第五章 バブル崩し
新通貨レンゴク
「――すみません。今流行りの『新通貨』はどこで買えるのでしょうか?」
「え? あ、あぁ……そこの角を右に曲がって、まっすぐ行けば交換所があるよ」
突然声をかけられた男は、振り返ると一瞬固まった。
その後すぐに、慌てたように道の説明を始める。
「そうだったんですね。ご親切にどうもありがとうございます」
女がそう言って柔らかく微笑むと、男は鼻の下を伸ばし「あ、案内しようかっ?」と提案してくるが、そこにノベルが歩み寄った。
「アリサ、そっちはどう?」
「あっ、ノベル様」
男は目を白黒させながら、ノベルとアリサを交互に見回し、落胆したように肩を落とすとなにも言わずに歩き去ってしまう。
そんな彼の姿を見て、アリサは首を傾げた。
「いったいどうされたんでしょうか?」
「う~ん……」
ノベルは顎に手を当て、改めてアリサを見てみる。
今日はいつもの甲冑の上にローブを羽織った装いではなく、純白のブラウスの上に赤いベストを着て、花柄のロングスカートを履いた私服姿だった。
綺麗な深紅の髪と美しい容姿も相まって、高貴な家柄の令嬢のようでもある。
彼女に私服を着てもらったのは、闇通貨改め新通貨が、どの程度広まっているか通行人に聞くためだった。
「アリサに一目惚れ、とか?」
「またまたご冗談を」
アリサが口元に手を当てて楽しそうに笑う。
ノベルからすればそれしかないと思ったが、彼女は本当に冗談だと思っているようだ。
ノベルがジッと見ていると、アリサは急にモジモジしだした。
「ノ、ノベル様、この恰好は久々なもので、あまり見つめられると恥ずかしいです……」
「え? あっ、ごめんごめん」
「もしかして、どこか変でしょうか?」
不安そうに言って、アリサは自分の全身を見回す。
ノベルは慌てて否定した。
「そ、そんなことないよ! 凄く似合ってる」
「そ、そぉですかぁ?」
アリサは安堵の息を吐くと、花開くようにぱぁっと顔をほころばせた。
そんな魅力的な表情を浮かべるアリサに、周囲の通行人はチラチラと視線を寄越してくる。主に男たちだ。
ノベルは途端に居心地が悪くなり、咳払いして告げた。
「とりあえず、さっきの人が言ってた場所に向かおう」
「はい、かしこまりました」
アリサが説明を受けた通りに二人が進んでいると、見覚えのある小さな店があった。
以前、バグヌス為替商の店があったところだ。
新通貨は闇市場から流れてきたこともあって、なんとなく嫌な予感のするノベルだったが、ひとまず店に入ってみる。
「――いらっしゃいませ」
簡素な店内にいたのは、冴えない中年の男一人だけだった。
人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。
店内もバグヌスのときのような怪しさはなく、むしろ飾り気がなく寂しい雰囲気だ。
ノベルはカウンターまで歩いて行くと告げた。
「新通貨というものを噂で聞いて、どんなものか確かめに来たんです」
「それそれは、素晴らしい先見の明をお持ちですね。すぐに用意します」
店員はそう言って、横の棚から一つの小さな箱を取り出し、カウンターテーブルに置いた。
蓋を開けると、手の平サイズの一枚のカードが入っていた。
見たところ鉱石類で造られており、表面は灰色でツヤツヤと光っている。
「石記を見るのは初めてですか?」
「は、はい」
店員はそう言ってアリサにも目を向ける。
アリサも首を縦に振った。
ノベルは店員の許可を取ってから持ち上げてみる。
「思ったより軽い」
「材質は何の変哲もない鉄鉱石ですからね。通貨の製造に用いられているものと同じです。ですが、これには凄い仕掛けがありましてね……」
「仕掛け、ですか?」
自信満々に言う店員だったが、ノベルには皆目見当もつかない。
自分で触れてみて、なにか仕掛けが施せるようには思えないのだ。
アリサも横で首を傾げている。
「それこそ、この新通貨『レンゴク』が広まる根拠です。実際に見た方が早いでしょう。レンゴクの交換量はいかがされますか?」
「とりあえず、一〇〇〇テラで買える分だけお願いします」
「かしこまりました」
店員は一〇〇〇テラに相当する一枚のテラ通貨を受け取ると、カウンターの裏の引き出しを開けた。
特に深く考えず交換を依頼したノベルだったが、横を見るとアリサが熱心に壁の貼り紙を見ていた。
そこに書いてあったのは、リュート通貨に対するレンゴクの日々のレート表だった。もちろん、テラ/リュートのレートも書いており、ノベルは素早く一テラあたりのレンゴクの価値を計算する。
「ぇっ?」
ノベルは小さく声を上げた。
なぜなら、先日キースが調べてきたときよりも、レンゴクの価値が上がっていたからだ。
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