第30話 暴力を振るう最強メイドは、僕を引き寄せて逃がさない
「くぁぁぁっ、やっぱサイコーですッ!」
学校から二言日記の宿題が出ていたら僕は間違いなくこう書いていた。
僕のメイドはビールを飲むとオッサン臭くなる。
せめてもの救いはアルコールがなくても満足すること。
上手く一言に纏められない僕の能力不足を責めるな。
何事も完璧にできないのが僕のアイデンティティーなのだから。
一通り言い訳と自己弁護をしてから月奈さんにツッコミを入れる。入れつつ、月奈さんに空振りのチョップを振る。
「おっっっさんくせぇぇぇっ!」
「殺ッ!」
「え"?」
自分の声を形容するなら……ヒキガエルが自転車にひかれて潰される瞬間の声だった。
チョップした手を掴まれたことはなんとなく気付いた。
そこからクルリと世界が回転して、いつの間にか砂浜に伏していた。両腕が背中に回されて、完全に固定されている。
遅れて痛みがやってきた。
「いだだだだだだだだっ! ごめんなさいっ!」
「乙女へのぶしつけな発言は罪が重いですよ? ジュン君?」
「ごめっ、ごめん! 月奈さんっスゴいかわいいからぁぁっ!」
そこでようやく解放される。
肩が動かすだけで悲鳴を上げてしまい、立ち上がることもできない。口に入った砂を吐き出して、砂浜に伏したまま聞く。
「今のなに……あと何者……?」
「小手返しです。合気道二段、黒帯です。
三段以降は取得が面倒なのでやめましたが師範にはとても惜しがられました。私の数少ない自慢話です」
そう話す月奈さんの声は、確かに誇らしげだった。
未だに悲鳴を上げる肩を心配しつつ起き上がると月奈さんが手を貸してくれる。
オッサン扱いした僕も悪いけど、暴力を受けた後だったので差し伸べられた手にお礼を言わないでおいた。
それをどうとも思ってないのか月奈さんが続ける。
もちろん、ビールを片手に。
「まぁ、一番の自慢はジュン君の隣にいれることですけどね」
「っ――そ、そういうのずるいと思う!」
「さぁ? さほどのものでしょうかねぇ? だって事実ですし」
肩をすくめた月奈さんを睨むがどこ吹く風だ。
心臓に手を添えると、どくどくと強く鼓動していた。
心の中で舌打ちしていると、月奈さんがパラソルの方でゴソゴソした後、スイカを持ち上げて僕に見せる。
「スイカ割り、しませんか?」
スイカ、の単語に思わず月奈さんの胸を見た気がするが、それは気のせいだ。断じて見ていない。
月奈さんに頷き返しつつ、僕はスイカを見つめた。
月奈さんにチョップを食らったのはその瞬後だ。
*
「ジュン君先にやっていいですよ?」
「そう? じゃあお言葉に甘えて」
「はいっ、目隠ししますね」
喋ってる間に月奈さんが素早く後ろに周り、僕に目隠しをする。視界が布で覆われ、周りが見えなくなる。
背中に、月奈さんの気配が強く感じられた。
耳にかかる息がくすぐった。
「キツくないですか?」
「う、うん、大丈夫」
「じゃあその場でくるくる回って〜」
言いつつ、突然に月奈さんが僕の肩を掴んで回転させる。
まだ準備ができていないのに、だ。
当然、回転についていけず足がもつれる。
足がもつれると上半身にかけられた回転エネルギーの逃げ場所が失われる。しかしエネルギーはそこにある。となると、そのもつれた足ごと回転して——
倒れる!
確信して手を前に突き出した瞬間、柔らかいものが顔を覆った。
柔らかいものが僕の顔全体を包む。濃い匂いが鼻を通り脳を痺れさせる。頬に濡れた水着を感じる。
これは——っ!
