再会

「まっ、待ってください! それはまだ憶測でしかないですよね? そんな恐ろしい展開を予想して大金をつぎ込むなんて……」


「それなりの判断材料はあるんです。実は先日、ミスリルの価格が少し上昇していました」


 ミスリルは白銀に輝く高硬度の鉱石で、高級武具や装飾品などに使われる。基本的にミスリルの価値が上がるときは、連動して鉱石類全ての価格が上昇し、製造業にとって痛手になるのだ。 

 また、ダークマターやオリハルコンと同様に、所有券取引の人気商品でもある。


「は、はぁ」


「しかし相関性の高いオリハルコンは大して上がっておらず、最近の世界情勢にも特に変化はないようでした。それで気になって、その日の取引量を調べたんです。そしたら、普段の三倍の量が取引されていました」


「そ、そんなに!?」


「ええ。それはつまり、ミスリルを武具製造の目的で大量に購入した大資本がいるということ。それが今日得た情報で、ようやく繋がりました」


 ルインはハッとして息を呑んだ。

 ノベルには見えていたのだ。ミスリルを買い集め、戦いの準備を始めている者の存在が。

 ようやくルインが納得すると、ノベルは今後の商売について軽く話し合った後、屋敷を出たのだった。


「――あら? ノベルさん!」


 オンボロ屋敷を出ると、イーリンが向かい側から屋敷へと歩いてきていた。

 彼女ときちんと顔を合わせるのは、初めて会ったとき以来だ。


「久しぶりだね、イーリン」


「ええ、本当に。ところで、そちらの方は?」


 イーリンが首を傾げ、ノベルの後ろにいたアリサに目を向ける。

 アリサは一歩前に出てノベルの横に並び、丁寧に頭を下げた。


「申し遅れました。私はノベル様の護衛を務めております、アリサと申します」


「私は、イーリン・スルーズですわ。でもノベルさん、護衛とはどういうことですの?」


 イーリンは訝しげな目をノベルへ向ける。

 不思議に思うのも仕方ない。

 彼女と出会ったときは、持ち合わせの金もなく、無様にも死にかけていたのだから。 


「え、えっと……昔、僕に仕えていてくれたんだ。そ、それで偶然再会してね」


 ノベルは良い言い訳が思いつかず、あたふたする。

 そんな姿が面白かったのか、アリサは後ろでクスクスと笑う。


「本当ですのぉ?」


 イーリンはますます怪しいという風に、ジト目をノベルへ向けた。 

 ノベルの額に冷汗が浮かんでいく。


「まあいいですわ。ノベルさん、我がスルーズ商会への資金援助、心より感謝いたします」


 イーリンは急に態度を変え、白のロングスカートの裾を持ち上げ、優雅にお辞儀する。

 その様は、高貴な家柄の令嬢に相応しい。

 なんとなく、妹のレイラが生きていたら、こういう風になって欲しかったとしみじみ思う。

 

「……ノベル様?」


 ノベルが一人で感傷に浸り、しんみりしていると、ずっと黙っていることを不審に思ったのか、アリサが耳元で小さく声をかけてきた。

 イーリンも不思議そうに首を傾げている。


「どうされました?」


「あ、いやごめん」


 ノベルはコホンと咳払いして気を取り直すと、イーリンに対抗するかのように、大仰に告げた。


「僕には君から受けた恩がある。このノベル・ゴルドー、受けた恩は必ず何倍にもして返す性質たちなんだ」


「まぁ……」


 ノベルの言葉に、イーリンは両手で口元を押さえた。なんだか感激している様子だ。

 後ろでアリサのため息が聞こえた。

 少し大げさすぎたかとノベルは思う。

 これでは、イーリンのためにスルーズ商会を救おうとしているみたいではないか。ノベルは途端に恥ずかしくなった。

 

「そ、そういうわけで! またね、イーリン!」


 ノベルは早口で別れを告げると、彼女の横を通り過ぎる。


「は、はい。また……」


 嬉しそうに微笑んで手を振るイーリンを背に、ノベルは足早に去るのだった。


 その後、ノベルは所有券取引所で直近の値動きを確認した後、アリサと共に宿へ向かってまっすぐ歩いていた。

 もう夕方だ。

 

「まったく、ノベル様ときたら……」


 横を見ると、アリサがジトーと半眼を向けていた。


「な、なんだよ?」


「いったいいつから、女たらしになったんですか?」


「な、なんのこと!?」


 アリサは、さっきからずっと不機嫌そうに頬を膨らませていた。

 どうやら、ノベルがイーリンへ言ったセリフがよほど気に入らないらしい。

 

「まさか、いつも城下町でこそこそしてたのはぁ」


 アリサの語気が段々と強くなってくる。

 謎の迫力が怖すぎてまともに目を見れない。


「い、いやっ! ハンガスに連れられて、ちょ~っと遊びに行ったぐらいだよ」


 その瞬間、アリサの目がクワッと見開かれた、気がした。

 

「ノベル様ぁぁぁぁぁっ!」


 アリサの不満が頂点に達し、ノベルが逃げ出そうと前を向くと――

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