第10話 コイントスする甘え屋メイドは、僕と一緒に下校したい
「ジュン君、ゲームしませんか?」
「野球拳ならお断りだよ?」
「したいんですか?」
「冗談だよ。バトルもの?RPGゲーム?」
おふざけでそう言いつつ、テレビの電源とゲームの電源を付けて月奈さんにコントローラーを渡す。
だけど、月奈さんは受け取らずに首を振った。
「コイントスです」
「は?」
「コインを投げて裏か表かの……」
「いや、それは知ってる。何がしたいの?」
そのゲーム三分のひま潰しにもならない気がするけど……?
首をかしげてみせると、月奈さんはコインを取り出して唇を三日月に歪めた。
ちなみにコインはスーパーのドライアイスの機械に入れるアレだ。微妙にレアなそのコインをコイントスに使うんだ。
心の中にそう感想をこぼしていると、月奈さんが口を開いた。
「負けた方が勝った方にハグをしましょう」
彼女は淡々と言って、コインを宙に放った。そして器用に手の甲に押さえつけて隠す。僕を見て、どっちだと思いますか?みたいな意味を含めてかニヤリと笑った。
でも僕はそれどころじゃない。
「は、ハグするって!」
「まぁ、別にしなくてもいいですけど」
「しないっ! しないからっ!」
「そうですか……まぁそれで、どちらだと?」
コインをキャッチしている手を僕に突き出す。
罰ゲームのせいで空気が変になりかけたけど、ひとまずここは楽しもう。
手の甲をじっと睨んで、勘が叫ぶ通りに言う。
「表かな?」
「では私は裏ですね……。あぁ、表でした。私の負けですね」
変なところで負けず嫌いなはずの月奈さん。でも淡々としていて、むしろ少し嬉しそうだった。
首をかしげる。
突然に、素早く、月奈さんがコインを放って僕に覆い被さる。
抱きしめられた、と気付いたのは半拍遅れてからだった。
叫びかけた口を彼女の匂いが閉ざし、口から声が出たのはその数拍後だった。
「ちょっ!なにやってるの!?」
「罰ゲームです」
「いやっ、やらないでしょっ! やらなくていいって月奈さんが言ってたよね!?」
「やらなくても、ですね。ですが罰ゲームの考案者が罰ゲームから逃げるのは卑怯だと思いませんか?」
「思わない! この屁理屈メイド!」
「ジュン君がそう思ったとしても、私は卑怯だと思うので、仕方なく罰ゲームをしているだけです」
「っ――いやっ、でもこれはッ!」
僕の言葉を遮るように、月奈さんがキツく、僕を抱きしめる。
濃くなった彼女の匂いに、思わず声が詰まる。
ドキドキと心臓が跳ね始める。
首と首が当たる。彼女の首を通る血が、血の動きが、こちらに伝わってきている、ような気がした。
耳元に彼女の唇を感じる。もしかしたら耳に触れているのかもしれない。考えるだけで顔が赤くなる。
「でも、ジュン君は振りほどこうとはしませんよね」
「っ——! そ、それは——」
「優しいですね。ありがとうございます」
何がだ、と聞き返しても、彼女は首を横に振るだけだった。
そして言う。
「ジュン君、もう少しだけ、こうさせてください」
月奈さんの匂いは、柑橘系の優しい香りだ。オレンジほど甘くはない。爽やかで、一気に吸い込むと鼻がツンとする。
知っている匂いなのに思い出せない。
ドキドキするのに落ち着く。
月奈さんの息を、耳に感じる。なにも言えなくなった。
ぎゅっと強く抱きしめられる。まるで、逃がさないと言うかのように。ここにいてとせがむように。
「……ジュン君」
「な……なに?」
「毎週、こうやってハグしませんか? エネルギー補給に最適です。毎週日曜はハグの日みたいな」
「ヤダっ! 著作権的にも僕の精神衛生上にも悪いからやめようっ! ってか、いつまでくっついてる気ッ!?」
月奈さんを振り払って扉まで逃げて、叫ぶ。
彼女は不満げな顔をする。そして宙に放り出された腕を、仕方なさそうに戻した。
「ではこれから毎週日曜はコイントスの日、としましょう」
「それ変わってないからっ!」
ちぇ、と月奈さんは舌打ちをしてテレビゲームの電源を入れた。
結局ゲームはするようだ。
*
「え? 明日でGW終わりじゃん。泣きそう」
「私も明日から学校に行かなくてはなりませんね」
「え、なんで?」
「購買の店員しなくてはいけないので。うぅ……面倒です」
「あぁそっか。月奈さんのシフトの終わりの時間は?」
「ん~……月曜と木曜は四時頃。なのでジュン君と同じ時間帯ですかね」
ちなみに僕は部活には入っていない。
おい、いま陰キャぼっちとか言ったヤツ出てこい。
挙手した脳内の冷めたヤツに殺害予告をして、ゲームのコントローラーを弾く。
対戦系のゲーム。月奈さんに勝てたことはいまだ一度もない。
僕の剣を素早く躱して、その場に爆弾を落とす。
と、同時、ゲームのキャラとシンクロしてリアルに爆弾を投下した。
「なので一緒に帰れますね」
「ふぁっ!?」
コントローラーが手から弾かれる。同時にゲームの方でも爆発がおきて、僕のキャラの残機がゼロになった。
月奈さんは勝者を飾るテレビの画面を見たまま続ける。
「あれ? シフトの時間を聞いたのはそれが目的だと思ったのですが……違いました?」
「違うよ! なんとなく聞いただけで……別に……」
嘘である。実は一緒に帰りたかったりする。
んでもって、月奈ねぇ、って呼びたかったりする。
でも、恥ずかしいから言えない。
呼ぶ口実が欲しいから、一緒に帰りたかったりもする。
そう、ただ月奈さんの隣を歩きたいだけの自分を偽る。
同時、どちらからともなく二回戦目が始まる。
「私は一緒に帰りたいですけどね」
「っ……じゃ、じゃあ一緒に帰る?」
「私にはジュン君の意思が必要です。ジュン君は私と帰りたいですか? 帰りたくないですか?」
イジワルな質問だ。
返答に困る間に、部屋に沈黙が生まれてしまう。
沈黙が続けば話が流されてしまうかもしれない。それは嫌だ。
焦った僕は、思考を放棄した。
「い、一緒に帰ろう! ひ、1人だとつまんないし、一緒に帰ろう。か、帰りたぃ」
「えへへぇ……分かりました。
じゃあ明日、一緒に帰りましょっか♪ ねっ」
とても弾んだ声で彼女は言う。
頷くと、にへへ、と彼女が笑った。
*
「あ、月奈さん」
「なんですか?」
「エプロンのヒモ、ほどけてるよ」
「え、そうですか? ちょっと結んでもらえますか?」
「えっ……?」
「お願いします。ダメですか?」
「っ……自分でできるでしょ」
口では文句を言いつつ、僕は月奈さんの後ろに回る。
月奈さんの「お願い」に弱い僕だった。
エプロンのヒモを取ると、月奈さんはぼそりと言う。
「ジュン君は優しいですね」
「……なんで?」
「私のわがままを聞いてくれます。私の突拍子もない思いつきにも乗ってくれます。私を楽しませてくれます」
「……うん、最後の以外自覚あるならやめようね?」
「分かりました、これからはなるべくジュン君をからかってその反応を楽しむだけにします」
「やっぱ全部ダメ!」
月奈さんはにししっ、と笑って僕を振り返る。
ちょうどヒモを結び終えたところだった。僕の手を離れたヒモがひらひらと舞う。
綺麗な彼女に見惚れて、固まる。
「ジュン君。私、ジュン君に結んでもらいたくてわざと解いた、って言ったら信じますか?」
なにを、とは聞かなくても分かった。
で、意味を理解して、頭が煮詰まりそうになる。
「まぁ、別にウソかホントかは言いませんけどっ。
ホントだったり、するかもですねっ」
悪戯っぽく、もう一度にししと笑った。
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