第14話 知恵の輪をする妨害メイドは、僕に傘を使わせない
「んで、月奈さん?」
「なんですか?」
「……カチャカチャならしているソレはなに?」
「これですか? 知恵の輪です」
月奈さんが顔の高さまでソレを持ち上げてこちらに見せる。
それが知恵の輪、ってことぐらいは知っている。
ちなみに彼女が座っているのは僕のベッドの上。
……もう何も言うまい。
だって言うとしたら——僕のベッドを嫌がらなくて嬉しい、ってのと男扱いされてなくて悔しい、の二つしか出てこなさそうだから。
諦めて首を振ると、月奈さんは何と勘違いしたのか再び知恵の輪をいじりだす。カチャカチャうるさいよ、とつぶやく。
「今いいところまで行ってるんです。話し掛けないでください」
……おい、お前の主人は誰だ。この部屋は誰の部屋だ。でもって僕はいま勉強中だぞ。
そう、少し横柄な思いを込めた視線を知恵の輪にぶつける。
と、同時に知恵の輪が分解された。解かれた。
月奈さんが嬉しそうな声をあげる。僕も嬉しかった。
これで勉強ができる。
「やったぁ、できました♪ じゃあ次のは……」
月奈さんが再びカチャカチャし出す。うぉい、と口からこぼれたけど月奈さんの耳は僕の声を拾わなかったようだ。
ちなみに僕は中間試験のために漢字の勉強している。
抗議しかけると、月奈さんが知恵の輪から目を離さずに先に口を開いた。
「そういえばジュン君もうそろそろ中間試験ですが……」
「今その勉強をしているの! なぜわかってて妨害するの!?」
「そうですか……いえ、ジュン君に朗報があるとお伝えしたかったのですが……」
「なに? もったいぶらずに教えて?」
「かしこまりました。ジュン君がやってるところ、範囲外です」
「……は?」
目の前の教科書のページを見る。102Pだ。
試験範囲のメモを見る。102P、と書かれている。
「ジュン君はメモを殴り書きにしすぎです。それ、102Pじゃなくて62Pじゃないですか?」
「――天才?」
「……ジュン君がおかしいだけです。なぜ1の下に0を付けるような変な6の書き方をするんですか?」
「いやぁ、オカシイと思ったんだよ。この前の小テストの範囲は50Pとかだったのに……」
「バカですね。正真正銘バカです。ジュン君、なので頭を柔らかくするために知恵の輪をしましょう」
握り直したペンを、机に転がした。もとから萎え落ちしかけていた理性が瓦解する。
後ろを振り返ると、月奈さんがにやっと笑った。
見事勉強する意欲をかき消されたわけだ。
まぁ別にいい、もともと集中できそうになかったし。
立ち上がって月奈さんの向かいに椅子を動かして座る。
と、月奈さんの横の箱から知恵の輪を渡される。ちらっと彼女の横の箱の中を見ると、知恵の輪がざっと十数個ぐらいあった。
「こっち解いてみてください、結構面白いですよ」
「わかった」
そうして、カチャカチャと知恵の輪をいじる。
心地いい沈黙が生まれる。そのまま数分。
僕は未だに解けないでいた。ので、責任転嫁することにした。
かなり負けず嫌いな僕だったりする。
「ねぇ、これ不良品じゃない?」
「何言ってるんですか。そんなわけありませんよ」
「でも解けないんだよっ、悔しいっ」
「……はぁ。じゃあココ持っててください」
月奈さんが手元の知恵の輪を膝におろし、僕の知恵の輪に手を伸ばす。同時、月奈さんとの距離が縮まる。
小さなピースに指が重なる。指先が触れ合う。吐息が近い。
少女漫画だったら絶対トクン、トクン……って効果音がついてる。変な確信を持ってドキドキを押し殺す。
でも、胸は高鳴る。
月奈さんの指を眺めて思う。
細くて白くて綺麗だ。
爪もしっかり手入れしているのか、ネイルも塗ってなさそうなのにつやつやしている。
「ジュン君、ここに持ち替えて……そうです。そのまま、手前に引っ張ってください」
月奈さんの声が小さい。近いからか、雰囲気に合わせてか。
僕自身の心臓の音が、耳の後ろでよく響く。
息が多いその声に自分の顔が赤くなるのがわかる。
言われたとおり引っ張ると、ピースはあっけなく抜けた。
同時、体が離れる。
指が指を求めて空を切る。
自分が今何を思ったのか気づいて、恥ずかしくて思わず月奈さんから顔を逸らす。
