もう一人の投資家
「……なんてことだ」
ルインが顔面蒼白で呟き、頭を抱える。
ノベルは歯を食いしばり、悔しさに拳を握りしめた。
「これが金庫番のやり方なのか。あまりにも横暴じゃないかっ」
「まったくですな……」
「しかしどうします? 今、ダークマターの取引を終えてしまえば、なんの利益も得られないまま、無駄な時間を過ごしたことになってしまいます」
イーリンが暗い表情で言うと、全員が黙り込んだ。
あと三日では、ダークマターの急騰は現実的ではない。
重苦しい雰囲気がその場を支配する。
顔に深いしわを寄せ、アルビスがポツリと呟いた。
「他に借りる当てさえあれば……」
「どこの金庫番も対応は同じですよ」
「いえ、彼らではなく、別の投資家がいればと思いましてね」
「なるほど……」
ノベルは目を丸くする。
その発想はなかった。
しかし、この絶望的な状況で出資してくれる者なんているのだろうか。
ダークマターの急騰が実現すれば、高い利益が得られると言っても、無謀な賭けだと一蹴されるのがオチだ。
そのとき、イーリンが立ち上がり真剣な表情で言い放った。
「私、知り合いをあたってみますわ!」
「え? でも、こんな額の肩代わりなんて」
「確かに可能性は低いかもしれません。それでも、ノベルさんだけに負担をかけるわけにはいきませんから」
そう言ってイーリンは気丈に微笑む。
ノベルは心が痛んだ。
自分が原因で起こったことだというのに、彼女は交友関係を壊すほどのリスクを背負おうとしている。
そんな娘をルインは止めた。
「ダメだイーリン」
「お、お父様? 止めないでください」
「君に苦しい思いはさせられない。僕がやる」
ノベルは顔を歪めた。
以前の金庫番でのルインの姿を思い出したのだ。
おそらく結果は変わらない。
ただいたずらに目の前の親子が傷つくだけだ。
なにか手はないかと頭を抱えていると、アリサがひっそりと耳打ちしてきた。
「――そうか」
ノベルはハッと顔を上げ、立ち上がる。
「ノベルさん?」
「お二人の気持ちは凄く嬉しいです。でもここは、僕に任せてください。スルーズ商会は、資金繰りのことは気にせず商売を前へ進めることだけを考えてください」
ポカンとしてるスルーズ商会の三人を尻目に、ノベルは颯爽と部屋を飛び出した。
向かう先は、ある男の家。
こんなに苦しい状況だというのに、ノベルは生き生きとしていた。
そんな彼の後ろを追いかけ、アリサは嬉しそうに微笑むのだった。
ノベルは町の外れにある小さな一軒家を訪れた。
入口の扉をノックすると、家主がすぐに出てくる。
緩い黒のブラウスに、灰色で七分丈のズボンというラフな格好の男――キース・シルヴァリオンだ。
「あれ? ノベルにアリサじゃないか?」
「こんにちは、キース。今日は相談があって来たんだ」
「へぇ、それはおもしろそうだ。ぜひ上がってくれ」
キースは喜々として頬を緩ませ、ノベルを部屋へ案内する。
彼の家は木造で、派手な装飾品などは飾っていなかったが、綺麗に片付いておりどこか落ち着いた雰囲気だ。
ノベルたちは居間に案内され、長方形のテーブルの前に座った。キースが飲み物を入れている間、周囲を見回すと書棚の多さが目立った。分厚い本から、レポートのような紙がまとめて綴られたものまであり、まるで学者の家のようにも思える。
ノベルが唖然としていると、キースが紅茶の入ったティーカップを二つ、それぞれノベルとアリサの前へ置く。
「文献の量にでも驚いたかい?」
「あ、ああ。君はいったい……」
「まあ、それは後で話そう。まずは相談について聞かせてくれ」
キースにそう促され、ノベルは気を引き締める。
極力悪い印象を与えないよう、融資の件について慎重に話し始めた。
まずはシグムントという他者の信用によって金庫番から融資を受けたこと。その金で情報屋に投資し、手にした情報からダークマターの高騰を予想し、買い付けさせたこと。そして、シグムントの異動によって金庫番から融資を白紙に戻され、ダークマターの急騰を確かめる前に、取引を中断せざるを得ない状況に追いやられていることを説明した。
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