投資家として
「はい? なんておっしゃいました?」
「あっ、いやなんでもないよ。ところでイーリンのお父さんは、なんの商売をしているの?」
先ほどの話から気になっていたことだ。
商売でコンゴウ州に行ったということは、他国との繋がりを持っている商会かもしれない。イーリンの育ちの良さを見ていても、それなりの規模ではないのか。ノベルはそう期待した。
イーリンは特に隠す素振りもなく答える。
「情報を取扱う商会の長をしています」
やや声のトーンを落とし、長いまつげを伏せる。
彼女の陰のある雰囲気が気にはなったが、それはノベルの興味を引いた。
情報産業であれば、リュウエンも扱っていた上に、それを上手く利用して規模を拡大した。
さらに、彼女の父が商会長というのも数奇な巡り合わせだ。
ノベルの中でかすかな希望が見えた。しかしどうしたものかと考えていると、イーリンはすっと立ち上がった。
「ごめんなさい。この後予定があるので」
彼女はノベルへ頭を下げると、店主に言って素早く会計を済ます。
背筋がピンと伸びて、言動にもメリハリがある。彼女は一つ一つの仕草が綺麗で、上品さを失わない。
しかしどこか暗い雰囲気も隠し持っていた。
彼女の不思議な魅力に見惚れていたノベルは、我に返ると慌てて「待ってくれ」と呼び止め立ち上がる。
「僕の分まで、払ってくれてありがとう。でも返さないわけにはいかないよ。だから――」
「――大丈夫ですよ。大したことではありませんので」
イーリンは、やんわりとノベルの返礼を断る。
ついでに商会の場所や名前を聞き出そうとしたノベルは言葉に詰まった。
そして彼女は、淀みない足取りで店を出て行くのだった。
「そんなぁ……」
拒絶されたことにショックを受けたノベルは立ち尽くす。
彼女やその父は、ただならぬ事情を抱えているのかもしれない。つまり、この国で貧困に苦しんでいるのは、彼女も例外ではないということだ。
それなら、少額のジールと交換したテラを返したところで、苦しい現状は変わらない。
だからこそ、
「僕は投資家だ……イーリン・スルーズ、この恩はあなたからの投資として受け取った。必ず、この恩は何倍にもして返す」
店を出て、もう見えないイーリンの背へ向けて告げるのだった。
ノベルは為替商の場所を店主から教わり、活気のない町へ出た。
エデンと比べるのもおかしな話だが、治安の悪さが比べものにならない。
路地に横たわっている人たちもいるし、喧嘩しているのか怒声もどこからか響く。塗装が剥げ、まともに補修されていない小さな建物が立ち並び、地面にはゴミが散乱していた。
もしかすると、外套の下の上質な衣服で歩いたりしたら、金目当てで襲われたりするかもしれない。そんな話、物語の中だけだと思っていた、己の世間知らずを反省する。
それからしばらく進むと、遠方に大きな建物が見えた。かなり綺麗な城だ。
大通りに出たところでふいに立ち止まる。
周囲を見回してみると、先ほどまでと少し景色が違った。
ボロボロの建物はあるし、表情の暗い貧相な身なりの人々は変わらないが、ところどころ場違いで小綺麗な屋敷があるのだ。大通りには、身なりが良い貴族のような人々がときたま我が物顔で歩いており、彼らは貧しい市民を見下すような視線を向けていた。
貧富の差があまりにも激しい。
ノベルは、大変な国に来てしまったのではないかと不安を抱くが、今は為替商を目指し大通りを曲がり小さな通りに出る。
ようやくそれらしき看板を見つけ、比較的綺麗な店に足を踏み入れた。
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