「ほら、できましたよ?」
「そ、そうだね……」
「なんで顔、赤いんですか?」
ずい、と月奈さんが僕に迫った。下から覗き込まれる。
純真無垢そうな、その不思議そうな顔にドキッとする。
「ッ――ちょ、ちょっとこの部屋が暑く感じてさっ~……」
「そうですか?まぁいいですけど。2人で知恵の輪するの、楽しいですね」
「そ……うだね……」
「もう一つ、一緒にやりませんか?」
「う、うん……」
もう一回、体が近づく。
どうしようもなく、それが嬉しかった。
月奈さんの指を見つめる僕には気づけない。
夕日のせいにもみえる、赤く染まった耳には。
その下で、小さく嬉しそうに笑う可愛らしい笑みには。
*
「ジュン君、梅雨だね」
「そうだね……月奈ねぇ、それがどうしたの?」
木曜日の下校。校門の中で待っていてくれた月奈さん。
下校時だけ姉弟設定ってルールは暗黙のうちにできていた。
下校時なら二人きりでも月奈ねぇ、って呼ぶ口実ができたので僕としては願ったり叶ったりだ。
それはさておき、雨が降っていた。
僕も月奈さんも、手には傘がある。
「ジュン君は傘を持っている、私も傘を持っている。
だから傘は不足してない」
「うん……? どれがどうかしたの?」
「じゃあ私の傘はないものとして扱おっか」
「……はぁ? なぜ?」
「だって折角の雨だよ? 折角の週二回の下校だよ?」
月奈さんが何言ってるの!? みたいな顔をするけど、それはこっちのセリフだ。この雨で傘をないものとして扱うとか論外だ。
話を飲み込めないで首を傾げると、月奈さんがむくれた顔をする。そして頬袋に溜まった空気をぷしゅっ、って抜いて言った。
ほっぺをつつきたいと思ってしまった自分を後で殺す。
「だからっ、相合い傘イベントってことっ!」
「はっ——」
嘲笑するわけでも、聞きなおすわけでもない。
喉の奥で息が渦巻いた。
月奈さんが相合い傘なんて叫んだせいでただでさえ人の目を引いてるのに、余計に視線が集まる。
背中にチクチクした視線を感じて、寿命が三秒ぐらい縮んだ。
その視線が、リア充爆発しろと呪詛を唱えていて怖かった。
カレカノ関係とか思われるのが恥ずかしくて、咄嗟に大きく口に出す。実際のところ、勘違いされるのが少し嬉しかったりもするのは秘密だ。
「月奈ねぇちゃんやめてよ!」
姉弟の戯れ、と認識した周囲のチクチクが減る。
だけど同時に、月奈さんがからかうネタを増やしてしまった。
月奈さんは小悪魔な笑みで僕の顔を覗き込む。
「なにジュン君、もじかして恥ずかしいの? お姉ちゃんと相合い傘するのが恥ずかしいの?」
「いや、別にそういうわけじゃないけどっ」
「へぇ~、ねぇ、もしかして……私のこと、意識しちゃってるの? ふふっ」
嬉しそうにはにかんだ後、月奈さんが手早く僕の傘を奪う。
そして傘を差して雨の中に出た。
「さてジュン君、私の傘に入らないとびしょびしょに濡れてちゃうよ? ねぇ、一緒の傘、入ろうよ」
「……帰ったら月奈ねぇと口聞かないから」
「じゃあ帰るまでにお喋り、いっぱいしよっか」
「うっ――……」
言おうとしていたことを先に言われて、言葉に詰まる。
帰るまでにいっぱい月奈ねぇ、って呼びたいし、家に帰ってもおしゃべりしたい。
そんな願望が見透かされたみたいで恥ずかしい。
傘の下に入って、歩き始める。
「柚、手、包んであげよっか?」
「……よろしく。まぁ、そっちの方が寒くないし」
大学生ぐらいの相合い傘をしたカップルとすれ違う。彼女の方が、彼氏の傘を持つ手を暖めるかのように包んでいた。
小悪魔な笑みを浮かべた彼女の顔を見て、彼氏の方が顔を真っ赤に染める。でも、嫌がりはしない。
その背中を眺めた後、目を戻すと月奈さんと目があった。
沈黙が数秒、月奈さんが先に口を開く。
「あ〜……雨の日って傘を持つと寒くなるなぁ〜。ね、ジュン君、あっためてくれない?」
わざとらしい言葉、反応を楽しむあざとい顔、小悪魔な目。
悔しくって、傘を持つ月奈さんの手を握る。掴む。
確かに少し冷たくなっていた。
傘の下だけが、異様にあったかかった気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます