ファイナンシャルファンタジー -逆襲の投資家-

高美濃四間 @ タカミノ出版

序章

投資家の転生王子

 日本のあるところに、一人の不幸な少年がいた。

 少年は裕福な家に生まれたが、体が弱く不治の病によって二十代のうちにその儚い命を失ってしまう。

 人生の半分以上を病室で過ごした彼の唯一の楽しみは読書だった。

 小説を始め、政治、経済、歴史、金融と様々な分野に興味を持ち、その命尽きるまであらゆる知識の習得に没頭したのだ。

 死の間際、せっかく得た知識を活かす機会がないことを、少年が残念がるのも無理はない。


 そんな無念が天に届いたのか、彼は異世界に転生していた。

 そこそこの国土を持ち、商業の発展した帝国『エデン』の第三王子として。

 名は、ランダー・プリステン。

 残念なことに優秀な兄、ロード・プリステンとエンペイラ・プリステンがいるため、次期国王の座は望めない。

 しかしそれでも、ランダーは構わなかった。

 彼は前世で得た知識を使って、今生こんじょうの生活を大いに楽しんだ。


 ――――――――――


 そこは、エデンにある大都市『ベルセルク』。

 焦げ茶色のマントを羽織り、フードを深々とかぶったランダーは、お忍びで城下町にある小さな鍛冶屋に足を運んでいた。

 表の暖簾のれんをくぐると、豪快な声が出迎える。


「いらっしゃい! 本日はどんな御用で?」


 豪胆な笑みを浮かべ野太い声を発したのは、店主のハンガスだ。

 鋳造炉の前にある石造りの椅子に座り、剣の刃を鍛えている。

 ハンガスは白髪を角刈りにした恰幅の良い大男で、着ているツナギの内側から筋肉が押し上げ存在感を強調していた。まさしく親方といった印象だ。

 ランダーは両手でフードを外し、笑みを浮かべた。


「やあ、ハンガス。調子はどうだい?」


「って、ランダー王子!? よくおいでくださった!」


 ハンガスは慌ててカナヅチと剣を台に置き、立ち上がる。

 ランダーが目を光らせて店内を見回すと、剣や槍、ハンマーなど、洗練されたデザインの武器が銀の台の上に綺麗に並べられていた。

 ハンガスは自信満々に鼻を鳴らし胸を張る。


「おかげさまで売り上げは順調ですよ。王子に教えてもらった『差別化戦略』ってのは、効果抜群ですわ!」


 ハンガスがガハハハと豪快に笑う。

 実は、この鍛冶屋を繁盛させた立役者はランダーだった。

 ハンガス工房はかつて、調理用ナイフや食器、武具など日用品から戦闘用品まで、様々なものを製造していたが、売れ行きが安定せず破産しかけることも多々あった。そこにランダーが出資し、差別化戦略を提案して立て直しに成功したのだ。

 ハンガスの感性は少々鈍かったが、前世で多くの武器図鑑を読んでいたランダーが彼の打った武器を見て、デザイン的な改善案を出し、見た客の琴線に触れるような『カッコいい武器』を生み出すことに成功。それによって売り上げを飛躍的に伸ばした。


「こんな造形、考えもしませんでした。いったいどこで学んだんです?」


「それは秘密だよ」


 関心した表情で顎に手を当てるハンガスに、ランダーは微笑んではぐらかした。

 そして、ハンガスから売り上げのほんの一部を受け取ると、ランダーは店を出て行った。

 投資のリターンだ。賄賂わいろではない。


 この世界で店を構えたり、商会を運営するには、大きく三種類のやり方がある。

 一つ目は、事前に潤沢な開業資金を集め、自らの力のみで開業すること。

 二つ目は、金庫番という金融業者から融資を受けること。現代でいうところの銀行だ。

 ただし、融資を受けるにはかなりの社会的信用が必要で、利率も二割以上とかなり高い。名門一族でもなければ、なんの実績もない人間が利用するのはほぼ不可能だ。

 そして三つ目は、個人投資家と組むことだ。出資するかどうかは個人の裁量によるため、自由度が非常に高い。そのため、詐欺などに利用されることもなくはないが、開業のハードルが下がるため多くの商人が投資家を重宝している。


 ランダーはこの三つ目のやり方を利用し、王族として持つ潤沢な資金を散財に使うのではなく、エデン国内の商会や店に投資し、前世の知識を活用してオーナーとしての多くのアドバイスをしてきた。

 もちろん、成功ばかりではなかったが、この経験を通してランダーも投資家として成長し、多くの弱小商会を救った。

 そのおかげで、元から大量にあった資金がさらに増え、ランダーの金庫番口座はパンパンだ。

 残念なことにこの国の政策金利は低いので、それを寝かせて増えることはないが……

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