第19話 目の前で着替える看病メイドは、僕に私服を褒められたい




「ジュン君、起きてください」

「う……ぁ……」

「? なんだか顔色が悪いですね? ちょっと失礼します……」


 ぼやけた視界の中、月奈さんの手が近づいてくるのが分かる。

 頭が熱い、体がだるい。寝起きの悪い僕にしても、いつも以上に酷かった。

 額に当たる月奈さんのヒンヤリした手が心地いい。


「あつっ……これ本当に人の頭ですか?」

「え……?」

「熱ですね。風邪ひいちゃったようですね」

「まじ……?」

「マジです。やっぱり夏入りはキツいんですね」


 月奈さんは確認するような口調でそう言いつつ、僕の額から手を離してエアコンのリモコンを調整する。

 毎年この時期、梅雨が明けて空気がじめっとしつつも暑くなってくるこの時期、僕はよく体調を崩す。

 でも一昨年去年、頭痛と吐き気だけで風邪はひかなかったから今年はもう大丈夫だろって調子をこいていた——ら、このザマだ。


 月奈さんが部屋を出て、すぐ戻ってくる。その手にはヒンヤリシートと体温計があった。

 脇に体温計を差し込まれるがまま、おでこにヒンヤリシートを貼られるがまま、されるがままになりつつ、せっせと働く月奈さんを盗み見る。


 いつも仕事をしてないように見えて実はやっぱり働き者だった別にそうでもないんだな。能ある鷹は爪を隠すだなそんなことはない、って思った。


 いつのまにか電話をかけていた月奈さんが、僕を振り返って言う。


「ジュン君、学校に休みの連絡は入れておきました」

「そっか……ありがと……」

「それじゃあ失礼します」


 月奈さんが一礼して、部屋を出て行く。

 そっか、購買のお仕事があるのか、と一人呟く。

 休んで欲しいな、とか思いかけた自分に気づき、頭を振った。

 どうせ僕は風邪で、できることといえば寝るぐらいしかない。

 寝よう、と目を閉じた。



 *



「ん……?」


 微かな物音で目がさめる。体を向きを変えて横を見ると、月奈さんがいた。目だけで時計を見ると、まだ30分しか経っていない。


 月奈さんの足元には女物の服があった。

 月奈さんはそれを床に置き、ポケットからヘアゴムを取り出す。ゴムを唇に咥えて髪を纏め、お団子に結わえる。

 髪を結んでるところを初めて見た。彼女の頭に乗っかったお団子がかわいくて、ポニーテール至上主義の足元が揺らぐのを感じつつ、彼女の動きを見つめる。


 月奈さんは腰の後ろに手を回してエプロンを外す。

 そしてYシャツのボタンに指をかけてプチプチと外して――


「なっ――ッ、げほっげほっ……な、なにやってるのっ!?」

「ん? あぁ、起きてたんですか。何ってお着替えですけど?」


 月奈さんはなんてことなさそうにそう言って首をかしげる。

 Yシャツをはだけさせたままこちらを向くせいで、Yシャツの中のシャツが見えて、そのシャツの下の下着がうっすら透けて見えてしまっている。

 って、見ちゃダメだッ……。


 慌てて目をそらすと、月奈さんは僕のオーバーな動きで勘付いたのか胸の前で腕をクロスする。

 そんなことしたら余計にエロさ増し増しだ。

 さすがに言わないでおいた。


「も、もしかしていま、見ました?」

「み、見えただけ……」

「っ——そ、そう、ですか。み、たいなら、お好きに、どうぞ」


 月奈さんは耳を赤くさせて、息を飲んで硬直する。

 そしていつもの滑らかさを失ったのか、ヤケに言葉を区切って喋り、着替えを続けようと服に手をかける。

 このまま見続ければ僕の手に手錠が掛かる、なんてギャグにツッコむ余裕はなかった。


 僕が言葉に詰まったのは、決して視姦欲と理性の板挟みにあったからじゃない。決して、そういうわけじゃない。

 ただ、地味に初めて生で見る月奈さんの白くて綺麗な首下に見惚れただけ――ってわけじゃないけどっ!


