第17話 指相撲したがる自爆メイドは、僕の着替えを覗きたい




「指相撲しましょう」

「はぁ?」

「指相撲、いくらぼっちのジュン君とはいえ知ってますよね?」

「怒るよ?」

「ごめんなさい。まぁ、やりませんか?」


 月奈さんは悪びれたふうもなくペロッと舌を出す。

 差し出されたその手に疑いの目を向けつつ、口を開く。


「なんで突然に?」

「さぁ、ジュン君と手をつなぎたいから、かもしれませんね。

 勝ったら教えてあげます」


 どっちが、とは言ってないことをネタにとっとと勝負を終わらせて聞いてやろう、なんて悪巧みをしていると呆れた目が僕を刺す。


「もちろんジュン君が勝ったらです。そんなんだから友達ができないんですよ。まぁ、できなくていいですけど」

「主人に対してその発言はいかがなるものかと、思われますが? 月奈さん?」

「だって友達が多ければその中に女性もいることになります。異性間の友達は交際か疎遠のどちらかにしかなり得ません。

 私にとって、ジュン君に女性のお友達がいることは害なので」


 それってどういう意味? とわかりきったことを聞き返そうとして、やめる。

 『からかい』に素直に応じてやる必要なんてないのだ。

 カウンター攻撃だって僕の人権で守られている。


「僕にとって月奈さんは友達だと思ってたんだけど。違ったんだぁ〜。高校生みたいな道草ができる唯一のお友達だと思ってたんだけどなぁ〜」


 ぼっち呼ばわりされたのでその意趣返しとして自虐ネタを挟みつつ、さりげなく願望を含めておく。

 月奈さんは目を見開いて声を喉に詰まらせる。

 実際、僕自身恥ずかしくて認めたくない願望なので気付かれなくて構わない。月奈ねぇと道草に行きたい、とかいう願望なんて。


「っ——?」

「そりゃ、ね。身分とか立場とかの一面があろうと、親交を築いてるいい女性のお友達と思ってたんだけどなぁ」

「えっ……わ、私は別ですっ。私はジュン君のたったひとりのお友達でっ、そのうち異性との交際関係になる——!? な、なんでもありません!」


 自爆攻撃、それも両者予期しないもの。

 耳の空気が一気に抜けるみたいに、ポンッとなにかが軽く爆ぜる音がした。湯気が頭から立つ。

 もちろん、僕からも月奈さんからも。


 沈黙が数秒、月奈さんが先に復活して、数秒前のことなんてなかったことかのようにニヤリと笑っていた。

 そして僕に向かって手を突き出す。


 どうやら本気でなかったことにして、指相撲云々の入りの会話に戻る気のようだ。

 こちらとしても恥ずかしさで死にそうなので好都合。ツッコまないことにする。


 月奈さんが負けるのが怖いんですかぁ?みたいな笑みを浮かべるので、ムキになって素早くその手を取った。


 そこで気付く。


 指相撲って――


「もしかして手、握ること、意識しちゃってます?」

「べ、別にそういうわけじゃ――」

「そうですか。じゃあその赤い耳は?」


 図星。

 思わず目を伏せる。


 現在進行形で、僕を煽るようににぎにぎと手を握ってくる。

 その月奈さんの顔も、小悪魔な笑みの下で、ほんのり赤くなっていた。

 指摘しようと口を開きかけると、それを遮るように月奈さんがいう。


「カウントは早口ナシの十秒で。人差し指の使用も禁止です。じゃ、やりましょう」


 月奈さんは仕切り直すかのように一度手を放し、再び手を絡め合わせて今度はしっかりと握る。

 僕の手の中でもぞもぞと動くヒンヤリと冷たい柔らかい手。

 軽くフェイントに親指を動かせば、その度に強く密着して僕のドキドキをさらに高める。


 フェイントにはなかなか引っかかってこない。月奈さんはただ親指を立てて、土俵をじっと見つめていた。

 生まれた沈黙を先に破ったのは月奈さんだった。


「この土俵、私とジュン君でできてるんですね」

「なっ——へ、変なこと言わないでよっ!」

「そうですか?」

「言い方の問題! あとその言葉の真意は何!?」

「なるほど……。まぁ、真意としては……」


 コクリと頷いた後、おうむ返しをしながら答えを探す月奈さん。彼女は目をキョロキョロと動かして脳裏を探るように瞼を閉じた後、言った。


「真意は、こうやってジュン君と手を握ってると不思議な気分になるってことです。何の気なしにぽろっと出てきた言葉なので」

「どういうこと?」


 瞬間、手を引き寄せられる。そのまま体ごと。

