さすがの手腕としか言いようがないな」


 今回の取引に関する書類を読んだキースは、おどけた口調で肩をすくめる。

 アルビスがまとめたそれには、ダークマター所有券を購入することになった経緯から、オリファンとヴァルファームの戦況の変化、そしてそれによって変動したダークマターの値動きと、スルーズ商会の確定利益まで詳細に書かれていた。

 結局、オリファンは一部のヴァルファーム領を奪ったものの、エルフたちの鉄壁の防御に苦しみ、ダークマターの鉱山を奪うことなく、撤退したのだった。それをきっかけに、ダークマターの価格は天井をつけ急落。

 ノベルの判断の正しさを証明していた。

 

「ええ、お見事です。ノベルさんがいてくださらなければ、スルーズ商会は今頃潰れていたことでしょう。本当に感謝してもしきれない」


 ルインの感嘆を滲ませた言葉に、アルビスとイーリンも深く頷く。

 イーリンは、懐かしむように目を細め、ノベルへ微笑みかけた。


「初めてお会いしたときは、心細そうに私を頼ってくれたのに、あれが嘘のようですわ」

 

「いやいや、あのときは本当に助かったよ。出会ったのがイーリンで良かった」


 ノベルがそう言うと、イーリンは少し頬を赤らめはにかむ。

 それを見たルインは、「ふむぅ」と顎に手を当て二人を交互に見る。

 そして珍しく興奮したように声のトーンを上げた。


「ノベルさんさえ良ければ、ぜひともうちのお転婆娘てんばむすめをもらってやって欲しいですな」


「えぇっ!?」


「お、お父様っ!? い、いいいいったいなにを言い出すんですか!?」


 ノベルは驚愕の声を上げて固まり、イーリンは顔を真っ赤にしてルインを睨んだ。

 ルインは苦笑する。

 

「す、すまんね。少し気が早かったか」


「そうですわ! そういうのは、もう少しお互いを知ってからでないと。それに、ノベルさんにはアリサさんがいますし……」


 イーリンは急に声のトーンを落とし、直立不動だったアリサに目へ向けた。 

 ルインも「そうだったのか」と、アリサへ目を向けると、本人は顔をみるみる紅潮させる。


「わ、私ですか!? そ、そんな、ノベル様のことは、大変尊敬しておりますが、そのぅ……」


 アリサの語尾が小さくなり、ギュッと目を瞑って下を向く。

 いつもの凛々しい雰囲気はどこかへ消えてしまった。

 会議室がそんな緩い雰囲気に満たされ、アルビスとキースはため息を吐いた。


「青春、ですなぁ」


「うらやましいねぇ、色男め」


 だんだんと収拾がつかなくなってきたので、ノベルが大きく咳払いをして本題に戻した。


「今回の取引で、スルーズ商会はかなりの利益を手にすることができました。でも、これはまだ、商会の経営を立て直すための始まりでしかない。スルーズ商会に純資産は残っておらず、抱えている負債を返すだけでもひと苦労。しかし商売にはスピードが重視される」


「おっしゃる通りです。しかし大きく動くにしては、まだ営業資金が不足しているように思われます」


「ルイン会長の言う通りだと思います。だからこそ、もう一人の出資者がいるんですよ」


 ノベルはそう言ってキースへ目を向ける。

 彼もノベルの言いたいことを察していたようで、やれやれと芝居じみたため息を吐く。

  

「……すればいいんだろう? 追加出資」


「本当ですか!? キースさん!」


「ノベルの頼みでもあるし、なにより儲かりそうだからね」


「本当にありがとうございます」


「キース、ありがとう」


 ノベルが礼を言うと、キースは二ヤリと片頬だけ吊り上げて笑った。

 

「それでノベルさん、今後のスルーズ商会の商売について、なにかご提案があると事前に伺っていましたが」


 ルインが真剣な面持ちになって問う。

 そう、それこそ、この会議で話すべき本題。

 ノベルは緊張と期待で、高鳴る鼓動を感じながら告げる。

 スルーズ商会の未来の姿を。


「これから、スルーズ商会は投資業を基軸として商売を展開していくべきだと思います」


 思いもよらぬ言葉に、その場が静まり返る。

 スルーズ商会の三人は理解できていないようでポカンとしており、キースは「へぇ」と感嘆の声を上げていた。

 ルインが恐る恐るというように、震える声でアルビスとイーリンの疑問を代弁する。


「投資業を基軸にするとは、具体的にどのような商売になるのでしょうか?」


「方針としては簡単です。スルーズ商会はこれまで通り、各地から情報を広く集めてください。その情報から時勢を読み、儲かりそうな商会へ投資する。利益を出せるような経営や悪い商売手法の是正ぜせいなど、オーナーとして提案していくんです。時と場合によっては、買収してしまってもいい」


 これがノベルの思い描いていたスルーズ商会の未来だった。

 以前、エデンで急成長したホロウ商会とはまた別の路線を辿ることになる。

 情報屋と一言で言っても、やり方はそれぞれで全く違うのだ。

 元を辿れば情報を操ることにある。

 得た情報を、儲かるからと売るのではなく、自らがそれを最大限活かして商会を動かす。

 その方が継続的で莫大な利益に繋がるのだ。

 イーリンは瞠目し目を輝かせていた。


「す、凄い……」


「な、なるほど。そんな商売手法、思いつきもしませんでした。いやはやノベルさんには敵いませんな」


「まったくです」


 ルインとアルビスが感嘆のため息を吐き深く頷く。

 ノベルは立ち上がり、声高らかに告げた。


「今日という日を、スルーズ商会の大躍進の始まりとするのです!」


 この日、スルーズ商会は『スルーズ投資商会』と名を改め、本格的に新たな商売へ挑み始めるのだった。

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