第18話 寄り道したがるタメ口メイドは、僕に射的を教えたい
「ねぇジュン君、寄り道しない?」
「えぇ?」
「そういえばジュン君と寄り道したことなかったし。一緒に道草したいな~って思ったの」
明るくて弾んだ声で月奈さんは喋る。
はっきり言って、タメ口でいつも以上に近くで接してくれるこの時間、下校の時間が僕は好きだ。
月奈さんのお願いに、恥ずかしくなって声がつまりかける。
「……う、うん……」
「じゃ、デートしましょっか♪」
「で、デートってッ!」
毎度のごとく、僕に視線が集まる。
そして「あぁアイツらか」みたいな空気が流れて視線が外れる。
月奈さんは周りの視線に気づいてないのか、わかっていて無視しているのか、顎に指を当てて小首を傾げる。
小動物みたいで可愛いと思ってしまった。
「デートじゃないの? 私はデートがいいな、って思ってるけど……。だってそっちの方が、幸せだし?」
「っ……べ、別に好きにしたら……?」
「やったぁ♪ じゃ、手、繋ごっか」
月奈さんが僕の手を絡め取って握る。
一瞬の事で体が固まると、月奈さんがにぃっと笑った。
そして僕の耳に口を寄せて、ささやく。
「だってこれ、でーとだもん。
ね、ジュン君、どこ行きたい?」
耳が月奈さんの息で包まれて、熱い。
ドクドクと心臓が跳ねてうるさい。
恥ずかしさのあまり、思わず手の中の、彼女の手を無意識に握ると、優しく握り返された。
からかわれてるだけ、からかわれてるだけだ。
そう心に念じて、ドキドキのこもった息を吐く。
いつもならそれで終わりなのに、今日は違った。
ホントにからかってるだけなのか? もしかしたら月奈さんは僕のことが――
ありえない想像が、僕の期待から生まれた妄想が広がって脳内を駆け巡る。
いつしか、口が開いた。
「月奈ねぇって僕の事が好きなわけ?」
「にゃっ!?」
思考が口から漏れたことも忘れて、猫みたいで可愛い月奈さんの声に聞き惚れる。
月奈さんは僕を見て、顔を真っ赤に染め上げた。
「にゃっ、……違いますけどっ――ッ、違うけど!」
「じゃあなんで手を繋いだりなんて?」
「こ、これは迷子防止だからっ! へ、変なこと言わないで! これから三分は会話禁止!」
「いたたたたたっ! ちょっ、強く握らないで! 痛いから!」
「ジュン君のバカ!」
「バカってなんだよバカって!」
「バカはバカ! あと今は会話禁止だから!」
その言葉で無理やり会話を途切れさせられる。
何か言い返そうとして、今更思考が漏れたことを思い出して顔が赤くなって、口をつぐむ。
痛いぐらいに手を握られたまま、耳を赤くしつつ顔を真っ赤に染めてる月奈さんと歩く。
時々痛さで顔を顰めながらも、からかわれてるだけじゃないのかも、と心に余裕が生まれ始めていた。
もしかしたら、ワンチャンあるのかも、と。
*
「ふぅ……まぁまぁですかね?」
「どんだけのスコア叩き出して言ってるわけ? よくわかんないけどランキング乗っちゃってるよ!?」
BB弾を飛ばして的に当てるゲーム。月奈さんの名前がランキングの8位のところで輝いていた。
月奈さんは首を傾げつつ、
「そうですか? まぁそれだけやってる人が少ないんでしょうね」
「そうなのかな……? それにしても射的って……」
月奈さんがデートとか言い出したくせに、その月奈さんが選んだのは渋谷のボーリングセンターの隅にある射的だった。
嫌なわけではないけど、異物というか違和感が否めない。
この違和感は――
「さ、ジュン君の番ですよ。これ、持ってくださ――」
「あっ……」
違和感に気付く。
月奈さんは僕の声で、銃を斜めに抱え直して首を傾げた。
「えと~……つ、月奈ねぇ……」
「ッ――そ、そっか。ココお外だもんね。ごめんジュン君」
「……別にいいけど……。遠いからやめて」
何の距離、とは言わなくても分かるはずだ。
わかってるはずなのに、月奈さんは物理的距離を詰め、僕の横にピタリとくっついた。
「な、なに?」
「構え方から教えようと思って。コレ持って?」
言われたとおり銃を受け取って見よう見まねで構える。
台に肘を突いて銃を下からすくうように支えて前に突き出す。
と、背中全面で、体の後ろ側全部で月奈さんを感じた。
背中に感じるパッツリしてる、柔らかい部分。
動く度に離れて、でもすぐに密着する足。
腕に絡みつく、心地いい熱を帯びた彼女の腕。
体を包むように後ろから抱きしめられる多幸感。それと、煽られる羞恥心。
「ッ――な、なにをっ!」
「ただ教えてるだけだよ? それともなにぃ? もしかして、ドキドキしちゃってるぅ?」
