第33話 だらしなすぎる薬草メイドは、僕の目隠しになりたい




「ただい——」

「っ——、……食欲の秋と言います」


 学校から帰ると開口一番、床に寝転がって頬杖をついていた彼女が即座に正座して言った。

 彼女の周りにはポテチのお菓子とコーラのペットボトル、シュークリームの空き箱とテレビのリモコン。


 デジャヴ。いつしか見た光景だ。


 付けっぱなしのテレビはバラエティーの乾いた笑い声を出す。

 沈黙した僕に代弁して、彼女を嗤ってくれたようだった。



 *



「似たようなこと前にもあったね。もしかして習慣?」

「はい、購買のシフトが午前で終わる日は経費でお菓子を買ってお昼を適当に済ませ、ジュン君のお部屋でゴロゴロしています。

 ときどきお布団でジュン君成分の補給に勤しんでいます」


 ちなみに月奈さんの言う『経費』とは、主人のために必要な支払いをした場合、あとからその金額分の給料が上乗せされる仕組みのことである。

 って……それで私欲を満たしていたのか、この人……。


「まぁ、ジュン君に最高のサービスをするためには必要なことですから。もちろん経費に入りますよね」

「どこが!?」

「私、食べても食べても太らないんです。胸にばっかり栄養が行ってしまって……」

「月奈さん」


 突然話の方向を変えた月奈さん。


 いろいろとツッコミどころはあるものの、そこをとやかく言うより先に無意識のうちに真剣な声が出た。僕の声に月奈さんは口を閉じ、首を傾げる。


「外で言っちゃダメだからね? 磨り潰して丸薬にされるから」

「……私は薬草か何かですか? 話を戻しますね、ジュン君は胸が大好きです。いつも私の胸を見ていますし」

「うぐっ……」

「否定しないんですね」


 言葉に詰まった瞬間にとどめを刺される。月奈さんがジト目で僕を見ていた。弁明のしようがなかったりする。

 おっきな胸が好きなんじゃなくて月奈さんの胸が好きなんだよ! とは叫べない僕である。


「つまり私が胸を肥やすことは主人のための奉仕でありすなわち職務であり、このお菓子類は全て経費によって支払われるものであります!」

「……誤魔化しても無駄だから。別に僕は働いてるわけでも家計簿付けてるわけでもないから何も言わないけどさ。

 せめて他の人には見つからないようにしようね? 一応僕の部屋に月奈さんが以外が入ることもあるんだから」

「気をつけま~す」


 言いつつ、月奈さんは傍らのポテチをバリバリとかじった。

 どうやら『だらしないメイド』という烙印は押されて結構なようだ。実際、押したところで僕が月奈さんという専属メイドを手放すつもりはない。

 だって好きなんだもん。


 ようやく認めた僕である。


 リュックサックをいつもの位置に下ろして、散らばったゴミを片付け始めると、月奈さんは邪魔にならないようにと配慮したのか僕のベットに上がってテレビのボリュームを上げた。

