逆襲の足掛かり
その日、ノベルはとある地区の隅に屋敷を構える、弱小商会へと足を運んだ。
屋敷は、今にも崩れそうなほどボロボロで心なしか傾いて立っており、色褪せた黄土色の壁はひび割れ、二階の割れたガラスもそのままだ。修繕費すら工面できないほどの経営危機に陥っていることが一目で分かる。
その玄関の前に、外套を羽織ったノベルとアリサが立つ。ノベルが内側に着こんでいるのは、アリサが買い戻してくれた、王家の家紋の刺繍が施されたベスト。アリサの方は、エデン近衛騎士の頑強な甲冑。
ノベルが深呼吸しベルを鳴らすと、長身な初老の男が出迎え、二階へ案内した。
「――これはノベルさん、よくおいでくださいました」
ノベルたちが二階の執務室に入ると、なにかの書類にペンを走らせていた男が立ち上がり、
情報屋業を営む弱小商会『スルーズ商会』の会長『ルイン・スルーズ』だ。
痩せ細った男で眼鏡をかけており、常に引きつったような笑みを顔に貼りつけ気が弱い。心労のためか、まだ四十代だというのに黒に混じる白髪が目立つ。
実はイーリンの父でもある。
「こんにちは、ルイン会長」
ノベルは軽く頬を緩めて挨拶し、アリサも横で会釈する。
ルインに促され、横の応接ソファにノベルは座り、小さな机を挟んでルインと向かい合う。アリサは護衛としてノベルの後ろに立った。
「ノベルさんにおかれましては、こんな弱小商会に出資して頂いて、本当に感謝しております」
「いえいえ、ここなら必ず利益を伸ばせると確信していましたので」
「あ、ありがたいお言葉です」
そう言ってルインは頬を引きつらせる。
期待に応えられないとでも内心思っているのだろう。
しかしそういう手合いの方が、オーナーであるノベルには好都合だった。
ノベルがしっかりと助言をし、商会がそれを謙虚に聞き入れれば、きっと化ける。そう確信していた。リュウエンのホロウ商会もそうであったように。
その理由は、この商会が発行している情報紙だ。
少し焦点がズレているものの、国外の情報を集めることのできる人脈は貴重であり、情報誌というような内容量ではないが、凝縮されている情報量がかなり多かった。
それで、ノベルは金庫番から受けた融資の全額をこの商会に投資した。
まずは一極集中。
スルーズ商会は、かなりの経営危機に陥っているが、上手く立ち回れば復活できる可能性は残っている。
ノベルは大きなリスクを負ってでも、これを逆襲への足掛かりとするつもりだ。
「しかしご期待してくださるのは嬉しいのですが、
ルインは言いずらそうに口ごもる。
ノベルはため息を吐いた。
スルーズ商会がここまでの経営危機に陥っていた原因は、情報紙で公表した情報の一部がある貴族に不利益をもたらし、その逆恨みで攻撃されたのが始まりだという。
それで様々な方向から圧力をかけられ、取引先を失い、金庫番の融資も受けられなくなって、商会の仲間たちを泣く泣く解雇したのだとか。
結局のところ、この国の権力者による横暴だ。
そんなものに屈したりせず、必ず立て直すとノベルは心に誓っていた。
「大丈夫です。そんなもの、大した
「は、はぁ、そうでしょうか?」
「もちろんです。ところで、最近はどんな情報が手に入ったんです?」
釈然としないルインだったが、ノベルの問いに表情を引き締めた。
すぐに立ち上がり、執務机の上から数枚の
それらには、国内外で得た情報が詳細に記されていた。
ルインの表情を見るに、自分の商品への品質に自信を持っているようだ。
「これですべてです」
「凄い。かなりの情報量ですね」
「ええ。ノートスの貴族や政治家たちも、国外には圧力をかけられないですからね」
「それもそうですね」
ノベルは得心したように頷く。
彼は目を走らせ、書簡に書かれた内容を流し読みする。
そして最後まで読み、右側の頬をわずかに吊り上げた。
「ルイン会長、所有券取引はお詳しいですか?」
「え? い、いえ、金融関係はからっきしなもので」
突然の問いに、ルインは慌てて首を振る。
額には冷汗を浮かべ、手ぬぐいの布でぬぐった。
ノベルは表情には出さず内心で呟く。
(経営者がそれでは困る)
所有券取引であれば、刻一刻と価格変動していく資源を所有することで、商売の状況に合わせて商会の資産を分散させ、リスクを避けることができるのだ。
所有券でなくても、たとえばこのノートスでの大災害が起きたとき、テラ通貨をジール通貨などに両替しておいて、復興後にテラ通貨を買い戻す。そうすれば、テラ通貨の下落による経営悪化を防げたりもする。
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