「ッ――……」
右から後ろを振り返ると、目が合う。顔が、めちゃくちゃ近い。距離は大体数センチ。
どちらかが無意識のうちにでもキスを望めば、できてしまう距離。高鳴る心臓と、膨らむ妄想を必死で抑える。
すると突然、月奈さんが僕の頭の左側に頭を動かして、視界から消える。
それに合わせて首を振り直すとまた今度は反対側、右側に逃げられる。
僕の頭を頭でロックするかのように、僕の肩に顔を乗せた。
月奈さんの口が近い。髪の毛が僕の耳をくすぐる。頬が密着して、その触れるところが熱くなる。
意外にも、彼女の声は恥ずかしそうに震えていた。
「み、みないでっ……」
「なんで?」
「い、今、顔赤いから……。見られたくない……。
って、ほ、ほら。ここでこう構えて……」
ドキッと心臓が跳ねる。
月奈さんの操り人形みたいにして僕は銃を構える。その腕が震える。恥ずかしさとドキドキの震え。
僕の震えか、月奈さんの震えか、それともどっちもか。
首筋に息が掛かる。息づかいが脳に直接に響く。
視界の端っこにギリギリ見える彼女の頬が、赤い。
「こ、ここで絞って……」
「絞る……?」
「真ん中を見定めて狙うこと。そこに意識を集めるみたいにして……」
「わ、わかった……すぅぅぅ……」
「そのままゆっくりとはいて……深呼吸を続けて……。一緒にしてあげるから」
いつの間に回復したのか、月奈さんの声から震えは消えていた。深呼吸が月奈さんとそろう。
ドキドキする反面、月奈さんと共同で何かをしているということが嬉しくて、銃を構える手に力が入る。
「それじゃあ、息に合わせて撃って……。特別なことじゃない、さっきまでの深呼吸を続けることを意識して?」
「すぅぅぅ……はぁぁぁ……」
深呼吸の一連の動作で引き金に力を込める。
その瞬間、湿っぽい熱が耳の中をかき乱す。
「ど真ん中なら、ご褒美♪」
耳に入ってきた異物への反射と、数秒遅れてかみ砕かれたその言葉で肘がブレる。
飛び出した球はそのまま――的から外れて奥のシートに当たって間抜けに落ちていった。
外したことに落胆してしまった僕がいることに気付く。
つまり、ご褒美を期待していた僕がいたことに気付く。
「あ~あ、外しちゃった。じゃあ罰ゲーム」
はっと我に返る。
と同時に月奈さんの胸の、足の、腕の、髪の、息の、匂いの、すべての感覚が戻ってくる。
包まれていることの安心感が戻ってくる。
肩に、背中に彼女の重みを感じる。
両腕から優しくゆっくり、でもキツく抱きしめられる。
「ぁ……」
「遠いの、いやでしょ? だからちかいちか〜い、してあげる。
あとちなみにご褒美は耳にキスでしたぁ~♪」
ちかいちか〜い、が『近い近い』の意味だとわかるまでに数秒のタイムラグ。
と、その直後、いつも以上にどろっとした、ハチミツを煮詰めても作れそうにないほど、甘ったるい声が耳の中をくすぐった。
*
「で、高校生がしそうな道草はできましたか?」
家に帰った後、勉強をしながらお喋りをする。
「あっ……あれってそういう意味で言い出したの?」
「えぇ、この前したいってジュン君が言ってたので」
「……ありがと……」
僕のさりげない含みの言葉を、爆弾発言を投げ合う
嬉しくて、そんな彼女に照れてしまう。
感謝の意を述べ、でも――
「でも、射的を選ぶセンスはどうかと思うよ?」
「そうでしょうか? ダーツを教えるために密着してる大学生カップルを真似してやったのですけど……」
「ッ、それはカップルだから!」
「えぇ。私たち年の差カップルですよね?」
飄々とそんなことを言う月奈さんが恨めしくて睨む。
月奈さんはぺろっと舌を出して僕の肩を叩いた。
「勉強してください。一に勉強、二にお喋りです。ちなみに三,四は私との交流です」
「勉強させる気ある!?」
「さぁ? ずっとずっと、ジュン君とお喋りしたいかもですね」
あざとさ100%の笑みにドキマギしてしまって、勉強なんて手がつくわけがなかった。
それに、月奈さんがダーツを選んだ理由の答えが、答えになってないことに気がつくわけもなかった。
PS:べ、別に密着したくて射的を選んだわけではないんですけどっ……まぁ、私の教えられる特技が射的だっただけなんで……。
はい……変な勘違いはお断りですっ。
コメント、ハート、お星様、よろしくお願いします♪
レビューそろそろ欲しいな♡ との作者からの伝言はほぼ無視してくださって構いません。
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