第15話 スマホを弄る月奈ねぇは、僕の紅茶でときめきまくる
「月奈さん……その、今更なんだけどさ……」
「はい、なんでしょうか?」
「す、スマホ……の、連絡先、交換しない?」
緊張で言葉がたどたどしく、区切られる。
月奈さんは一瞬目を見開いてすぐに笑った。
「いいですよ、しましょうか。スマホ貸してください」
「う、うん……」
ロックを解除して渡すと、月奈さんがカチャカチャ操作して登録してくれる。からかわれると身構えていた分、拍子抜けで足から力が抜ける。
でも、僕の心配事は杞憂には終わらなかった。
その場に座り込むと、月奈さんが口を開く。
「連絡先交換して何がしたいんですか?」
「え? そんなの——」
「
月奈さんがちろり、と唇の端から下を覗かせてにやにやする。
言葉を理解するまでに数秒、沈黙。
理解して、数秒、フリーズ。
「よとッ――何言ってるのッ! 別にそういうわけじゃない!」
「そうなんですか?」
「そ、その……月奈さんが買い出しに出てたりして、下校ルートに近かったら手伝うことできるし。その、外で離れてても会おうと思えば会えるし。
って……思ったから、交換したいだけ」
へぇ、と聞いておきながら興味なさそうな返事をした月奈さんは、片手で彼女のスマホをいじりながら、僕のスマホを後ろ向きに返す。
だけど、見えている。耳が赤くなっていた。
からかうと倍返しにあうので見なかったことにしておく。
「ありがと」
「いえ、別にこれぐらい――」
「ん……あ? ッ――月奈さんッ!」
彼女とのチャットルームが
実際そうするつもりだったし、って理由は心の奥に隠す。
ただ――
「なんで名前が「お姉ちゃん」になってるわけ!?」
「え、だって情報空間はお屋敷の外ですよ? なのでジュン君のスマホ側で名前表示を変えておきました」
「謎理論! あと人のスマホの設定を勝手に変えるな!」
「……イヤですか? 私はジュン君にお姉ちゃんとかおねぇとか呼ばれたいです」
「……却下!」
言いつつ、月奈さんの名前のところをタップして設定画面を開き、デフォルトの名前の「月奈」に戻しかけて……。
こっそり「月奈ねぇ」にしておいた。
*
「ん~……」
「ただい――い?」
「ん? あ、お帰りなさいジュン君」
家に帰ると、嫁が他の男と寝ていたとか、幼馴染が幼女になっていたとかいろいろある。
でも、家に帰るとメイドが——
「ポテチ……?」
「はい、ポテチです。いりますか?」
「いらな——いや、やっぱもらうけど……」
——だらだらにだらけていた。
床にうつ伏せで寝っ転がってクッションに顎を乗せ、ミニスカから伸びる足をパタパタさせて、傍らのポテチに手を突っ込んで漫画を読んでいた。
その顔の前にはコーラがある。完全なる宴フィーバーだった。
リュックをその場に下ろして差し出されたポテチをつまむ。
のりしお味か……うん、おいしい。って——
「何やってるの?」
「何って……だらだらしてます。ちょっとつかれちゃったんですよ。毎日お仕事、365日休みなしなので」
「っ、えと~大丈夫? ……って聞くと大丈夫って返すよね、うん……何か欲しいものある?」
そっか、毎日働きづめだもんね、そりゃ疲れるよね。
そう納得して、なにかできることないかな~って聞いてみる。
月奈さんは僕を振り返って目をくわぁっと見開いて数秒、固まった。
「ジュン君の入れた紅茶が飲みたいです。インスタントでもいいのでジュン君のが飲みたいです」
と、月奈さんが甘えた声を出した。新鮮で、僕を頼ってくれることに嬉しくなる。と同時に、その甘い声にドキッとする。
「っ――」
「欲しいです。ジュン君の」
「わ、分かった。ハチミツ分量わからないから持ってくるね」
「はいっ」
嬉しそうな声を背中に部屋を出る。
自然と、口角が上がってしまった。
*
「適当に言っただけだったんですけど……信じちゃいましたか」
独り言を呟いて、ポテチを片付けようと動きかけて、やめる。
この「だらけ」がジュン君の中で正当化されて納得されているなら下手なことはしない方がいい。
