第16話 ウソが嫌いなフリーメイドは、僕の口を磨きたい
「えと~……メロンパンください……」
「ありがとうございますっ。これ、おつりですっ♪」
購買にて。
おつりを渡されるときにいつも通り指先が触れあう。
先ほど以上に弾んだ声で、営業スマイルなんてとうに超越した笑顔で、彼女は僕に接する。
「あ、ありがとうございます……」
「はいっ、どういたしましてっ」
特大の笑みを投げかけられてドキッとしつつ、そそくさと会計待ちの人混みを抜ける。
振り返ると、相変わらずの行列だった。
彼女が裏方に回ると行列は短く、彼女が会計に立つと行列が長くなる。それが顕著に見えて面白い反面——
みんな彼女――月奈さんを狙ってることに嫉妬した。バカみたい? キモい? なんとでも言え、僕だってそう思ってる。
でも月奈さんは僕にだけお釣りを手渡ししてくれる。それがわかってるから、もうどうだってよかった。
メロンパンをかじりつつ食堂を出て、その寸前に月奈さんを見る。一瞬だけ目があった気がして、ドキッとした。
「なぁっ、お前ときどきお姉さんと一緒に帰ってるんだって?
あの購買の美女だよなっ? なぁ、そうだよなっ?」
教室に戻ると、後ろの席のヤツに突然に話しかけられる。
お姉ちゃん……? 購買の美女……?
意味がわからず首を傾げた後、月奈さんの事だって分かって耳が赤くなる。否定して嘘をつけば粗が出そうなので肯定することにした。
「そ、そうだけど……」
「じゃあさっ、今度紹介してくれよっ、なぁいいだろ~? 席が前後のよしみなんだしさぁ~」
前後の仲と言いつつ今まで一度も話した記憶がないのだけど?
心の中でツッコんで、でも口に出す勇気はなくて押し黙る。
次の言葉を考えて数秒、口を開く。
「あ、姉は……もうカレシいるから」
自分でついた嘘のくせに、それでも胸が痛くなる。そのカレシを憎く思ってしまう。
「え~マジ? まぁでもメアド教えてくれよ~」
「っ……」
「なぁいいだろぉ~? お~いぃ~」
肩をガクガク揺さぶられて嫌気が差してくる。
僕は短気な人間だって思う。
次の瞬間、口が勝手に動いてた。
「絶対教えない。月奈ねぇはそういうの嫌いだから」
自分でも驚くぐらい低い声が出た? ……違う。
ガキみたいにムキで、半ベソかいてるような声が出てて、恥ずかしさで悶えた。
悶える僕をみて引いたのか、後ろのやつはもう話し掛けてこなかった。
*
「ジュン君おかえりなさい」
「た、ただいま……」
月奈さんは正座していた。目が据わっていた。
思わず僕までその場に正座する。
単刀直入に言います、と彼女は氷のように冷たい声を出して、続けた。
「ジュン君、私にカレシがいるとはどういうことですか」
「なっ……どうしてそれを——」
「その質問は今は関係ありません。で、私にカレシがいるってどういうことですか? しっかり教えてください」
「そ、それは――」
月奈さんは猛烈に怒っていた。
背後に般若が見える。背筋を冷や汗が走った。
「う、後ろの席のヤツが月奈さんの恋愛事情をいろいろ聞いてきて……面倒だからそう言っただけ……なんだけど――」
「私にカレシはいません! 常にフリーです!」
「な、なんかごめん……」
「ほんと失礼です!
