信用の在処
その日、スルーズ商会の屋敷の会議室で、ノベルはスルーズ商会の三人と話し合っていた。
机はコの字に並び、ノベルが左側、ルインが中央、そして商会の参謀であるアルビスとイーリンが右側に座って、アリサは護衛としてノベルの背後で成り行きを見守っている。
アルビスは、執事のような黒い
ちなみにイーリンは、人手の少ない今のスルーズ商会の事務処理や財務管理などを統括しているらしい。
「オリファンの動きはどうですか?」
「怪しい動きがあるとの情報は掴んだのですが、まだはっきりとは……」
ノベルが問うと、アルビスがゆっくりと答えた。
ルインが苦笑して心境を吐露する。
「まだ我慢の時だというのは分かってはいるのですが、我が商会の命運がかかっているとなると、どうしても落ち着きませんね」
「お父様、今さらそれを気にしても仕方ありませんわ。他にできることもありませんし」
「イーリンの言う通りです。今は、今後の商売計画をじっくりと練りましょう」
「……それもそうですね。以前、ノベルさんから頂いた新たな商いの案について、かかる経費や必要な人員などを検討したところ――」
ルインが気を取り直し、手元の書簡を見る。
そして、説明を始めようとしたその直後、会議室の扉が開け放たれた。
「――ノベル・ゴルドーはいるか!?」
突然の来訪者に全員が目を向ける。
アリサはノベルの前に立ち、剣の柄に手を乗せ腰を落とした。
入って来るなり大声を発したのは犬の獣人で、その後ろにはしわのない白いシャツに、高級そうなグレーのベストを着込んだ、四十代ぐらいの人間の男が立っている。
扉の外では、彼らを案内してきたであろうスルーズ商会の青年が青ざめた顔で震えていた。
アルビスは動じずに立ち上がり、来訪者の二人にお穏やかな声で問いかける。
「あなた方は?」
「突然の非礼をお詫び致します。私は二丁目にある金庫番で番頭代理をして務めている、ランドウと申します。こちらの獣人は、ノベルさんの融資を担当しているバンブーです。本日は、ノベルさんへの融資方針の変更についてご報告に参りました」
丁寧な物言いだが、ノベルは不穏な気配を感じた。
そもそも融資は既に受けているのだ。方針変更など今さらされても困る。それに、なぜスルーズ商会の面々がいる中でその話をするのか。
ノベルは立ち上がり言った。
「私個人の問題でしたら、個別に話を伺います。ここではスルーズ商会のみなさんに迷惑がかかってしまいますので」
「いえ、そうもいきません。今回の件は、スルーズ商会さんにも関係のある話ですので」
「それはどういう……」
「単刀直入に申し上げます。我々が融資した全額を、早急に返済して頂きたい」
「……は?」
言われたことの意味が分からず……いや、理解ができず、ノベルは素っ頓狂な声を上げた。
本当に理解が追いつかない。
月々の返済もまだ一回だが、期限は守った。なに一つ、信用を失うことはしていないはずだ。
さすがにその場の雰囲気が凍りついた。
「急にそんなことを言われても困ります。まずは理由を聞かせてください」
「簡単です。あなたに融資する際、私どもはシグムントさんの信用を担保としました。もしあなたが返済できなくても、騎士のシグムントさんであれば収入も安定していますし、肩代わりできると判断したからです」
「ええ。そういう話でしたね」
「しかし、そのシグムントさんは数日後には、ドルガンへ転勤なさる」
「え?」
「急なことだったらしいので、ノベルさんがご存知でないのも無理はありません」
ノベルの知らないことだった。
シグムントがいなくなることで状況が変わるという、ランドウの言いたいことも分かるが、それでも簡単には認められない。
「ま、待ってください! それは確かな情報なんですか!?」
「騎士団上層部に名を連ねる方からお聞きしたので、間違いありません」
「そんな……」
「シグムントさんがいなくなっては、話は変わる。今、融資している額に対して、あなたの信用はまったく釣り合っていない。ですので、この融資を白紙に戻すというのが、我々の決定なのです」
無慈悲にも淡々と告げるランドウに、ノベルは怒りを覚えた。
あまりにも一方的だ。
急にそんなことを言われても承諾はできない。
今まで黙って聞いていたルインだが、我慢できなくなったのか、立ち上がり抗議した。
「それはおかしいですよ。返済期限を破ったり、信用を失う行為をしたのなら、分かります。そうでもないのに、一度貸した金を今すぐ返せというのは、無理がある」
「申し訳ありませんが、それが当店の決定なのです。それに全額返済も無理ではないでしょう?」
「どういう意味ですか?」
「いえ、スルーズ商会で購入しているダークマターの所有券、これをすべて売却すれば問題ないのでは?」
ノベルもルインも驚愕に頬を引きつらせる。
彼らはそこまで調べていたのだ。
あまりの用意周到さに違和感すら覚える。
そもそも、番頭代理などという上層部が直接出てくるのがおかしい。たかだか貧民の融資案件でここまですることなのか。
「私どもがお伝えしたいのは以上です。返済期限は3日後。それまでに全額確実にご返済ください。もしできない場合は、ノベルさんの投資先であるスルーズ商会も含め、額に釣り合うだけの財産を押収させて頂きますので」
一方的に告げると、ノベルの静止の声も聞かず、ランドウとバンブーは去って行った。
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