ません vs ないです 「そんな言葉は使わないです?」
〈変わりゆく丁寧語の表現〉
さて、早速ですがちょっとした笑い話があります。
教授:この前授業をしていたら、生徒が「それは知らなかったです」と言ったんだ。この場合、「知りませんでした」が流暢だが、君はどちらの言葉を使うかね?
生徒:私は「知らないです」なんて表現は使わないですね。
この話が示す通り、近年丁寧語を用いた否定の表現は二種類あります。それがません系と、ないです系です。具体例はもう上に出ていますが、次にその関係性を記述し行きます。
・普通肯定形「使う」⇔普通否定形「使わない」
丁寧肯定「使います」⇔丁寧否定①「使いません」
丁寧否定②「使わないです」
関係を図式化すると、動詞の普通体が丁寧語形式になった途端、否定表現を二つ作ることができてしまうのです。基本的には①の表現の方が格式ばった、あるいはより公的な場での使用が求められる固い表現であり、②は少し幼稚な表現という印象がありますが、その文法的な機能などに関してはどうなのでしょうか。今回はこの二つの表現について解説します。
〈それぞれの特徴〉
「言います」「使います」を「言いません」「使いません」といった形で否定にするのがません系で、「言わないです」「使わないです」といった形にするのがないです系です。先ほども言いました通り、ません系はないです系よりも改まった印象や、流暢と言った印象があります。音の数としても、「言いません」「言わないです」と、ません系の方が洗練されていますからね。
そんなません系とないです(です)系は、歴史的に見ればもともと日本語では純然と区別されていまして、具体的にはです系が名詞、ません系が用言専用という使い分けです。ただ、ません系に関して、動詞ならまだ簡素でしたが(「行きます」など)、形容詞などになると、「嬉しい」が「嬉しゅうございます」と、「ござる」を入れ込んだ長い表現でなければ使えませんでした。だからこそその短縮形のような形で「嬉しいです」といった表現が誕生したのです。また、形容詞の終止形は語尾が必ず「い」で終わるため、それなら動詞の否定形も「い」で終わるのだから、「言わない+です」も許容できるよね? といった流れでないです系も誕生しました。ちなみに動詞の基本形に「です」がつかない(「言うです」とは言わない)のも語尾が「い」で終わらないからであり、そこからも、「形容詞+です」による類推が「動詞否定形+です」を生み出したのだと読み取れます。
では、再度このません系とないです系の関係を図式化しましょう。
・名詞「です」:犬+です=犬です
・動詞「ます」「です」:行く+ます=行きます 否定形:行きません→行かないです
・形容詞「ます」「です」:嬉しい+ます=嬉しゅうございます→嬉しいです
こうしてみれば、今や丁寧系はほぼ全てにおいて「です」が使えるということがわかります。ただ、今でもまだ「動詞普通体+です(行くです)」や、「ないです系+過去(行かないでした)」といった表現は大多数の人にとって違和感があるもので、まだまだ日本語表現としては未熟であるといえます。
〈ですvsます〉
こうしてみると、そもそも丁寧語の二大要素である「です」と「ます」の争いというのが見えてきますね。そして今や「ます」のシマだったところにまで「です」が乗り上げてきているため、今後はますます「ます」の出番は無くなっていき、しまいにはごく限られた慣用句的な部分でしかお目にかかれなくなるでしょう。
確かに「言いません」と「言わないです」では、断然前者の方が言いやすく、また語数も少ないので大人びた印象がありますが、一方で、ません系とないです系の機能的な面で言えば、やはり後者の方に軍配が上がります。それはそもそも大体の表現が「です」で代替可能であることも一つの理由ですが、それ以上に肯定系と否定形の分別が付きやすいということも挙げられます。例えば次の文
・僕は言います⇔僕は言わないです
僕は言いません
動詞+ます系の否定表現をません系とないです系の二種類で表現してみると、ません系はます系と同系統であるがゆえに、「僕は言いま」まで、肯定か否定かがわからないのです。しかし、ないです系はどうでしょう。「僕は言わ」の段階で、もう否定であるという意志伝達が可能なのです。つまりないです系は、言語的な印象として、今ではまだ幼稚とかくだけた表現という印象が強いのですが、これは「ら抜き言葉」と同じく、言語機能的な面から見ればとても優れた表現であるといえます。記憶の負担にもなりますし、言語処理の労力も少なくなりますからね!
〈まとめ〉
まとめます。
・ません系は語数が少なく、今は洗練されていてしっかりとした日本語とされている。
・ないです系は語数も多く、今はやや幼稚で知識不足という印象があるが、言語機能はません系よりも格段に優れている。
ということです。私としては、特に文章で言えばません系をこれからも使っていきたいと思っていますが、会話文ではもう無意識にないです系が出てしまっているので、臨機応変に使い分けていこうと思います。何にせよ、将来はません系がさらに隅に追いやられて行くのは目に見えていますから。
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