願わくば~


 これは、今までの問題な日本語とは違い、明らかな誤用です(でした?)。本来の形は「願わくは」というものです。同じ仲間の言葉としましては【老いらく・惜しむらく・いはく(曰く)】などがありまして、この活用形をク語法と言います。意味は【老いること・惜しむこと・言うこと】と、不定詞のようです。

 ちなみにこの用法は千年以上前という大変古くに用いられた活用法でして、今はもちろん名詞化する用法としては使えません。上に例を挙げたような、化石化したク語法単語を使えるのみです。


 そういうことですから、願ふという語のク語法が「願わく」であり、願わくはの意味は「願うことは」なのです。しかし後世に行くにしたがいこのク語法の知識がなくなっていき、使用者は混乱します。なぜこんな変な言い方なんだと。「願わくは~あらんことを」みたいに定型的に言うけれど、願わく“ば”なのではないかと。つまり仮定の意味「~するならば」としてみなしたわけです。

 だいたい江戸時代から混乱していたようですが、では今はどういう使われ方をしているのかを見てみましょう。コーパ(1)で調べた結果、だいたい形としては「~したい」「~がいい」と希望がつくことがわかりました! まとめます。


本来の形:願わくは~(あらんことを)  意味「願いは~です」

今の形 :願わくば~(したい)     意味「願いが叶うならば~したいです」


 こうなります。ポイントは、願わくばという形になってからは意味用法も変わっているというところです。表記だけが変わっていたらそれは誤表記ですが、表記も意味も変わっているのであればそれはもはや「新しい表現」でしょう。そういった面から、「願わくば~(希望が後続する)」という用法は、もはや誤用とは言えません。



「補足」―――

(1)コーパスというのはデータベース化された言語資料の総称です。検索を賭けることで「生きた用法」を調べることができます。今回は国立国語研究所の運営する「国語研日本語ウェブコーパス (NWJC)」を使用しました。

 

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