第11話 お弁当を作る愛人メイドは、僕の言葉を真に受ける
登校前。
玄関に立つと、月奈さんがお弁当を渡してくれる。ちなみにお弁当はうちのお抱えシェフがつくっている。
それはさておき、ここまではいつもと同じ。だけど。
「ジュン君、今日は私がお弁当を作りました」
「え?」
「愛妻弁当です。食べてください」
「っ――な、なにをッ!」
「シェフにちゃんと合格をいただいている質なのでご安心を」
「そこじゃない!」
月奈さんが料理上手なのは別にどうだっていい。
そう言うと、月奈さんがしゅん、と肩を落とした。
「私……頑張って作ったんですけどね……」
「つ、作ってくれてありがと! だとしても、愛妻弁当って何!?」
「では恋人弁当……いえ、頭文字は愛で統一したいですし愛人弁当? えぇ、そうですね、愛人弁当ですね」
「勝手に首を傾げて勝手に解決して喋ってるけどっ、愛人でもなんでもないから!」
「そうですか? まぁ……じゃあご奉仕弁当にしておきます」
どちらにしろ最悪だけどこれ以上を望むと余計ひどくなるか、その前に僕の遅刻が確定するかなので仕方なく受け取ってリュックにいれる。
いつも以上に丁寧に、上下をひっくり返したりしないように。
「いただきます……」
「はいっ、召し上がれっ♪」
受け取りつつ言うと、月奈さんはとっても弾んだ声を出した。
ちょっとドギマギしてしまう。
「……いってきます」
「はい、いってらっしゃいませっ、ジュン君♡」
♡がつくほどに弾んで、嬉しそうで、甘い声を出す。
月奈さんはずるい、そう思った。
*
「いただ――っ!」
お弁当を開けて、すぐに閉じる。
別に
「ヤバい……ドキドキしてきた……」
ただただ、月奈さんが作ってくれたということを思い出して、ドキドキした。
お弁当の外蓋をゆっくり開けて、お箸を取り出す。
ふと外蓋の裏を見ると、メモがついていた。
『召し上がれ。どこかで一緒に食べられたらいいんですけどね』
まるでそれは、いつかは一緒にお弁当を食べようって誘われてるみたいで、その「いつか」は期待の言葉じゃなくて絶対にしようって約束の言葉に思えて――
「なんだよ……好きになっちゃうじゃん……」
恥ずかしさに、別に誰と喋ってるわけでもないのに目を伏せる。内蓋を開くと、どんぐり眼のウインナーがこちらを見ていた。
「やっぱ、ずるいよね」
思わず話しかけてしまう。
月奈さんはずるい。
どうせ僕のことなんて恋愛対象に見てないのに、それっぽい言動をするし、思わせぶりな事を言うし。
僕をからかって楽しむのはいいけど、楽しそうな月奈さんを見てるとこっちまで楽しくなるけど、僕の心をちゃんと落ち着かせて欲しい。ちゃんと元に戻して欲しい。
乙女チックな事をつらつらと呟いて、ぐちゃぐちゃにになった心を整理する。
「いただきます……」
そのくせ、頭の中では、どうやって月奈さんとお昼を食べようか……と算段を繰り広げていた。
*
校門の外で月奈さんが待っていた。
相変わらず人目を引いていて、少し嫉妬する。
「つ、月奈ねぇっ」
「ジュン君ったら、遅いよ」
「ご、ごめんっ」
前と同じように月奈さんのことを月奈ねぇって呼ぶ。
それが恥ずかしくもあり、同時にちょっと嬉しかった。なんかこう……距離感、が縮まった気がして。
一緒に並んで歩く、そのことが楽しい。
だけど、月奈さんは何故か不満げだった。
「ジュン君」
「な、なに?」
こちらが聞く前に月奈さんが怒ったような声を出す。
そして素早く僕の頬を引っ張った。
引っ張りつつ、道の邪魔にならないよう端にずれるその余裕が恨めしい。
「
「なんで売店に来てくれなかったのっ!?」
もう周りの人は少なくて別に姉弟のフリをする必要もない。
だけど月奈さんは、姉という設定に乗っているのか、それとも素か、いつもの丁寧語を抜いてしゃべる。
ふざけてるのかと目を開くと、月奈さんの顔は結構マジで怒ってた。それに気圧されて、月奈さんの手を振り離そうとするのが止まる。
月奈さんがもう一度、怒ったように言う。
「ずっと待ってたのにっ、なんで来なかったのっ」
「あ、えや……」
「もうっ、結構寂しかったんだからね?」
「っ……」
僕の顔から手を離して、その手をそのまま腰に当てる。小さい子供を窘めるように僕の顔を上から覗き込んで言う。
その姿が様になっていて、見惚れて、思わず何かをいうタイミングを逃す。彼女が先に喋った。
「明日もお弁当作るから。お弁当食べ終わったら来てね?」
「は、はい……」
「うん、よろしいっ」
月奈さんはニッコリと頷いて、るんるんと歩き始めた。その半歩後ろをついて歩く。
それから、気になっていたことを口に出した。
「月奈さん、別に責めてるわけじゃないんだけど……なんで丁寧語じゃないの?」
「だって私はジュン君のお姉ちゃんだから。何か間違ってる?」
「っ……ま、間違ってない」
自分で作った姉弟設定とは言え、それに月奈さんが乗るということは僕を恋愛対象にしてもらえてないんだと悲しくなる。
すると月奈さんが、まるで心を読んだかのようなタイミングで素っ気なく言った。
「まぁ、姉弟間での恋愛も最近ではあるそうだし? なんの支障もないよね?」
「ど、どういう意味!?」
「さぁ? わかんないけど」
月奈さんは首だけねじって僕を振り返って、肩をすくめて笑った。
その頬は赤かった。
*
「ただいま」
「ただいま戻りました。そしてお帰りなさいませ、ジュン君」
さっきまでタメ口だったのが、家の中に入った途端にキリッといつもの月奈さんになる。
ちなみに僕をからかうのは部屋の中の時だけだ。
メリハリがきちんとしているせいで文句をいいにくくて困る。
「ジュン君、ここからは敬語です」
「う、うん……」
「ですが先ほどまでのキャラが自分的にかなり心地よかったです」
「はぁ……うぉう」
月奈さんが言いたいことが読めて変な声が出る。
「なので、これからクール系お姉さんメイドじゃなくて明るいお姉さんメイドでもいいですか?
タメ口はまぁ、ちょっと気が引けた部分もあるので時々ですけど。ちょっとキャラ変をしたいと思いまして……」
「いいけど……あ、そのキャラって作ってるんだ」
「あっ……」
月奈さんがしまった!という顔をする。そして自分のその表情に気付いたのか今度は顔を顰めた。
耳を少し赤くして彼女は喋る。
「えと……前にジュン君はお姉さんキャラが好きって言ってたので……。それで、作ってました……けど」
そういえばそんなことを聞かれたのを思い出す。
と同時に、あの時の僕の思考回路も思い出す。
たしか——
「僕は月奈さんのキャラが好きでそう言っ――やっぱ今のナシ」
聞いてきた時、月奈さんはクールな感じだったからそう言っただけで、僕は月奈さんのキャラなら多分なんでも好き——っ!
今口に出てた!? 出てたよね!?
月奈さんをみると、彼女は顔を赤くして、口元を手で隠していた。目が合うと僕から顔を背けて、もごもごという。
「お部屋に入ったら、ちゃんと聞かせてもらいます」
その時にいまの、もう一回言ってください。
そんな変な予約までされて、いつものように、その日掻いた汗を落とすべく僕は風呂場に直行した。
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