「まん延防止措置」なぜ「蔓延」じゃないの?


 最近よくニュースで目にするようになった「まん延防止等重点措置」なる言葉。「まん」だけが平仮名であることに何だか違和感を覚える人は、私だけではないと思います。これは間違いな日本語でもないのですが、しかし一日本語話者としての私がしっくりこない部分があるので、今回は漢字の平仮名表記について考えてみたいと思います。ちなみに「まん延防止等重点措置」の「まん」が平仮名である理由は、「蔓」が常用漢字表にないためです。



〈常用漢字〉

 常用漢字は時代によって増減されていて、長期にわたる明確な基準があるわけではりません。ただ、常用漢字表はあります。現在は平成二十二年十一月三十日に発表された二一三六文字が常用漢字です。しかし、以外にもこの中には「嘘」「絆」と言った私たちになじみのある漢字は入っていません。

 そもそも常用漢字とは何なのでしょうか。前書きには「この表は,法令,公⽤⽂書,新聞,雑誌,放送など,⼀般の社会⽣活において,現代の国語を書き表す場合の漢字使⽤の⽬安を⽰すものであ(1)。」と記載されています。これが示すことは、常用漢字があくまで「目安」であるということで、絶対の基準ではないということです。もう少し詳しく前書きを見ると、とにかくこの目安は「一般の社会生活」に対するものであり、個人の漢字使用を制限するものではないということでした。つまりテレビとか、街中に貼られる掲示では常用漢字外の漢字はあまり使わないほうがいいよということですが、それ以外はあまり関係がないのです。



〈平仮名表記の欠点〉

 というわけで、今回の「まん延防止等重点措置」の「まん」だけが平仮名なのは、「蔓」が常用漢字ではないということと、これが政府によって発表された「一般の社会生活」に密着した言葉であることが理由です。

 さて理由はわかりましたが、それでも私の平仮名表記に対する違和感はぬぐいきれません。この気持ちは、おそらく日本人がなぜ今の今まで非常に記憶の負担になる漢字を憶え、使い続けてきたかの理由にあるでしょう。漢字には、表音と表意の二つの役割があります。この漢字が表意文字であることが、私が漢字を無理に平仮名表記することを疑問視する理由です。

 例えば、表音しか持たないアルファベットやひらがな・カタカナは、「hilarious」「ヨウセイ」と表記されたとき、ただその文字の組み合わせにのみ意味があるのです。その単語を知らなければ、意味すらまともにわかりません。しかし漢字で書けば「陽気」「妖精」と、私たちはすぐその意味が分かるだけではなく、たとえ「妖精」と言う単語がわからなくともそれぞれの漢字の意味が分かれば、言わんとしていることが何となくわかるものです。

 また漢字は部首(構成要素)からして意味を持っている場合がありますから、漢字の意味が分からなくともそれの示す属性がわかる場合もあります。風疹の「疹」は常用漢字では無く意味も不明瞭ですが、しかし病だれであることから、この単語は何か病気に関するものだということがわかるのです。


 ただ、私たちは生まれながらにして漢字の知識があるわけではありません。これは小学校から高校まで、十年以上にもわたる教育の末に獲得した膨大な知識体系によるものです。だからこそ、せっかく憶えた知識があるのだから、可能な限り漢字を表記してほしいというのが私の本音です。前述のように、ある程度の漢字に関しては、形だけで意味が大体わかるものです。また日本人はルビ・振り仮名という画期的な発明をしていますから、なにも漢字を平仮名にしなくても、ルビを振ればいいじゃないですか。現在はワープロが主流なんですから、デジタルの世界でいくらでもルビは触れるはずですからね。



〈まとめ〉

 今回は常用漢字をはじめとして、最後には漢字の持つ表意性にも言及する形となりました。「まん延防止措置」と平仮名表記をすることは別に間違いではありませんが、平仮名表記の持つ欠点と漢字表記の利点を考えれば、あまりよろしくないことだと私は考えているために、今回はこのような項目となりました。

 そもそも常用漢字でない漢字を含む言葉をなぜ行政の措置の名前とするのか、私は疑問に思います。だったら常用漢字の範囲の語彙だけで構成すればいいのではないでしょうか? 拡散防止等重点措置とか。

 

 最後に一つだけ。私がなぜこんなにも漢字の保全にこだわるのかと言いますと、それには私たち日本人が長い事漢字を用いてきたという深い歴史の理由があります。もし今漢字を廃止してしまえば将来漢字が全く読み書きできない人が出てきますが、するとその人たちは現在より以前に書かれた書物・文章を解読するすることが不可能になるのです。もちろんルビを自動で振るソフトウェアを使ったりとか、あるいは漢字をすべて平仮名カタカナにした文章にされることでしょう。しかしそれもすべてではありません。しかもわざわざそこまでの苦労をして文章を読みたいと、一般の人が思うでしょうか? そういうことを取り留めなく考えているうちに、私たちが漢字を使い続けてきた以上、ますますこの知識を失ってはならないと思うようになったのです。




――出典

(1)常用漢字表(平成22年11月30日内閣告示)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る