深みと深さ/ありがたさとありがたみ やばみ……?


 形容詞を名詞化する最も一般的な形式は、形容詞幹に「さ」を付けるというものです。「かわいい・大きい・厚い」は「かわいさ・大きさ・厚さ」となりますね。でも、それとは違って「深い・高い」には、ぞれぞれ「深さ・深み」「高さ・高み」という二つの名詞形があります。この違いを見ていきましょう。



 〈名詞形が二つある形容詞〉

 「深さ・深み」「高さ・高み」のそれぞれの意味を考えると、深さ・高さはそれぞれ純粋なdepth・hightです。でも「深み・高み」というのはどうですか? 「*この湖の深みは800mもある」とはいいません。「高み」についても同じことが言えます。それぞれの例文を作ってみると「絵画鑑賞の深みにはまってしまった」「さらなる高みを目指す」など、純粋な深さ・高さとは少し違った意味です。これら形容詞に「-み」をくっつけて作成された動詞を「ミ名詞」と呼びます。そして、このミ名詞は「その特徴を持つ部分」という意味で、単に「程度」を示すサ名詞とは異なった意味になります。というわけで、「高み」=「高さ」ではなく「高いところ」となるのです。



 〈ありがたさ? ありがたみ?〉

 では、「ありがたい」の名詞形はどうでしょう? どちらも同じような意味で、ミ名詞の「その特徴を持つ部分」という意味が当てはまりそうにありません。ほかにも「かなしさ・かなしみ」「くるしさ・くるしみ」など、感情形容詞の意味はとても繊細な違いを持ちます。先行研究『感情を表す「さ名詞」と「み名詞」について』には、


 ●「かなしさ」はある事物に対して人々が一般的に抱く感情を表すのに対し,「かなしみ」は個々人が感じる感情を表すと言うことができる

 ●「くるしさ」は肉体的苦痛を表し,「くるしみ」は精神的苦痛を表すと言うことができる.また,「くるしさ」は同じような体験をすることによって人々とある程度共有できるが,「くるしみ」は個人的感情であるため共有することが難し(1)


 と一つ一つ説明がされており、やはりその意味の違いを導き出すには一筋縄ではいかないようです。ただ、「ミ名詞」の場合、「個人的感情・精神的感情」という特徴があるらしいですから、これは大きなヒントになるでしょう。

 

 いよいよ本題の「ありがたい」について。まずは例文を。


 ●「ありがたさ」

 ・花づくりを楽しみにすることのに感謝し、平和を祈る次第です。

 ・金に頭を下げることのを知らない男であった。

 ・自然のうつくしさをしみじみと感じます。


 ●「ありがたみ」

 ・調理は肉体労働、これでこそ食べるがわかるというもの、とも悟るのだ。

 ・結婚してからずっと、両親のを身に染みて感じてきました。

 ・知らない芸能人泊めてもがないよね(2)


 まずはそれぞれに別の「ありがたさ・み」を適応してみましょう。すると、どうやら「ありがたさ→ありがたみ」はあまりしっくりこないこともありますが、「ありがたみ→ありがたさ」ならしっくりくるような気がします。ということは、「ありがたさ」が基本的な広範囲の意味を持っており、「ありがたみ」というのは何かしら意味が付け加えられているとした方が妥当です。となるとやはり、決め手は「個人的感情・精神的感情」でしょう。言われてみれば、「ありがたさ」は「一般的にありがたいと思われること」なのに対し、「ありがたみ」は個人的な感情が介入していることがわかります。両親のありがたみは、その子にしかわかりませんし、「知らない芸能人」は話者が知らないだけですから!



 〈やばみ・つらみ〉

 最近若者言葉として、従来は見られなかったミ名詞が造語されるようになりました。問題な日本語として取り上げられることの多い「やばみ・つらみ・尊み・さびしみ」などです。「やばさ・つらさ・尊さ・さびしさ」とそれぞれ対応するサ名詞はあったのに、なぜミ名詞を作ったのか。そんな言葉はない!といわれがちですが、ここまで見てきた私たちからすれば、それは「ミ名詞に個人的感情を付与する機能があるから」といえるのではないでしょうか。ですから新語としてのミ名詞は、わざわざ個人的感情を示すために造語をすることからして、その形容詞の意味をことさらに強める意図があったのではないでしょうか。

 ということで、もしその他の感情形容詞のミ名詞も意味を強めるために自由に造語できたら、私にとってうれしみの極みです。



――補足

(1)加藤恵梨 『感情を表す「さ名詞」と「み名詞」について』 pp.141-142

(2)現代日本語書き言葉均衡コーパス より

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