第20話 着替えを見られたいワガママメイドは、僕におかゆを食べさせたい
「食欲はありますか?」
「まぁ……それなりには……」
「わかりました、じゃあおかゆ作ってきま――あ……」
「あ……え?」
月奈さんが立ち上がってドアノブに手をかけて、何かに気づいたのか固まる。
一拍遅れて僕も気づき、固まる。
月奈さんは私服だ。
使用人は本館、来賓館では如何なる時も制服を着なければならない。つまり、廊下を私服で歩くのは厳禁ということだ。
使用人館の中に月奈さんの自室はあり、そこからここまでの道のりで誰にも会わないなんて奇跡は起こりえない。つまり、月奈さんが自室で着替えた場合、ここまでくるのは不可能ということだ。
と、いうことは……?
「ねぇ月奈さん……どうやって私服のまま来たの?」
「っ——えとっ――……」
月奈さんは焦ったように両手をパタパタと振って、キョロキョロと視線を泳がせて足踏みする。
じっと見つめて彼女の答えを待っていると、彼女は観念したように動きを止めてぎゅっと目をつむった。
体の前でもじもじと手を擦り合わせて小さく口を開いた。
「じ、実は……ジュン君が寝たのを確認して、部屋に入って、着替えまし、た……」
途切れ途切れにそう言った。
理解するまでに数秒かかる。そして理解して、フリーズ。
フリーズ中の脳内では。
着替え見ておけばよかったぁぁぁ! こんちくしょぉぉぉっ!
そしたら下着とか下着とか下着とか見れたのにぃぃぃっ
——はっ、僕は何を言ってるんだ。
決して『見ておけばよかった』とかそういう後悔でフリーズしてたわけじゃないことをここに
んで、気づく。
僕に着替えを見られるリスクを犯してまで、月奈さんは僕に私服を見せたかったということで——……やばい、激萌えだ。
「あ、ありがと……」
「っ——い、今そういう言葉いらないですっ。普通に服が似合ってるって言ってくだされば十分なのでっ!
……まぁ、そういうことなので……メイド服はここにあるので……。ここで着替えるしかないので……後ろ、向いててください」
「わ、わかったっ……」
文章作成能力がガタ落ちしてる月奈さんが新鮮で、これもまた萌える。風邪で火照った頭がさらに火照っていく気がした。
病人をこんなにドキドキさせちゃダメだろ……と心の中でツッコんで、体を壁に向ける。
布団を頭から被って目をつむる。
背中の方からわずかな衣擦れが聞こえてきた。
その小さな音に妄想と興奮が掻き立てられる。
「い、今……
恥じらいと熱のこもった声で求めてない情報を報告される。
暗闇の中、瞼の裏に妄想が焼付く。
妄想してしまった引け目もあって黙っていると、数秒の衣摺れの後、再び月奈さんが言った。
「こ、これで、全部脱ぎました……。いま、全部下着で——」
「い、いちいち報告しないでっ! 妄想しちゃうから!」
「……だって……全然興味なさそうなので……悔しくて……」
「そんなわけないでしょ! 見ないでって言ったのどっちだよ! 見ていいの!?」
「っ——だっ、ダメですっ……それは、恥ずかしいので……」
どっちだよ! と心の中で叫びつつ、彼女の方に向きかけた僕の顔を殴る。結構痛い……。
恥ずかしいから見られたくないのに全く見られないのは悔しい、だそうだ。なんとわがままな感情か。
「思春期高校生男子なめるな! エロに対する興味は尽きないから!」
「……ホントですか?」
「ホントだから! 早く着替えて!」
「……ほら、見たい、って気概が感じられません。興味ないじゃないですか……」
月奈さんはいつもより子供っぽく、むくれた声でそう言う。
ちなみに『気概』とは『
日本語の使い方が間違っているようで意外に合っていた。
なるべく月奈さんのことを考えないようにして、いろいろと反論したりツッコミたい気持ちを抑える。今は口論するよりも、この理性と性欲のせめぎ合いが終わって欲しい。
数十秒の沈黙のあと、何事もなく終わった。
もういいですよ、って不満げな声で布団を剝いで体を起こすと、月奈さんはいつも通りのメイド服に身を包んでいた。
月奈さんは僕と目を合わせて数秒、僕をキッと睨む。
