第32話 名前を呼ばれて喜ぶメイドは、僕とお散歩に出かけたい
「で……僕はここに大きく叫びたいと思います」
「はぁ……どうぞお好きに」
「……他人事だとホント興味失うよね」
「私はジュン君に興味津々ですよ?」
「……。照れた」
正直に告白して、話を戻す。
月奈さんが満足げにうなずいたのは無視することにした。
大きく息を吸って、部屋が完全防音なのをいいことに叫ぶ。
「自由研究とか高校の夏休み課題に出すかよぉぉぉっ!」
出すんだなそれが。雑魚乙。
心の冷えた部分が残念そうにつぶやいた。
事の始まりを説明しよう。
学年便りに綴じ込まれていた夏休みの課題表を一通りチェックしていた夏休み最終日前日の夜。
僕がチェックリストを新聞みたいに広げて見ていると、月奈さんは興味津々で僕の真正面に正座して見上げるように身をかがめ、その裏側から他のページを見ていたときだった。
少々読みづらいけど、月奈さんの上目でこちらを見上げる姿が可愛くて文句は言わなかった。
もれなく課題は全部終わってると安心して一息ついた瞬間、月奈さんが声を漏らす。
「あれぇ?」
ちなみに夏祭り以来ときどき素が出るのか、月奈さん特有の間延びした声が聞こえた。活字ではこのニュアンスは伝わらないけど、おっとりしてて可愛いくて僕は好きだ。
うん、大好き――っ、話を戻そう。
「月奈さんどうしたの?」
「いや、ジュン君、そのページめくってください」
「めくるも何も最後のページだけど?」
「えぇ、そのページの裏です。自由研究ってありますけど」
……そして今に至る。
誰が犯人なのだろうか。破り捨てられてボロボロになった課題表たちが床に散らばっている。あぁ、なんと無残。
ちなみに犯人はキレた僕だ。
学年便りそのものは破らないだけの理性はあったが。
月奈さんが紙切れを並べながら口を開く。
「まぁ、私もびっくりです」
「だよね!」
「ジュン君が怒り任せに破った紙がちょどいい感じにパズルゲームみたいに破れてて楽しいです。こんなに綺麗に破れるなんて才能ですか? びっくりです」
「おいっ!」
どうやら一覧表の復元は遊びの一環らしい。さて、本題だ。
自由研究なんてやろうと思えば一時間で終わるのでそこまで危機感は抱いていない。最悪、教科書と資料集の丸写しで生物のスケッチでもしておけばなんとでもなる。
鼻歌を歌いながら楽しそうに紙切れを並べる月奈さんに聞く。
「ねぇ、どうしよ。2貫徹でもあと1日と6時間しかないけど」
「ん~……スリーサーズと身長体重の相関係数とそこから得られる考察。うちのメイドをデータベースにすれば——」
「それっぽくなってるけどボツ。セクハラで僕が死ぬ」
そこまで言ったとき、月奈さんが動きを止めて僕を見上げた。
そして首元のリボンをシュルリと緩め、解き、Yシャツの第二ボタンを外す。
シャツの首襟に指を掛け、こちらに見せるように引っ張る。
気づけば口に溜まった生唾を飲み込んでいた。
たっぷりと間を置いた後、彼女はチロッと唇を舌で湿らせて、怪しげに言う。その目は茶目っ気たっぷりで、思わず魅入る。
「私のスリーサイズ、言いましょうか? お風呂の付き合いのある私たちなんですし」
「っ——あれは体の砂を落とすためだし! んでもって別気興味ない!」
「ちぇ……。まぁ、真面目に考えた結果、お散歩でカラスと遭遇する確率、ってのはどうでしょうか?」
「……カラス?」
「えぇ、カラスです」
聞き返すと、月奈さんはYシャツのボタンを閉めながら繰り返した。彼女はそのままリボンを丁寧に結び直し、両目をつむって肩をすくめる。
冗談です、って言ってるように見えたけど、僕は無視した。
「そうしよっか」
「え……いいんですか?」
「うん、もう考えるの面倒だし。明日はあんまり暑くならないみたいだし。ありがと、いい案くれて」
「いえいえ、適当ですし……。まぁ、こうも首尾よくいくとは思ってもなかったですけど……」
「ん? なんか言った?」
月奈さんはブツブツつぶやきながら復元されかけていた課題表をゴミ箱に投げ入れ、立ち上がる。
聞き返すと彼女は首を横に振って、手のひらを合わせてにっこり笑った。
「明日は10時ぐらいから出発します? 長引きそうならお昼は外で、って感じで」
「わかった」
「じゃあ明日の支度があるので先に戻りますね」
「うん。おやすみ、月奈さん」