「ご、ごめん! ほんっとにごめん!」
「……はい、大丈夫ですよ? 私こそごめんなさい」
若干の間が合ってから、少し冷たい声で言われる。
申し訳ないと思いつつ彼女から離れて自分で回ることにした。
ぐるぐる回りながら、先ほどの感触を思い出す。
まさしくスイカだった。
心を読まれたのか、月奈さんが訝しげな声を出した。
「……なんかヤラシーこと考えてます?」
「い、いや!? 考えてないよ?」
「鼻の下伸びてますけど」
「うぐっ……!」
あえてわざとらしくうめき声をあげて誤魔化すと月奈さんは何も言わなかった。どうやらおふざけだと勘違いしてくれたようだ。
何回か回ってから、渡された棒を握る。
「危ないから離れててね?」
「わかってます。ジュン君こそ気をつけてくださいね?」
「うん。じゃあ指示して?」
「まず前に5歩」
月奈さんが遠ざかる足音がしてから進む。
「右に3歩……違いますっ、反対ですっ」
「こっち?」
「その左……じゃなくて右っ、違う今の後ろです」
「どっち!?」
「ちょっ、なんでこんな典型的なミスを……。そこから6歩前に……ってそれは斜めです!」
「えっ、これ斜め!?」
「ちょっ、待ってください! ストップ! えと〜……いま向いてるのが1/3πだから3√3歩進んでください!」
「どっちに!?」
月奈さんの指令はとても下手くそだということがよくわかった。なぜスイカ割りでルートがでてくるんだ……三角関数を即座に使うあたりが指揮能力皆無……。
混乱したのとは別に、頭の冷えた部分が冷静につぶやく。
「ジュン君が勝手に動きすぎなんです!」
心の声が漏れていたのか月奈さんが叫んで反論する。
混乱したまま歩いていると月奈さんの声が近くなった。
いくらか口論した後、数秒の沈黙が生まれる。
さて、今は夏。人口のビーチとはいえ砂は天然のもの。砂は太陽熱を吸収して熱くなり、触れた空気にも熱を与えていく。
じっとりと背中に汗の玉が浮くのがわかる。
疲れて手が下がり、棒が足元に垂れる。その結果——
「えと〜指示出します。今の角度を0度としてθ=135度に回転してください」
「上から見て!? 下から見て!?」
「時計回りです。で、そこから3歩前にすすん2二歩右に」
「ちょっ、情報量多すぎてわけわかんな——うわぁぁっ!」
棒が足に絡まって体勢を崩す。とっさに手を前に突き出して受け身を取ろうとする。
さて、僕は目隠しをしている。だから仕方がないのだ。これは決して……確信犯ではない。
気づけば、柔らかいクッションが頭を受け止めてくれていた。
柔らかい感触が僕の頭を抱擁する。むせかえるほど強い彼女の甘い匂いに脳が溶けかける。湿った水着が頬を撫でる。
デジャヴ
頭の上の方から、ドクドクと心臓が早鐘を打つ音がする。
固まっていると、目隠しを解かれる。目隠しが背中を伝って砂浜に落ちる。月奈さんの手が僕の背中に回って、僕をホールドする。
何を言えばいいのかわからないまま月奈さんを見上げると、彼女は卑下た目で僕を見下ろしていた。
目があうと、ニヤリと口角をあげて、背中でホールドした腕で僕を引き寄せる。
そして、人を小馬鹿にする声で、小悪魔チックに喋り始めた。
「やらしー、ジュン君自分から女の人の胸に飛び込んできましたねー♪ うわぁ、変態ですね〜。相手がメイドだからって、私のことどうするおつもりですかぁ〜?」
「ち、ちがっ——ご、ごめん! えとっ、離れるからっ——」
動こうとすると、ホールドした腕で体を固定され、強制的に顔を胸に埋めさせられる。
柔らかすぎた。
「はーい、ジュン君の大好きなスイカですよ〜♡ くるくる回ってる時も妄想しちゃったスイカですよ〜♡」
「やめっ——」
「ん〜? 聞こえないでぇ〜す」
月奈さんの僕を卑下する声がおぼろげに聞こえた。
それに重なって、心臓の音が大きく聞こえた。その音は、僕の鼓動だけじゃなかった、と思う。
視界の端に、赤い顔が映った、気がした。
PS:恥ずかしくてもやる。だってジュン君が求めてくれたスイカなんですからっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます