第8話 バイク乗りの独り身メイドは、僕の手をただ握り続ける




「ジュン君! お出かけしましょう!」

「突然どうしたの? 大丈夫?」

「お出かけですっ!」


 時はGW。

 朝食の後、部屋に戻って課題をさぁやろう!と思った。

 思って、思い出した。

 課題がなかったんだ。何を隠そう、全部終わらせてたんだ。

 なんでかって?そりゃ、決まってる。

 つ……月奈さんと、いっぱい遊びたくて、がんばった。


 閑話休題まぁそれはおいといて


 それで、ベッドの上で本を読んでいると、床に座って同じく雑誌を眺めていた月奈さんが突然に立ち上がったのだった。

 いつになく、月奈さんはハイテンションで言ったのだった。

 明るい月奈さんも可愛かった。


「ジーンズとTシャツに着替えて10時に使用人車庫に来てください! お出かけしましょう!」


 彼女はそう告げて、颯爽と部屋を出て行く。時計に目をやる。短針は9の数字を指していた。


 彼女が座っていたクッションの上には……ツーリングデートスッポットの雑誌だった。

 デートの文字を見て、顔が赤くなった。


 慌てて小説に目を戻す。

 主人公がヒロインにデートを申し込むシーンだった。

 まるで、お前が誘うべきだった、と僕をたしなめるように。



 *



「……バイクなんだ」

「えぇ、バイクです」


 使用人車庫の外。


 ピンク色のバイクに腰掛けて待っていたのは、当然のごとく月奈さん。私服姿の新鮮味にドキッとする。

 ジーンズ、黒いタンクトップに桃色のカーディガン。そしてスニーカー。

 メイド服と相変わらず、どころかいつも以上にパッツリしているタンクトップが目の毒だ。黒いから余計エロく見てしまう。


 先にリュックサックを渡される。


「なにこれ?」

「サンドイッチとかです。背負っておいてください」


 どこ行くんだ?と首をかしげると、月奈さんはバイクの座席から取り出した黒いヘルメットを手渡しする。

 けっこうずっしりとしてて、重かった。

 と、同時。嫉妬する。


 きっとこのヘルメットは以前月奈さんと2人乗りしていた誰かが使ってたものなんだろう。そう思うと、モヤっとしたものが胸の中に走る。

 みみっちく、しょうもないことで嫉妬する。

 顔に出てたらイヤなのでヘルメットをかぶって隠した。


「サイズはどうですか?」

「……ピッタリ、スゴいね。元カレシは頭小さいの?」


 自分で言うのも何だが、僕は小顔だ。というか頭が小さい。

 ってそこじゃないッ!ひがみが口から漏れてる!

 気付いて、顔を上げたときには遅かった。

 目が合った瞬間に、月奈さんは僕から顔を背けて、ピンクのヘルメットを着ける。


 ぼそぼそと、言う。


「まぁ……どうでもいいことですけど、バイク免許取ったのは一昨年です。

 あと、これもどうでもいいですけど、このバイクは今年のお正月に買いました。

 ……ただの独り言ですけど、そのヘルメット、先月発売の最新種、です。すこし羨ましいです……」


 言葉を理解して、意味を理解して、なんでそんなこと言ったのか理解して、自分のバカさ加減に首が痒くなる。

 心を読まれた、んでもってフォローされた。

 そのことが恥ずかしいくせに、少し嬉しく思ってしまう。


 月奈さんはふいっと顔を逸らしたまま格好よくヘルメットのフェイスシールドを下げ、颯爽とバイクにまたがった。


「ジュン君、乗ってください」

「っ――わ、わかった」


 バイクの2人乗り、それがどういう行為か、知っている。

 知っていて、気付かないフリをした。

 ゆっくり後ろに乗ると、思っていた以上に体が密着した。

 で、幸か不幸か、羞恥より性獣が勝った。


 なにこれ柔らかい柔らか柔らかッ!めっちゃ柔らかくてイイ匂いするっ!

