保留

 ここでようやく、ノベルが一歩前へ出る。


「それはできません」


「あぁ? なんだてめぇ」


 突然割り込んできたノベルに、マルベスは怒気を孕んだ眼差しを向けた。

 その迫力に震えそうになるが、ノベルは平静を取り繕って名乗る。


「スルーズ投資商会に出資している、ノベル・ゴルドーと申します。今回の件は、武器を扱う商売にとって非常に有益な情報です。ゆえに扱いも慎重にならざるをえません。正式に契約が成されるまで、内容を明かせないことはどうかご理解ください」 


「それが有益かどうかを決めるのは俺だ。てめぇらの目利きなんざ信用できるか」


「我々には、手に入れた情報を駆使して短期間で利益を上げてきた実績があります。信用が必要でしたら、一度スルーズ投資商会のことをお調べになってから判断されても良いかと」


「そうしている間に、他の商会にも話を持ち掛けるつもりだろ? もし仮に有益な情報だったとして、それをよそにとられるのはしゃくなんだよ。今ここで情報を寄越せ」


 鋭い眼差しがノベルを射抜く。

 威圧感が半端ではない。 

 それでもノベルは退かない。


「それはできません」


「ちっ、投資家だなんて素人風情ふぜいが生意気言ってんな。てめぇはもう引っ込め!」


 苛ただしげに言い放ち、マルベスは立ち上がる。

 すると、横に控えていた鬼人の手元から刀を奪い、鞘から抜くと、躊躇なくノベルへ振り下ろした。

 突然のことにノベルは避けることもできない。


「っ!?」


 ――キィィィンッ!


 しかしその刃は、横から割り込んでいた剣によって受け止められていた。


「我が主に刃を向けるのなら、容赦はしません」


 マルベスの斬撃を受け止め、凛々しく言い放ったのはアリサだった。

 マルベスは憤怒の形相でアリサを睨みつけ、刀を握る手に力を込めるが、それ以上は動かない。


「……へっ、いい女連れてやがる」


 マルベスは愉快そうに笑みを浮かべ、何事もなかったかのように刀をおさめる。

 そして鬼人の手元へ戻すと、ドカッとソファに座り込んだ。

 それを見届けたアリサは、再びノベルの横へ戻る。


「気が変わった。出資の件、前向きに検討しよう」


「え?」


 その態度の急変には、ルインもノベルも戸惑うばかりだ。

 マルベスは愉快そうに頬を吊り上げて告げた。


「良い仲間を集めるのも実力のうちだ。てめぇらのこと、信用してやってもいい」


「ほ、本当ですか!?」

 

 ルインが思わず聞き返す。

 マルベスはゆっくり頷いた。


「ああ、一度うちの幹部で話し合った後、正式にこの契約書をそちらへ持っていく。それでいいか?」


「よろしくお願い致します」


「それじゃあ、てめぇらの抱えている情報を寄越せ。今すぐ」


 ルインは固まった。

 これでは、交渉はまた振り出しに戻ってしまう。

 しかし、マルベスの態度は、先ほどまでと明らかに違う。

 ノベルは迷った。

 偶然の成り行きではあったが、折角マルベスの興味を引けたのだ。もしまた機嫌を損ねれば、今度こそ交渉は決裂するだろう。


「……分かりました」


 ノベルは断腸の思いで決断した。

 ルインとアルビスが困惑した表情でノベルの顔を見るが、信じろと頷くしかない。

 そうしてアルビスは、コロッサルがドルガンへ戦争を仕掛けるかもしれないという情報を、経済的および宗教的と共に説明した。

 マルベスは、真剣な表情で大人しく聞いていたが、最後にうっすらと笑みを浮かべていた。


「おもしれぇな――」


 ノベルたちはマルベスのその言葉を信じ、最後にもう一度頼み込んで、商会の屋敷を去るのだった。



「――金額交渉、一切してきませんでしたね」


 ルインは怪訝そうに言った。

 ノベルたちは、商会の屋敷に戻るなりイーリンを加えて会議を開いた。

 マルベスは、渡した契約書に軽くを目を通していたが、そこに書かれていた投資額についてなにも言ってはこなかった。  

 「もっと吊り上げろ」という強引な要望くらいは覚悟していたのに、張り合いがない。


「幹部で話し合ってから交渉するということでしょうか?」


 首を傾げたアルビスは特に気にしてはいないようだった。

 しかし、その「幹部での話し合い」という行為自体に、ノベルは違和感を感じた。

 最初に情報を寄越せと言ってきたマルベスは、それを有益か決めるのは「自分」だと言っていた。決して「自分たち」ではない。

 だというのに、この案件については幹部で話し合ってから決めるという。

 

「こちらも、既に準備は始めておいた方がいいのかもしれません」


「準備、ですか?」


「リスクヘッジです」


 ノベルの発言に、ルインはなるほどと頷く。

 今回の交渉が失敗したり、予想外な不測事態が起こった際の保険として、対策を打っておくのは当然のことだ。

 それからしばらく話題が途切れ、イーリンが不機嫌そうに頬を膨らませた。


「それにしても、マルベス会長という方は本当に野蛮な方ですわ! ノベルさんに危害を加えようとするなんて!」


「まったくですな」


 アルビスも頷く。

 扉の前に立っていたアリサは、能面のような表情で呟いた。


「ノベル様に手を上げるなんて、決して許せません。ただ……」


「ただ? なんですの?」


「本気で傷つけようとしている感じではありませんでした」


 アリサの言葉にノベルも頷く。

 マルベスは確かに粗暴な男なのかもしれないが、商談においては頭が切れる。控えていた部下たちがほとんど口を出してこなかったのも、彼の判断を信じていたからだろう。

 そんな男が感情に流されて交渉相手を傷つけたりするだろうか。むしろ、あれがマルベス流の豪快な交渉術なのかもしれない。

 

「もしかしたら、交渉の流れを変えようとしたのかもしれない。あれは多分、ただの演出で、寸止めでもするつもりだったのかも」


「そうなると、やはり油断ならない男ですね」


「そう思います。マルベス商会の行動は注意して見ておいた方がいいかもしれません」


「承知致しました」


 ルインはアルビスへ目配せし、準備を始めさせた。

 これで会議はお開きとなり、ノベルは椅子に深くもたれかかりため息を吐く。

 ルインたちが部屋を出て行った後、どのようにしてマルベスを味方につけるか、一人で思案するのだった。

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