第35話 お月見をするうさ耳メイドは、僕に思いを伝えたい
「十五夜お~月さん♪」
「ただい……?」
「おかえりなさいジュン君。どうしましたか?」
「うさ耳……?」
「はいっ、うさ耳です」
月奈さんの言葉に合わせて、その頭の上のうさぎの耳がピクピクと跳ねた。暗めの茶髪とは逆に、真っ白なうさ耳をつけている。思わず心の中で言葉をこぼした。
第一声、可愛い。
第二声、バニーガールもみたい。
リュックを下ろしていると、月奈さんは楽しげにぴょこぴょこ耳を動かして言う。
「十五夜ですからね、お月見です」
「……月より団子になりそうなんだけど?」
「失礼ですね、もうっ。私はジュン君ときれーなお月様を見れたらいいんです。明日は学校お休みなんですよね?」
「そうだけど……夜更かしする気なの?」
「えぇ、そうですけど。どうかしましたか?」
何当たり前のこと言ってんだ、と呆れた目を向けてくる月奈さん。僕は彼女の方がオカシイと思うのだが、そんな僕は間違っているのだろうか。
ふと、頭の中に思考を巡らせる。
月奈さんがこの部屋で夜を明かしたことはなく、屋敷で主人の部屋で世を明かすということは即ち夜伽を意味し――
「っ!? 結構それってヤバくない!? 脱童貞が公然の事実でありながら実際は童貞って事になるんだよ!?」
「なんのことで――あぁ、そういうことなら私も同じです。公然の非処女でありながら処女ですから」
「……分かってて言ってるんだ」
「えぇ、分かってて言ってます。だってジュン君なら、ねぇ?」
その先の言葉を考える。
僕なら、構わないってこと? 僕のことを信用してるから別に噂されても構わないってこと?
頭の中で考えを巡らせる間、沈黙が生まれる。月奈さんはぴょこぴょこ耳を動かして首を傾げていた。
「実際、夜伽をするとしたら私のお仕事ですし。ご指名制度があるにせよ、ジュン君は私を選ぶでしょうし」
ご指名制度って――キャバクラかよ。メイドってキャバ嬢じゃないだろ。
我が家の実態に吐き気を覚えつつ、勉強椅子に座って回転させ、少し自慢げな顔をしていた月奈さんに聞く。
「拒否できるんでしょ?」
「えぇ、できますよ。でも夜伽を受けた場合特別報酬がたんまり出ますし――」
「……風俗みたいだね。この家がますます嫌いになったかも」
「私も嫌いです。まぁ、でもジュン君、世の中には主人に恋してしまう乙女なメイドもいるんですよ?」
「えっ……?」
「その方ご依頼の夜伽であれば、喜んでお受けいたすのが、乙女というものですから」
そう話す月奈さんの顔は少し赤らんで恥ずかしげで、まるで恋する乙女みたいな雰囲気だった。
相変わらず、うさ耳がぴょこぴょこ跳ねていたが。
どういう原理なんだろ、と思考を逃すも月奈さんの雰囲気に呑まれて僕の鼓動が速まってしまう。
「さ、お勉強頑張ってください。そうしたら今日はお月見です」
「わ、分かった……」
リュックから教科書類を取り出しつつ思う。
勉強なんてできるわけがない。集中できるわけがない。
月奈さんの恥ずかしげな表情が頭に焼き付いて消えなかった。
*
夜、夕食後。お風呂も入って歯磨きもしてから部屋に戻る。
少し遅れて、髪をしっとりと湿らせた月奈さんが入ってきた。いちおう服装はメイド服だが、リボンやエプロンなどはつけていない。
「お待たせしました」
「い、いや、待ってないよ?」
「ならいいですけど、じゃあ行きましょうか」
え、行くってどこに?
首をかしげると、月奈さんは部屋の隅に屈みこんで何かを始める。
ベリッ
ベリベリベリッ!
カチャカチャカチャカチャッ!
ガチャッ!
えっ、なに!? 破壊工作!?
怪しすぎる機械音に身を縮こませると、月奈さんが晴れ晴れした顔でたちあがってこちらを向いて笑った。
「さ、行きましょっか」
若干のダークスマイルに後退りすると、月奈さんは迷わず本棚の方に向かい、その本棚を掴む。
なに!? さっきのは身体強化の魔法なの!? 投げる気!?
そんなことはない、月奈さんはいとも簡単に横にスライドさせた。するとその奥に、明るい光に照らされた階段が現れる。
「なにこれ!?」
「あれ、知りませんでしたか?」
「知るも何もっ、ここって忍者屋敷!?」
「ん〜どうでもよくないですか? それよりお月見しましょっ」
ひとしきり混乱した後、階段を登ると……そのままベランダに通じていた。
ベランダは奥行き1.5mと少し広めで、なんとソファーが置かれている。上の階にはベランダがあるなんてずるいな〜と思っていたものの、どうやら自分の部屋のベランダだったようだ。
なぜそのまま作らなかったんだ。
当時の謎な建築者にふまんたらたら、設置されたソファーに隣同士で座る。
さすが十五夜、月が明るくて綺麗で、空気も澄んでいて心地い。サイコーだ。
静寂と虫の鳴き声を破って、月奈さんがぽつりと呟く。
「月が綺麗ですね」
「はぇっ!?」
「ん? あぁ、夏目漱石のせいで意味深になってしまいますね、すいません」
てへ、と笑いながら月奈さんは月を見上げて笑う。
ちなみにうさ耳は付けていない。
ドキドキし始めた胸をこっそり抑えつけるも、僕の命令を聞きそうにはなかった。幸い、月奈さんはそんな僕に気づいていないのか空を見上げたまま続ける。
「月が綺麗ですね、なんてあんまり心に響かないですね」
「文学の神を貶した!?」
「いえ、普通に告白としてないわー、です。人よりけり、ですが……。少なくとも私はいやです。」
「そうなの?」
「だってそうじゃないですか。熟年夫婦ならそれで十分ですけど、愛の告白に比喩表現だなんて、回りくどくて私は嫌です。もっとシンプルに、純粋に――」
月奈さんはそこで言葉を切り、月から目を離して僕を見る。
そしてはにかむ。
「好きです、ジュン君」
「っ――」
「って感じでまっすぐ――」
月奈さんはふっと笑って空に顔を戻す。
何故言おうと思ったのかは分からない。でも言わなきゃいけないと思った。好きだと言われて何を返せないのはダメだと思った。
だから、気付けば口から溢れていた。
「ぼ、僕も好きだっ! つ、月奈さんが好きだっ」
「えっ……」
「やっ、ちがっ――これはその……こ、言葉の綾というかなんというか……」
「あ……そう、ですか……」
「ご、ごめん」
「いえ、いいんです。別に……」
微妙な空気になってしまって、月に目を逃がすことでその罪悪感から逃げる。
でも、心臓はずっとバクバクして鳴り止まない。
服の上から押さえると同時、月奈さんと手が触れ合う。見れば、さっきよりも距離が近くなっていた。
月奈さんの匂いが鼻をくすぐる。
触れ合う袖がもどかしい。
遠慮がちに重なる月奈さんの手が、純粋に嬉しい。
嬉しいから——
ぽつり、と彼女が言った。
「月が、綺麗ですね」
「——つ、月奈さんの方が綺麗だよ……」
ビクリ、と月奈さんの方が跳ねた。
*
「思いはまっすぐ伝えた方がいい、って言った自分が直後に比喩表現使うとか……しかも
ポロリと、数時間前の自分を馬鹿にする言葉が漏れてしまう。
今はもう月はかなり高いところまで登ってしまっていた。腕時計を見るともう日付が変わっていた。
隣のジュン君の肩に毛布を掛け直しつつ、そのままその肩を抱く。起こさないように、優しく。暖めるように、強く。
一つの毛布に一緒にくるまり、熱を共有する。心臓が激しくその存在を主張してきてうるさい。
「ホント……大好きです。恋愛的に、ジュン君が、大好きなんです……」
ジュン君の体を抱きしめて、その肩に頭を乗せ、空を見上げた。月はもう見えない。だけど街は月明かりで、ひどく眩しく照らされていた。
私は、彼の頬に、二度目のキスをした。
PS:いろいろと、甘すぎて吐きそう……
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