 ジト目を向けると、月奈さんを首をすくめて舌を出し、テレビを切る。


「昔なら嫌われないように、って気を張ってたんですけどね。

 ジュン君はこれぐらいで私のこと嫌う性格じゃないって分かったので、もう自由奔放です」

「もっと厳しく接してれば良かった……」

「そう後悔しつつも態度変えないところ、好きです」

「やめて! 普通に恥ずかしいから! 期待しちゃうから!」

「別に期待してくれて構いませんよ? だってジュン君ですし」


 月奈さんが嬉しそうにそう言って僕にゴミ箱を滑らせる。

 それを足で受け止めてゴミを押し込んだ後、月奈さんを睨む。

 だが、彼女はニッコリ笑いながらベッドの縁に腰掛けてぱたぱた足を振った。


 期待してくれて構わない、か……。

 月奈さんの言葉を反芻して、ゴミ箱を月奈さんの方へ返し、答える。できるだけ、自然を心がけて。


「僕もまぁ好きだよ。月奈さんのラフに接してくれるところ」

「っ――そ、そうですか……」

「だから月奈さんのこと好きかな? だから、期待しとくよ」

「……じゅ、じゅん君お酒飲みました?」


 月奈さんがみるみる顔を赤くして、恥ずかしそうに目を伏せて聞いてくる。それにニッコリ笑って答える。

 答えながらリュックから教科書類を取り出して棚に戻す。


「飲んでないし熱もない。普通に、嫌いじゃないからね」

「ずるいですよ、そういうの……」

「……まぁ、ね」


 ヤッバ……これ後からめっちゃ恥ずかしくなる……。

 言葉を濁して月奈さんから赤い顔を隠すため、椅子に座って教科書を開く。心臓がドクドクと跳ねていた。

 月奈さんに好きだ、ってからかうのを装って言うのは控えよう。


 僕は知らない。

 この思考が、どっかの誰かさんがいつも思ってることと同じだなんて。

 知らない。



 *



「ジュン君、私はお断りです」


 夜、お風呂上がり。

 部屋に戻ると、月奈さんが開口一番、そう言った。


「え、なんのはなし?」

「じゃあその手に持ってるものはなんですか?」

「ただの目隠しだよ!?」


 月奈さんは僕に非難の目を向ける。それに目で問い返すと月奈さんがため息を吐いて目隠しを睨んだ。


「私に目隠しして何をするつもりですか? 汚らわしい……」

「いつから妄想癖を!? 最近空気が澄んできて月が明るいから眠れなくてさ……」

「あら、告白ですか? 綺麗な月を眺めていると私を思い出してしまうんですか?」

「……熱ある? 頭狂った?」


 膝を折る動きで月奈さんとの距離を一瞬で詰め、前髪を優しく掻き上げて額に手を当てる。別に熱くはない、ただ温かくて……あれ?だんだん熱くなって――


「大丈夫?」

「ひゃっ! やめてください! ちょっとふざけてただけなので!」


 月奈さんが後ろに倒れる動作で僕から距離を取り、額に手を当てて赤い顔で叫ぶ。

 大丈夫? と首を傾げて聞くと、コクコクと頷いた。

 そして後退りして数秒、落ち着いたのか、今度は僕を睨んで、不満げに口を開いた。


「なんか最近ジュン君が積極的すぎて困ります……」

「ときめいちゃう?」

「ばかっ……そういうのは私ポジションなんですから……」


 よくわからないけど月奈さんが照れているなら大いに結構。

 月奈さんは赤い顔でむぅ、と不満げに鼻を鳴らして、居住まいをただした。


「ジュン君、目隠しが必要なら私がなってあげましょう」

「月奈さんって狸だっけ?」

「せめて狐です。寝る時にどうするかっていうと——こっち来てください」


 月奈さんはベッドに上がり、そこでおねーさん座りをする。

 言われた通りベッドに腰掛けると、後ろから肩を掴まれ、体を倒される。月奈さんは足を巧みに使って僕の足をベッドに持ち上げる。

 上から見れば、川の字でベッドに寝転ぶ形だ。しかしベッドはシングルベッド。


 月なさんの気配を背中に感じる。突然のことに動けないでいると、頭の後ろから手が伸びてきて、僕の視界を覆った。

 そのまま体を引き寄せられる。

 背中が月奈さんと触れ合った。耳に柔らかい唇の感触を知る。

 暖かい吐息に耳を包まれる。


「ほら、目隠しです。ついでに暖房機能付なので完璧ですよ。

 ASMRよりリアルで、ドキドキしませんか?」


 そこで月奈さんは声を小さくして囁く。

 いつの間にか、足で体をホールドされていた。


「こーやって同じお布団に入っていると、なんだか幸せな気分になります……。あったかくて……いいですね、ふふっ」


 眠ってしまいそうで、もうこのまま幸せに包まれながら眠ってしまいたくて——


「おやすみなさい、ジュン君♡」

「——————とりゃぁぁぁああっ!! よくわかんないけど危険を察知したから逃げる! って逃して! 離して!」


 叫びつつ体をじたばたさせて逃げようとする。だけど足と腕でしっかりホールドされて動けない。

 月奈さんを傷つけることは本意ではないので無理矢理は逃れられない。


 一瞬、きつく、ぎゅっと抱きしめられたあと解放される。

 転がるようにしてベッドから降りて振り返る。解放される寸前、耳元で囁かれた言葉がフラッシュバックした。


『やだ……すきだもん』


 こんな甘えた言葉を月奈さんが言うわけがない。

 からかい目的ならもっとしっかり囁くはずだ。不満そうに、恥ずかしそうに、独り言のように呟くわけがない。


 だけど月奈さんは何事もなかったように体を起こして、片手で体を支えつつ、もう片手の指先を顎に添えた。

 彼女の唇を艶やかな舌が湿らせる。彼女の頭に白いツノと、妖しげに揺れる先端が逆ハート型の黒い尻尾が見えた。

 小悪魔だ。

 そう、心が呟く。


「照れちゃいましたか。刺激が強すぎました?」

「り、倫理的な問題!」

「そうですか……まぁ、いいや。それじゃあおやすみなさい、ジュン君」

「えっ……あ、うん。おやすみ」


 彼女はベッドから降りてドアの前に立つと、小さく言った。


「今日も名前、呼んでくれないんですね」

「えっ……?」

「なんでもないです、おやすみなさいっ!」


 突然、月奈さんは怒ったように乱暴に扉を開け、部屋を出て行った。残された僕は戸惑うばかりで知らない。


 おやすみの挨拶で名前を呼ぶのが、どんな意味を持つのか。








PS:純粋に挨拶で名前呼ばれて喜ぶ女子かわいいなって思って作ってたら、LINEの脈ありサインだったりしてびっくりした。

 交際経験のない男の妄想=恐怖

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