「それじゃあおかゆ作ってきます。このムッツリいくじなしっ」
早口で主人に対してあるまじき言葉を放った月奈さんは、僕がなにも言い返さないうちに扉をバタンと閉めた。
「えぇ……?」
困惑の声しか上げられない。
部屋に静寂が戻ってきて、同時に頭の痛みも戻ってくる。体を倒して天井を見上げる。
数分後、なんかの漫画で『女性のNOはYESだ』って書いてあったのを思い出して、後悔に頭を抱えたのは秘密だ。
*
十数分後、月奈さんがミニどんぶりをお盆に乗せて戻ってくる。
月奈さんはベッドの横にコロコロの台を引っ張ってきて座り、そしてお椀を持ち上げて言った。
「たべさせてあげます」
「えっ……」
「おかゆ、あ~んしますね」
「なっ、なにを——ゲホッゲホッ……」
「病人なんですから叫んじゃダメですよ?」
僕が叫ぶ原因を作ってるのは、でもってさっきまで僕を叫ばせてたのは月奈さんでしょ、と目で訴えるけど月奈さんは素知らぬ顔だ。
「病人にあ~んするのは普通です」
「ぅ……ぁ……」
何が普通なのか、そうツッコみたかったけど、白い湯気を立てるおかゆを突き出されて言葉が詰まる。
月奈さんがにっこり笑った。
「ふーふー……ほら、こっちの方が愛情、こもるんで。あ~んっ」
月奈さんはスプーンにすくったおかゆに息を吹きかけて、にっこりと笑う。
ドキドキする胸を服の上からこっそり押さえて口を開くと、口の中におかゆが優しく滑り込んでくる。
月奈さんが息を吹きかけたものだ、って認識が否応なく脳内を駆け巡った。それだけでドキドキが増した。
それはそうと——
「おいしい……」
「えへへ、愛情込めたので当然ですっ♡」
笑顔に見惚れて固まること数秒、我に返って、見惚れてたことを思い出して顔が赤くなる。
月奈さんは空になったスプーンに目を落として、頬を朱に染めて小さく言った。
「これでスプーンなめたら、間接キスですね」
「っ――したら風邪がっ……」
「わかってます、しませんって。言ってみただけです」
そのくせ、スプーンをみつめる彼女の目は結構マジだった。
僕の訝しげな視線を感じたのか、月奈さんはようやくスプーンから顔を上げて首を振る。
「しませんってば」
「ならいいけど……」
「だっていつもお弁当の食器洗いのときに舐めてるんで。わざわざ風邪が移るリスクはとりません」
とんでもない爆弾発言に体が固まる。
でも風邪の共有とかってもっと密接な気がして……とかぶつぶつ呟いている月奈さんに確かめる。
「冗談だよね?」
「さぁ? どうでしょうね?」
いつものごとく思わせぶりな発言をする彼女。
そこからどうでもいいおしゃべりに脱線して数分。
お椀が空になるまでずっと、雛鳥が餌をもらうみたいにあ〜んされ続けた。
ずっと、ずっと。
*
手を握っていたからか、ジュン君がうっすらと目を覚ます。
片手で開いていた本を閉じつつ、なにやってるの? と目で聞いてくるジュン君に答えた。
「手、握ってたんです。ダメですか?」
「だ、ダメじゃないけど……でも……」
「じゃあ、握ってますね。今日は下校がないので握れませんし」
逆接をつけたジュン君の言葉をぶった切って、先ほどから練習してた通りに平然を装ってそう言う。
ジュン君は恥ずかしそうに頬を染めて目をそらした。
手を振り払われないのが嬉しくて、私はジュン君の手を優しく握る。
ジュン君は恥ずかしそうに頬を染めながらも、数分後には静かな寝息を立て始めた。頬をつついて起きないのを確認してから、ちょっとだけ、距離を詰める。
そして彼の頭の横に手を突いて、彼の体の上にゆっくり寝そべる。ちょっとだけ、そう心に念じながら、彼の布団に顔を埋めて深呼吸して、少しだけお昼寝をすることにした。
麻薬みたいに中毒性と浮遊感のある匂いで肺が満たされる。
幸せで、溺れ死にそうなお昼寝だった。
PS:今日の文章は乱れているとの伝言です。不甲斐ない作者に代わってお詫びします、申し訳ありません。
誤字脱字報告、宜しくお願いします。
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