月奈さんは廊下に半歩出たまま固まって、目を丸くして僕を見つめる。言い方おかしかったかな? と首を傾げると、彼女はぶんぶんと首を横に振る。
そして閉めかけたドアの隙間から嬉しそうな顔を見せて言う。
「はいっ、ジュン君♪ おやすみなさい♡」
かくして――夏休み最終日、お散歩することが決まった。
暗黙の了解として、月奈さん同伴で。
最後の可愛すぎるおやすみコールにドキドキする心臓を抑え、頭の中で反芻させながら布団に潜る。
夢の中で見た月奈さんは、めっちゃ色っぽかった。
*
「カラスの数を数えるってまともに考えたらおかしいね」
「東京23区で3万羽ぐらいです。昔のデータですけど。まぁ、無謀ですねぇ」
まぁ今の所1羽も見つかってないんだけどね……。
月奈さんと商店街を歩きながら喋る。
月奈さんは半袖にスカート、ジャンパーを腰に巻いていた。
結構ラフ、というかラフすぎる格好だ。
そして今、カラスを探すためなのに電車で数十分の商店街のアーケードの下を歩いている。カラスを見かけないのは当たり前。
でも、そこは指摘しない。
適当にWebの情報をそれっぽく脚色するか。てか元よりそのつもりだったし。
だからそもそも歩く必要なんてないんだよなぁ……。
じゃあなんで必要のないお散歩をするのか?
……そりゃ――
「あっ、クレープ! ジュン君、食べませんかっ?」
……月奈さんとお散歩したかったからだよ。
財布のお札の数を思い出しつつ、月奈さんのはしゃいだ声に頷いて月奈さんの後に続いた。
*
「ん~おいしぃ~。ありがとうございます」
「どういたしまして」
「ん、ジュン君は食べないんですか?」
商店街のベンチに座ってクレープを食べる、月奈さんを見ていた。クレープにかじりつく度に幸せそうに頬をほころばせる月奈さんは、目の保養に最適だ。
見ていてこちらまで幸せになる。
「僕はいいよ。月奈さんが幸せそうに食べてるし」
実はお金の心配をしていたりする。
ボンボンの坊ちゃまで、願えば高級外車だって買えるお金持ち。だけど無駄遣いは好きじゃないから月に使う額を制限しているわけだ。
まぁそんな悲しい現実はおいといて――
脳内で悲しい現実をぶちまけていると、口の中にクリームを突っ込まれる。見れば、月奈さんが僕の口にクレープを突っ込んでいた。
下から睨め上げられ、月奈さんは不満げに言う。
「一人だけ食べるの楽しくないですからっ、このカッコつけバカジュン君ッ!」
主人に対してなんて口ぶりだよ、と反論するも、月奈さんはべぇっと舌を出してクレープに齧りついた。
そんなに美味しいのか、彼女は歓声をあげながら足をぱたぱたと振る。
可愛い、そう呟きかけたのをこらえるのに必死だった。
*
「って月奈さんが勝手に付け足しただけだったの!?」
「はい、まぁそうです」
「……マジかよ……」
帰宅後、レポートを書くためにパソコンを立ち上げていると、後ろで紅茶を入れていた月奈さんが衝撃の告白をした。
自由研究なんて課題はなく、あれは月奈さんが勝手に付け足したものだったらしい。ちょっとした悪戯心、と言い訳していた。
不思議と怒りが沸かず、自分の感情に困ってしまう。
月奈さんもソレが不思議なのか、バツが悪そうに身を縮こませながらも言った。
「怒らない、んですか?」
「別にね。まぁお散歩楽しかったし。でも何でこんなことを?」
「中旬ぐらいまではよく外で遊べてたんですけど……最近ずっと部屋にこもりきりだったので……。
ちょっとジュン君とお散歩したくなったんです。ジュン君なら私に題材案を聞いてくるだろうなって思って……」
次の瞬間、のように僕には感じた。
我に返れば月奈さんに腕を伸ばして抱きしめかけていた。
至近距離で目が合ってしまう。硬直が数秒、慌てて距離を取って、何でもない風を装う。
月奈さんが可愛すぎて危うく抱きしめかけちまった……。
課題表に悪戯をしたバツが悪いのか、月奈さんは首を傾げつつも何も聞いてこない。それに乗じてテレビ前のコントローラーを月奈さんに放り、ゲームをしよう、と無言で誘った。
ゲーム中、隣の月奈さんをずっと意識してしまって、そのたびに抱きしめかけたのは秘密だ。
PS:文章がバラバラでごめんなさい……。
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