 フェイスシールドしてるくせに何が匂いだこの野郎、と理性が諦めたように呟いたけど無視する。


「お、おなかホールドしてください」


 言われた通り月奈さんのおなかに手を回す、と彼女の体がピクリと跳ねた。

 もちろん、おなかも柔らかかった。

 セクハラはしないように、と理性が釘を刺した後、消えた。

 きっと理性もエロいことがしたかったんだろう。


「そ、その、ジュン君」

「な、なにっ?」

「なんでも、ないです。もっとしっかりホールドしてください。危ないですから……」


 顔は見えないけど、月奈さんの真っ赤な顔が頭に浮かんだ。

 言われた通りキツく彼女を抱きしめると、ふるえ声で「だします」と言った。



 *



「へぇ、こんなところあるんだ」

「えぇ、穴場ですよ。と言っても今日見つけたんですけどね」


 月奈さんはギャンブルのルールの穴を見つけたような悪い顔を作ってみせた。

 悪役の顔になりきれてなくて、かわいさを覚えてしまった。


 バイクで30分。

 緑に囲まれた野原。

 並んで歩き始める。


「では行きましょうか」

「うん」


 頷くと突然、目の前に手が突き出される。

 月奈さんを見ると、その顔は少し不満げに僕の方を向いていた。首をかしげると、彼女の頬袋がぷくっと膨らむ。

 つつきたいという若干な変態欲を押し殺して聞いた。


「なに?」

「分かりませんか?男女が外に出かけているのです。手ですることと言えば一つでしょう」

「えと~……指相撲?」


 敢えてはぐらかしたのが間違いだった。

 月奈さんの手が僕の手を素早く掴み、手と手を絡める。

 そして怒ったように言った。


「分からないようであれば私から行きますっ」

「っ――」


 彼女の手の温度を感じながら、手を引かれて歩く。

 誰も僕らのことなんて見ていないのに、周りの視線がどうしようもなく気になった。

 キョロキョロしていると、手をにぎにぎと、握られる。

 何かを訴えるようににぎにぎと握られる。

 にぎにぎ、にぎにぎ、にぎに――


「ちょっ、月奈さんッ!」

「景色もいいですけど私も見てください。恥ずかしいんですか?」

「ッ――そんな私を見ろだなんてことをよく素面で言えるね!」

「……コレが素面に見えますか?」


 月奈さんの目は恥ずかしげに潤んでいて、頬も耳も朱に染まっていた。唇は何かをこらえるように噛み締められている。

 それでも月奈さんの手は僕の手をにぎにぎしていた。


 見えない、と答える代わりに手を握り返すと、月奈さんの顔は真っ赤っかになる。歩調が速くなる。


「っ〜〜……!」


 鳥のさえずりにも聞こえなくもない、彼女の小さな悲鳴が耳によく残った。



 *



「今更だけどさ、突然おでかけなんてどうしたの?」

「……折角のゴールデンウィークですし。ジュン君とお出かけしたこと一度もなかったのを思い出して、したいな、って思ったんです……」


 悪いことがバレて怒られた少女、みたいな物言いで月奈さんは言う。ちなみに、にぎにぎは今も止まらない。

 月奈さんは小さな声でなにかを続けるけど、聞こえない。

 まぁ恥ずかさで声が小さくなってるんだろうし、聞き返すのも悪いか、と適当に相づちを打っていた。


「ジュン君は……ですか?」

「え?」

「っ……途中から思ってましたけど話聞いてませんでしたね」

「えっ、いや、別にそういうわけじゃなくて!」


 彼女の目からハイライトが抜ける。


「えとっ、さ、誘ってくれてありがとっ。風景綺麗だね! あと——」

「静かにしましょう」


 僕の言葉を遮って、無表情で彼女はそう言った。


「っ、ま、周りの風景より月奈さんの方が——」

「うるさいですしね」


 ウルサい、Death、死ね。

 としか聞こえなかった。それでも、手は繋いだままだった。さっきよりも、優しくにぎにぎされた。








PS:女性のコーデを褒めないとは、なんてだめだめな男なんだ。

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