何を隠そう、全てを隠そう。しかし言おう。
実は毎日のごとくこんな感じでだらけている。売店のシフトは月曜と木曜以外は常にお昼過ぎには終わる。
そうしたら学校を出て、双眼鏡で眠そうなジュン君の姿を窓越しに認め、コンビニでイロイロと買って帰る。
大抵はポテチとコーラだ。
家までは徒歩で帰るので実質カロリーはゼロだ。ここに異論は挟ませない。
コンビニの領収書を経費請求の指定のかごに投げ込んで、お風呂に直行。
シャワー後にメイド服に着替えてジュン君の部屋に行く。
あとは雑誌なりおやつなりゲームなり……たまに部屋に掃除機をかけて、シーツで体を包んでお昼寝をした後にお洗濯に出す。
仕事なんて仕事は全然していないのである。
毎日こんな感じでだらだらしているのである。
ただ、今日は少しだらけすぎてしまって――
「そういえばアラームをセットしてませんでしたね」
無論、ジュン君が帰ってくる十分前のアラームだ。
ジュン君が帰ってきた瞬間にとっさにお腹の下に隠したジュン君の枕のシーツに顔を埋め、深呼吸。
はぁぁぁ……溶ける……。
っ、いけないいけないっ。
枕にシーツを返して元あった状態に戻し、先ほど同様、うつぶせに寝転がる。
スカートを私の足下に座ればパンツが見えるぐらいの短さに感覚でたくし上げ、固定する。
うん、完璧だ。
数分後、ジュン君が戻ってきた。
気配でぎょっとしているのが分かって面白い。
いたずらに足を持ち上げてスカートをさらにはだけさせる。
「つ、月奈さん……」
「なんですか?」
「み……見えそう。パンツ」
「え? ほんとですか?」
あらら、指摘されちゃいましたか。
そう思いつつ気づいてないふりをして足を持ち上げてパタパタと振ってみる。
「きゃっ!」
ジュン君は可愛らしい悲鳴を上げて、私の頭の方に避難した。
わざとやってることがバレたら怒られそうなので、顔に出そうになる不満を押し堪えてジュン君を見上げ、首を傾げる。
「だ、だめだよ! そんなことしたら見えちゃうから!」
「見えちゃダメなんですか?」
「ダメでしょ! みせたくないでしょ!」
「……私は見られて構わないんですけど……」
言いつつ、スカートの裾をつまんで持ち上げる。それだけでジュン君の顔が真っ赤に染まった。
パンツが見えないように気を使いながら更に引き上げて、ややかすれ気味で息たっぷりに言う。
「スカートのなか、見たくないんですか?」
「ッ——!」
「あと……もっと、そのさき、とか?」
ジュン君の喉が動く。
手をその場で固定して、ジュン君がお願いするなら見せてあげますよ、なんて視線をジュン君にぶつける。
目があう。数秒の沈黙の後、ジュン君が真っ赤な顔で叫んだ。
「み、みたくない!」
「そうですか……。ま、それならいいですけど」
別に落胆してるわけではない。
勝負パンツとかじゃないけどいつでも見られても大丈夫なように可愛いのつけてるとか、それなのに今まで一度も見ようとしないとか、そんな
体を起こしてクッションに座り、ジュン君の用意してくれた紅茶に口をつける。
瞬間、心臓がドキッと跳ねた。
インスタントなはずなのに、はちみつだって入れてないはずなのに……ジュン君が用意してくれたってだけで、美味しく思える。心がぽかぽかする。
「こ……」
「こ?」
恥ずかしさで声がつまりかける。
でも、言わなきゃまるで私がジュン君を意識しまくってるみたいでイヤだ。
そんな葛藤の後、ジュン君を見つめてはにかむ。
それだけでジュン君が赤くなった。
「紅茶ありがとうございます。ジュン君の味がしておいしいです♡」
ぷしゅぅ、とジュン君の頭から湯気が立つ。
ジュン君が顔を抑えている間にティーカップを交換したりだとかはしていない。
と、いうことにしておく。
ジュン君が紅茶を飲むとき、今度は私の頭から湯気がたった。
ドキドキがとても切なかった。
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