「み、みたいわけじゃなっ——げほっ、げほっ……」

「っ——、咳止めいりますか? あとお水っ」


 さっきまでの耳が赤いのはどこへ、月奈さんは割と真剣な顔で僕を覗き込む。

 Yシャツの第三ボタンまで外した状態で僕を覗き込む。シャツが少しはだけて、その口を僕に見せる。

 そのせいで、シャツの中の下着が丸見えだった。


 影の暗さが、より一層興奮を掻立てる。


「いっ、いいっ……から……」


 ふと我に返って目を逸らす。月奈さんと目が合う。

 月奈さんは自分の胸元を見下ろす。シャツが僕に大口を開けてることに気づく。固まる。耳を真っ赤に染める。

 そして顔をボンッと爆発させた。


           「うぅ……やっぱりダメ……恥ずかしい……」

 僕から即座に離れて床にしゃがみ込み、小さく何かを呟く。つぶやきながら置いていた私服を拾って立ち上がり、そそくさと部屋の扉を開ける。

 頭の上のお団子が恥ずかしそうにピクリと動いた。


「自室で着替えてきます……」

「う、うん……」


 可愛い。そう言い掛けた口をなんとか押さえる。

 先ほどの光景を思い浮かべながら目を閉じると、意外にも早く意識が……落ち、た。



 *



「ん……あ……? おしごとは……?」


 目が覚めると、首裏と額にひんやりした何かを感じる。枕元の時計はお昼を指していた。

 体を横に回すと、私服姿の月奈さんがいる。 例のコロコロの台の上に座って本を読んでいた。

 購買のシフトは? って意味を込めて聞くと、月奈さんは顔を上げて僕と目を合わせた後、淡々と言う。


「購買のシフトのことなら今日はお休みしました。それに、私の本職はジュン君のメイドですよ?」

「そ、そっか……。じゃ、じゃあなんで私服?」

「……私服の方がいいじゃないですか」

「そ、そうだね……」


 不満げにそう零すので反射で頷くと、月奈さんが僕を睨んだ。

 睨んだまま、目の下を赤くして続ける。


「こ、これっ、この前買った新しい服なんですっ。外着にできるラフな部屋着ってあったから買ったんですっ……」

「う、うん……」

「だから……その、女性の私服を見たなら言うべきことがありますよね……? これ、今日、ジュン君と帰るときに着ようとしてた私服なんですけど……」


 若干の上目遣いと、不満タラタラな声。


「え、えと……に――」


 思考がリセットされる。忘れてた規則を思い出す。

 使用人は本館、来賓館では業務時間外でもメイド服を着なければならない。僕が今いるのは本館だ。

 であれば、月奈さんがこの部屋で私服姿になることに何の意味もない。むしろリスクでしかない。

 そのことと、月奈さんの言葉が、上手く噛み合う。


 月奈さんは私服への僕の感想が欲しいって事? ってことは、僕のことを少なからず意識してるって事で――っ、いやいや、それは言い過ぎかもだけどっ……!


「に、似合ってるッ。似合ってるよスゴくッ……ゲホッゲホッ……」


 慌てて言うと、思わず咳き込む。

 どうやら僕の風邪はまだ治ってないらしい。

 月奈さんは顔を真っ赤に染めたまま、焦った顔をして僕を見る。手だけで問題ないと伝えると、訝しげな表情をしつつも赤い顔を手で覆った。そしてうつむく。


 いろいろと彼女の行動が忙しすぎる。


「ま、まぁ……ありがとうございます。言われて嬉しくない言葉ではないので――まぁまぁ嬉しいです……はい……」


 顔を隠したまま天邪鬼みたいなこと言って、ぷしゅぅ、と頭から湯気を立てた月奈さんは、足をバタバタと振り始めた。

 ハッキリ言って、激萌えだ。








PS:お着替え……さすがに見られるの恥ずかしかったです……。

伝言:誰も前回の『大学生カップルのダーツ』に触れてくれなくて悲しい……。ぴえん超えてぱおん……。


 ちょっと狂ってますね……引きです。

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