 手の向こうに見える月奈さんの顔が、近い。

 彼女に焦点が合うまでのタイムラグが長い。

 手に、息が掛かる。その息は熱い。


「まるで、時間が止まっちゃってるんじゃないか、って思うぐらいです。というか止まっちゃえ、いっそのことこの世で2人だけになっちまえ、って思ってます。

 そしたらなんのもないのにって。

 バカな事なんですけどね」


 月奈さんは自嘲するように悲しげに笑って、親指を機敏に左右に振る。それが、無理をしているように見えてしまった。

 それで、言ってしまう。言葉が口をついてしまう。


「僕はっ――僕は、止まってもいいって思ってる……。る……」

「へ……?」


 自信がなくなって、語尾を繰り返して自分を納得させようとする。それとは別に、月奈さんが間抜けな声を出した。


 その後、何かに気がついたのか指相撲とは反対の手でおなかを押さえて体を曲げて笑い出す。。


「あははっ、何で最後疑問形になっちゃってるんですかっ?ジュン君ったら自信なさ過ぎですよ。

 あはははっ、すっごい面白いですっ……くくくっ……」

「わ、笑わないでよっ」

「笑っちゃいますよそりゃっ……だって……」


 そこで、おかしそうに身をよじっていたのを戻して、目尻から溢れた水玉を人差し指ですくう。

 そして静かに言った。


「だって、そんなあり得なさすぎて……嬉しすぎること言われたら、ねぇ? もう……嬉しさで泣いちゃいそうです」

「なんっ――」

「はいっ、捕まえましたっ、いちにぃさんしごーろくしちはちきゅうじゅうっ、私の勝ちです♪」

「ちょっ! 卑怯だよ! あと早口禁止ってッ!」

「何の話です? ま、それじゃちょっと失礼しまぁ~す♪」


 月奈さんは手を解いてそそくさと立ち上がり、僕に顔も見せずに部屋の外に出る。

 ただ、その寸前に爆弾を落として——。


「あんなの言われたら……本気で好きになっちゃいますよ? 責任取ってくれるんですか? 

 もうっ、ジュン君ったらっ」


 悪いことをした子供をたしなめるように、しかし照れ隠しとさざとさを隠しきれない物言いに、言葉が喉につまる。

 何も言い返せないうちに閉まった扉の向こう側の光景を、僕はしらない。


 例のごとく扉に背を預けて座りこんで、まるで嬉し泣きしたかのように赤くなった目をこすっている彼女なんて。



 *



「ジュン君、私は今、とても驚きで満ちあふれています」

「どうしたの、そんな言葉を句切って」

「それがですね。私はなんと……って、なんかこの話し方変じゃありません? 仕切り直していいですか?」

「別にいいけど……」

「コホン……。では——私、ジュン君のお世話係なのにジュン君のお着替えを手伝ったことがないんです!」


 朝、いつもより早めに起こされた意味を悟った。

 この議論をするためだ、と。

 で、コイツは何を言ってるんだ、と思った。

 寝起きからのタイムラグでくる眠気にこらえて目をこすり、声を出す。


「僕のお着替えをなんで手伝う必要が?」

「お世話係なので」

「……その理由が毎回通るとでも? 歯磨きにしろ耳かきにしろ……。流石に着替えは自分でするよ?」


 足を持ち上げて下ろす、その反動で体を起こし、ベッドの縁に腰掛けて月奈さんを睨む。

 月奈さんはどこ吹く風で口を開いた。


「私はジュン君の隣でお召し物を手渡す係です」

「やめろぉぉぉっ! 僕は一人で着替えるから出てけぇぇぇ!」

「……いけず……」


 今更意識が覚醒して叫び声を上げると、月奈さんは耳を塞ぐ。

 そしてぷくっと頬を膨らませてそう呟いて、足取り重くドアを開ける。そして恨めしそうに、一縷の期待を向けるように、僕を見る。


「ダメなものはダメだから! そんな目で見つめても無駄!」

「……今まで通り盗撮カメラで楽しむだけにしときます……」

「っ――!? ちょっ、ウソだよね!?」

「……失礼します」


 目を泳がせて沈黙が数秒、彼女は答えなしに頭を下げて扉を閉めた。

 結局その日は、クローゼットの中で着替えた。

 月奈さんの言葉が本当なら、今更な話ではあるけど。









PS:まぁ、真相は定かでない方が楽しめますものね。

 その方が私も警察沙汰にならなくて済みますし。


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