常にジュン君のためにフリーにしているというのにっ、このまるで嫁が頑張って稼いだお金を博打で全部すってしまう酷い夫みたいじゃないですか! 誰が夫婦ですかッ!」
月奈さんは長々と叫んだ後、勝手に自分で赤くなる。
早口すぎて意味はよくわからなかったけど、博打の例えは間違ってる気がした。
でもツッコミは炎上を招くだけなので避けて謝る。
「ご、ごめん……」
「まぁ……その、フリーなんで……いつでも」
「ッ――」
ぷいっと顔を斜め下にそらしつつ、言った。
さっきの月奈さんの言葉を今更理解して、脳が沸騰する。
からかわれてるだけ。
分かっているのに、期待してしまう。月奈さんが僕を好きだってことを、期待してしまう。
「そ、それって……」
「いつでも、構わないですから。いろいろと、ジュン君からの、期待しないで待ってます」
「や、やめてよね! そういうのホント照れるから!」
雰囲気がマジに思えてきて、それだけ月奈さんの演技に飲み込まれてるってことに気がついて、大声で空気をかき消した。
ピンクに染まりかけてるように見えた空気が元に戻っていくのを見て、胸をなでおろす。
最後に聞こえた小さな声は、気付かなかったフリをした。
*
「さて、ジュン君」
夜、寝る前。お風呂から上がって少しだけゲームをした後。
月奈さんが突然正座をして、僕に向きなおる。なんとなく僕も正座をする。
「なに?」
「この21年の人生」
いきなり壮大な話になったな、と首を傾げつつ相づちを打っておく。それに満足したのか月奈さんは言葉を区切って大きく頷いた。
「私は誰かのお口に歯ブラシを突っ込んだことがないことに気付きました」
「は……?」
「だから歯ブラシを――」
「それは聞こえていた。うん、聞こえていたんだ。しかしながら、なぜそれを僕に?」
衝撃で、ものすごく文語的な喋り方になってしまう。
月奈さんはまだ気付かないんですか? みたいな顔をする。
実際、気づいていた。気付いていたけど、一縷の望みにかけて気付かないフリをした。
まさか月奈さんが僕の歯を磨きたいだなんて。僕の羞恥心を煽る拷問をしたいだなんて。
月奈さんはコホン、と一つ咳払いをして言葉を立て直す。
「私の仕事はジュン君のお世話係です」
「うんうん」
「お部屋の掃除やお勉強を教えたり話し相手になったり……」
「うんうん」
「その中には耳かきや歯みがきも入ってるんです」
「うんう――ん?」
「なので私はジュン君の歯みがきをしないと職務放棄になって解雇されてしまうんです」
淡々とした口調に思わず納得しかける。
納得しかけて、頷いてしまって、月奈さんがニヤリと笑ったのに気付いた。
まばたきをする内に視界が反転して、月奈さんの膝の上に頭を乗せられる。
視界の中の頭上の方にパッツリしたソレ。その奥からこちらを覗き込む月奈さんの顔。
僕の頭を固定する、頬に添えられた月奈さんの手。
そう、これは膝枕。
「ねぇちょっとやめてッ!」
「イヤです」
「離して! 歯磨きぐらい自分でするから! 僕のプライドをっ、自尊心を尊重して!」
「私はジュン君のお世話係を辞めたくありませんッ!」
一喝するように、叱るように月奈さんが言う。
抵抗しようとジタバタ暴れる体が、固まる。
僕を覗く顔は真剣そのものだった。
気圧されて、頷く。すると、再び月奈さんがニヤリと笑う。
数秒前と同じ罠に引っかかった。そう気付いたときにはもう遅かった。
「絶対に暴れないでください。ジュン君に死んで欲しくありません。危ないから、暴れないでください」
先ほどの罠のときと変わらない、だけど今度こそ心の底から真剣無垢な顔で月奈さんが言った。
頷かなきゃいいのに、頷いてしまう。
口の中に歯ブラシが入ってくる。
いっと本気で力をかければ逃げ出せたはずなのに、逃げ出せなかった。逃げ出せなかった。彼女を受け入れてしまった。
そんな自分が恥ずかしくて目をつむる。
口の中を歯ブラシが優しくくすぐっていく。
もう高校生なのに……と、心の中で呟くと、まるで僕の心を読んだかのように月奈さんが言った。
「ジュン君って友達いませんよね? いつも一人ですよね」
「っ——!?」
「だから私にぐらい、全部を委ねてちゃってください」
「っ——」
「ね? 別にこの部屋は私たちだけなんですし」
いろいろと精神的に痛めつけられて理性が崩れる。
頭を固定されてるし、口の中に歯ブラシ突っ込まれてるしもう抵抗のしようがない。どうしようもないのだ。
だから彼女に身を委ねることにした。
決して、甘えたくなったわけじゃない。
別に、ときどき服のパッツリしたところが額に当たってて、その感触が気持ちよくてもっと楽しみたいとか、そういうわけじゃない。
PS:意外とむっつりすけべですね……。
更新、長らくお待たせいたしました。明日以降、なるべく毎日更新するようです。
誤字脱字の報告、誤字脱字と思われる部分をコピーしてコメントするだけで構いませんので、よろしくおねがいします。
返信が遅れますが、コメント返信はいつも通り私、月奈が担当させていただきます。
ハート、お星様、レビュー、コメント、よろしくお願いします、ご主人様っ♪
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