遺言

 ――時刻は数時間前まで遡る。


 早朝の城下町の大広場。

 通行人はまだまだ少ない。

 家を早くに出た、雑貨屋の店員をしている男は普段通り何気なく歩く。

 時刻的には、もう間もなく大勢の人々が行き交う頃だ。

 彼は人込みが得意ではなかった。


「……ん?」


 しかし大広間の掲示板の横を通り過ぎようとしたところで、ふと足を止める。

 視界の端を横切った光景に、違和感を感じたのだ。

 掲示板に目を向けてみると、おかしなことになっていた。

 普段は小さな紙が無数に貼られ、目的の情報を見つけるのにも苦労する。それなに今は、大きな一枚の紙だけが中央に貼られていたのだ。

 そしてようやく気付く。

 周囲を吹き荒ぶ風に流され、時おりビラのようなものがヒラヒラと舞っているのを。


「待てよ……」


 そう意識すると、寝惚けていた脳が次第に目覚めていき、ここへ来る途中にも至る所にビラが貼ってあったことを思い出す。

 あまりの不自然さに、男は恐怖を感じた。

 

(いったいなんなんだよ……)


 内心で毒づき、目の前に貼ってあった紙の一番上から読み始める。

 そして目を見開き、手に持っていた小包こづつみを落とす。


 ――ランダー・プリステンより、平和を愛するエデンの民へ。


 この手記が読まれているとき、僕は既にこの世を去っていることだろう。

 しかしそれでも、どうかこの言葉がエデンの皆に届くことを心より願っている。


 今ここに、はっきりと真実を告げよう。

 僕を含めプリステン家は、冤罪により陰謀の犠牲となった。

 エデンの民たちよ、心して聞いてほしい。

 真の敵は、エデンを私物化している為政者いせいしゃたちである。

 彼らは己の欲望のために、プリステン家をエデンの仇敵きゅうてきであると吹聴し無実の罪をでっちあげ、エデン国民の愛国心を利用してあざむいたのだ。


 これは決して許されることではない。

 もし信じられぬと言うのなら、裏で繰り広げられている、彼らの悪行に目を向けよ。


 権力にもの言わせ、商人から金を巻き上げてはいないだろうか?

 民の納めた税を、不正に抜き取ってはいないだろうか?

 自分の言いなりになるよう、圧力をかけてはいないだろうか?


 それが本当に、エデンを救おうとした者のやることか。


 エデンは本来、自由で平和な国のはずだ。

 それがいつの間にか、私腹を肥やした為政者たちの奴隷になっている。

 そう、エデンの民は今、彼らが栄光を得るためだけの道具にすぎない。

 

 為政者たちはいずれ、自分の立場が危うくなったとき、再び無実の人間を陥れ皆を欺こうとするだろう。

 僕の愛するエデン国民よ、しっかりと目を開いて真実を見てほしい。

 真の愛国心を取り戻し、決して誰かの陰謀にのまれるな。

 

 もう二度と、我が家族のような悲惨な犠牲者が出ないことを心より願い、僕は安らかに眠る。


 ――ランダー・プリステン


「ぅっ……」


 最後まで読み終えた男は、一筋の涙を流していた。

 これは第三王子ランダーが遺した遺言なのだ。

 その言葉に秘められた想いが胸を打った。

 周囲には、いつの間にか人々が集まって来ていたが、彼らもランダーの遺言を読んで足を止めている。

 誰もが衝撃の言葉に固まっているが、誰一人として疑うような感情は浮かべていない。


 そんな彼らの姿を、ランダーは路地裏から盗み見ていた。

 

「……準備は整った」


 彼は手始めに、自分がかつて投資していた商会の元を訪ね、大金を積んで大臣たちの不正を暴いていった。そしてそれを、ホロウ商会や他の情報屋を使って町中に拡散させたのだ。

 完全に民の心を政治家たちから引き剥がしたところで、夜中のうちにランダーの遺書を国中へばら撒いた。

 すべては計画通りだ。

 そのとき、大広場の近くで豪快な声が上がる。


「――我々は、今こそ目を覚まさなければならない! エデンの民として、真の誇りを取り戻す!!」


 このときのために買収した、ハンターギルドのカリスマハンターだ。

 至る所で次々に声が上がり、彼らに扇動された民たちは雄たけびを上げ動き出した。

 ランダーは、フードを深々とかぶって顔を隠し歩き出す。

 

「――さあ、決着をつけよう。魔人、キグス、そして我が旧友……オーキ・クルトっ!」

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