第31話 お風呂に入りたい水着メイドは、僕の背中を流したい
「ん〜楽しかったです」
「うん、僕も楽しかった。ありがと」
「いえいえ、おかげで空いてるプールを楽しめましたから」
スイカ割り——ならぬスイカ抱き——の一件は、いつものごとくリセットしてもらって
学校のプールあるあの大きなシャワーをくぐり、そのまま更衣室に向かいかけるとその肩を掴まれる。振り返ると、月奈さんが反対の手で白塗りの扉を指差していた。
そこには『使用人立ち入り禁止』と無機質な文字で書かれたプレートがひっ下がっている。
あの扉の奥はバスタブ付きのお風呂があって、本家と来賓の人間しか使ってはいけないことになっているのだ。僕は本館のシャワールームを使う気だったので素通りしたのだが……。
目でそのことを伝えて首をかしげると、月奈さんが口を開く。
「いや、もうお湯張っちゃってるんで」
「は?」
「入りましょうよ一緒に」
フリーズが数秒。
我に返って、記憶を手繰るとどうやら僕は恐ろしい聞き間違いをしていたようだ。
一緒に入ろう、なんて月奈さんが言うはずな——
「もうっ、鈍感ですねっ。一緒にお風呂入りましょって言ってるんです!」
「……ごめん、何度聞いても一緒に入ろって聞こえるんだけど」
「だからそう言ってるんです! この鈍感!」
「何言ってんだよこの痴女! 犯されたいのか!?」
思わず素っ頓狂な声が出て、通路の壁に反射して響く。
月奈さんはむっと顔を怒らせて僕を睨んだ。そしてぷくっと頬を膨らませて僕の手を掴む。
「お風呂一緒に入りましょうよっ、水着があるんですからプールと同じです」
「いやっ、でも——」
「なんですか? 恥ずかしいんですか?」
「——本気で言ってる?」
言うと、月奈さんは表情を改めて不満気なものに変える。
はっきり言って、本能はもげるほど激しく首を縦に振っている。だが、それを理性が押しとどめようとするも——
「本気の本気です」
「……わかった。だけど変なことしたらすぐ退場だから」
「はいっ、わかりました♪」
月奈さんの嬉しそうな顔を見ながら、理性がバラバラと崩壊していくのを感じた。
*
「背中洗いますね〜」
「自分でやれる!」
「これぐらいいいじゃないですか」
月奈さんの淡々とした声に僕が言葉を返すより先に、背中に月奈さんの手を感じる。
くすぐったくて口を噤むと泡が擦れる音がよく響いた。
優しく、柔らかく、あたたかいその手に、否応無しに心臓が跳ねる。心臓の音が聞かれやしないか不安で、それがまた更にドキドキさせた。
数分ぐらい経ったのだろうか、沈黙を月奈さんが破る。
「こういうのってよく胸で洗ってますけど、しましょうか?」
「それはエロい世界だけのものだからね!? しなくていい!」
「そうですか……まぁいいですけど。前はどうしますか?」
「自分で洗う。んでもって、髪も全部自分でやるから」
「つまらないですねぇ、全く……」
月奈さんが大きく舌打ちすると、反射してよく響く。振り返って睨むと、月奈さんは舌を出して反対側のシャワーに戻った。
それを確認してからシャンプーを手にとって泡立てる。
大したことはない。ただシャワーが両方の壁にひとつづつあるだけだ。今は背中合わせで体を洗っていることになる。
あぁ、背中とか言ったからさっきの感触が戻ってきた……。
「へぅっ、あれっ、どこっ!?」
思考をぶった切るように、突然に月奈さんが素っ頓狂な声をあげた。
シャンプーが入らないように目を薄く開けて鏡越しに月奈さんをみると、泡だらけの髪の毛を振り回してワタワタしている。
「どうしたの?」
「しゃ、シャワーがないんですっ……」
自分のシャワーで顔についた石鹸を落としてから振り返ると、月奈さんのシャワーヘッドは一段高いところにあった。
立ち上がってそれを取り、振り回されている彼女の手にもたせてやる。
「あ、ありがとうございます」
「いや、別にいいよ。……」
ふと言いかけて、口を閉じる。その間を感じたのか、月奈さんがシャワーで顔を流しながら首を傾げた。
「なんですか?」
「いや、えと〜……背中、流そうか?」
「っ——あ、じゃあ、お願いします……」
なぜいきなりこんなことを言おうとしたのか、自分でもよくわからない。けど、気づけば口から溢れていた。
*
「大丈夫? 痛くない?」
月奈さんの真っ赤な耳を見ながら彼女の背中に手を滑らせる。
時々、プルプルと震えているのは恥ずかしさからだろう。
心の中に優越感と満足感と少しの余裕が生まれる。いつも月奈さんが感じているのはこれかと、月奈さんが僕をからかう理由がわかった気がした。
綺麗でシミひとつない白い背中を触っていて気がついたこと。
いたずらに背筋を指でなぞると——
「ひゃうっ……!」
「あ、ごめんごめん」
「い、いじわる……3回目ですよ……?」
「嫌ならやめようか?」
「や、やめないでください……」
ヤベェ、めちゃめちゃ可愛い……。
知らず知らずうちに僕の性癖の設定が追加されているとも知らず、僕は月奈さんの背中をこする。
そろそろ終わりか、と立ち上がって月奈さんの背中をシャワーで流すと、彼女は僕を振り向いて見上げ、言う。
「お、終わりですか……?」
「なに? 背中なぞられたいの?」
「い、いや……いいです……」
ちょっと人が恥ずかしがったらいい気になるなんて……。
とかなんとか、月奈さんが呟くのを聞いて僕は顔を背ける。月奈さんの耳が赤いように、僕だって顔は真っ赤っかだった。自覚している。
*
「ん〜気持ちいいですね……」
足をたためば余裕で五人ぐらい入れるお風呂に二人で入っているのだから、エロ漫画であるような、狭い湯船に重なって浸かってそのままR18へ……なんてことはなかった。
ちくせう。
別に誰も悔しいとは思っていない。
「ありがと月奈さん」
「いえ、勝手にお湯張っただけですし。まぁ満足してくれたなら嬉しいです」
「月奈さん、意外と変なことしなかったしね」
「意外って何ですか意外って……怒りますよ?」
怒ったフリで頬を膨らませた月奈さんが、その頬をしぼめて笑う。それに合わせてサイドテールにされた髪の毛が揺れる。
その顔にドキッとして目をそらすと、今度は三角座りで陰ができて暗くなった水着が見えて別に意味でドキッとして、彼女の膝あたりに目をやるとその奥にえろい果実が見えてドキッとして……結局天井を仰いだ。
「なんか不思議です。あったかいお湯に浸かってジュン君と喋ってると、ドキドキしちゃいます。
でもなんか、ゆっくりしてて私好きです」
こっちは全然ゆっくりできてねーよ! どこ見てもドキドキするじゃんか!
曖昧に頷きながら心で叫ぶ。月奈さんのおしゃべりに上の空で返していると、顔に水がかかる。
「もうっ、どこ見てるんですか?」
「ご、ごめん……」
「せっかくですしもっとおしゃべりしましょっ♪」
月奈さんがニカリと笑う。
その顔を見て心臓がさらに早く鐘を打つ。心臓の音が煩い。
月奈さんを見るだけでドキドキして、喋るだけで楽しくて、近づくと顔が赤くなって、一緒にいると幸せで。
僕はこの感情を、知っている。
今更ながら、本当に今更ながら、僕はようやく認めた。
僕は、月奈さんが好きだと。本気で、恋愛的に好きだと。
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