耳ざわりが良い


 「みみざわり」なる形容詞は、本来耳であり、「聞いていて不快になるような様子」を意味します。ただ、どうやら最近は「みみざわり」→「耳触り」と認識されることにより、「耳で聞いた感じ」を意味する名詞にも使われているようです。形容詞が名詞になってはなんだかややこしいように思えますが、今回はこの言葉について話をします。



 〈耳ざわりが良い〉

 手触りや舌触りという言葉の類推アナロジーから生まれた耳ざわり。私はこれを知った瞬間、「区別が紛らわしい嫌な誤用が生まれた」とか思っていましたが、今回書くに当たって調べていくと意外にも面白い傾向がありました。以下、例を挙げます。


・もっともアルセーヌ・ルパンというのが、なんとなくスマートにきこえ、名だったからでもある。そのころのルパンは、

・ですから、住民の方の意見を聞くというのは非常に口当たりのいい、 言葉なんですが、やはりそこには民主主義としてのルールが

・ていささかの妥協もできぬし、また、すべきでもない。いかに 美名でよばれようとも、宥和は問題外である。

・曲、歌詞はかなり陰鬱。でも美しいし天才的です。確かに キャッチーな曲をつくるバンドではないのでロックファン以外には

・思わず苦笑してしまったが、今日も女に向けてたえず吹きこまれる、 家事神聖論、育児天職論と

・物自体にほんとうの違いはない。では、どうして選ぶのか?  音楽に身をまかせ、気まぐれに取るだけのこと。

・かなり良いことずくめだが、それも熱烈なファンの言葉と思えば、 は悪くない。

・「家事を手伝う人」としての「お手伝いさん」ということばは、いいが、それ自体、自立的な意味をもっていない。


 これらはまたBCCWJ(1)からとってきたものです。目立つのはやはり「耳ざわり+いい」の組み合わせで、しかもほとんどが褒めているというよりは皮肉とか、批判的な意味で使われています。「耳ざわりのいい言葉ばっかり並べといて実際は口先だけ」みたいな意味がひしひし伝わってきます。反対に「耳ざわり+悪い」がないというのも面白い結果です。これはそもそも「耳触り」と言えば済むという点で、除外されているのでしょうか。

 となれば、「耳ざわり」は「障る」という言葉を知らない、ただの無知が生んだ誤用とは言い切れなくなってきます。きちんと体系化されていて、ほぼ「耳ざわり+いい」型で、しかも文意的にはあまりよろしくない、批判的な意味で使われる――どうやらそれが「耳ざわり」らしいのです。



 〈紛らわしい誤用〉

 ただ、いくら「耳ざわり」が体系を持っていようと、例外もあるのですから、この点ではやはり紛らわしい言葉でもあります。なぜかと言えば、日本語は述語が後ろに来ます。すると何が起きるかということですが、

①今の演奏は耳障りだったね

②今の演奏は耳ざわりがよかったね

 と、①②はそれぞれ文意が異なりますが、それを判定できるのはミミザワリの音の後です。「耳ざわり」が生まれる前であればこの音が出た瞬間に悪い評価だということが丸わかりだったのですが、残念ながらこの言い回しが出てきてしまったせいで、意味の判断が面倒になりました。しかも

③今の演奏は耳ざわりだけよかったね

 となれば恐ろしいほどに面倒です。③は「演奏の腕はいいが、そのほかの要素、例えば歌声や歌詞はひどかった」くらいの意味が含まれているのですから。



 〈まとめ〉

 総合した持論を述べますと、私はこの言い回しを使おうとは思いません。理由はもちろん紛らわしいからです。そもそも「耳ざわりが良い」の文意は「聞こえが良い」と言えばいいのですから。それでも「耳ざわり」をめぐる新たな発見は、とてもためになりました。




 〈補足〉―――

(1)「現代日本語書き言葉均衡コーパス 中納言版」。ちなみにTwitter検索でも少し調べてみましたが、ほぼ同じ結果でした。

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