第12話 足をつったエロ声メイドは、紳士な僕にテレまくる




「さて……そろそろ部屋に戻らな――ッ!」


 夜。

 月奈さんが言いつつ立ち上がって、声を詰まらせ、顔をくしゃくしゃに歪めた。

 演技にしては大げさすぎる表情に彼女を覗き込む。


「月奈さん?」

「いっ……た。あ、足を……」

「足を?」

「つっ……つりました」


 月奈さんはガックシ、と膝を折って地面に這いつくばる。

 そのまま横に転がってふくらはぎを手で抑えて悶絶した。

 その光景が珍妙すぎて思わず口から笑いが吹き出る。


「あははっ! 月奈さんも足つるんだ!」

「ジュン君怒りますよッ!?」

「でも意外だしさ」

「ぅぅ……」


 月奈さんは悔しそうな声を漏らして、腫れ物を触るかのようにゆっくりと足を揉み始める。で、時々顔をしかめる。

 眉に皺をよせて床を睨む彼女の顔が、可愛く見えてしまった。


 ……可愛く? だめだだめだっ、そんなの考えちゃダメだっ! いなくなれいなくなれっ!


 頭を叩いて思考を消し、月奈さんの顔から目をそらす。

 その先は——スカートがギリギリな感じで捲れててパンツが見えそうで目の毒だった。

 慌てて目をそらして、近場のタオルを投げる。


「……っと、なんですかこれ?」

「スカート捲れてるっ! 隠して!」

「拒否権は?」

「ないっ!」


 体の向きを180度回して目をそらして叫ぶ。

 パンツなんて絶対見ない。見ようとなんてするもんか。

 僕の中の理性という名のウブと羞恥心がそう叫ぶ。

 対し、性欲魔神が敏感に反応していた。


 見たい見たい見たい見たいぃぃぃ! パンツ見たいぃぃぃっ!


 ちなみに愚息は眠ったまんまだ。そこが唯一の救い。


「ごめんなさい、動けそうになくて。痛いのでもう少しここにいてもいいですか?」

「お好きなようにどうぞっ!」

「できれば……湿布をお願いします」

「分かったけどさ」


 部屋を出て通りすがったメイドさんに湿布を頼むと、他のメイドさんがバケツリレーみたいな感じで約数十秒で湿布を届けてくれた。恐るべしメイド。恐るべし我が屋敷。


 いったいこの家には何人メイドがいるのか……。

 頭の中で数え始めたら、知り合いを全部洗い出さなきゃいけなさそうで無謀だと悟りやめた。


 部屋に入ると、目の毒がピンク色の光を放って僕を誘っていた。まるで魅惑の星だった。って違うっ!


 わざとだろう、月奈さんのスカートを隠ために渡したはずのタオルが、微妙なラインではだけてスカートを隠し、エロさを格段に増していた。

 なんのバフ効果だこの野郎。


「……湿布もらってきたよ」

「あ、ありがとうございます……」

「……」

「……」


 渡そうとして、月奈さんが手を伸ばしてこないことに首をかしげる。すると、月奈さんが口をつぐんだままこちらを見つめた。

 月奈さんと目が合う。その目は貼ってくださいと言っていた。

 目だけで自分じゃ貼れないの? と聞くと、月奈さんは頷く。

 ため息が漏れた。


「はぁぁぁ……いいよ。貼るけど……変なことするの禁止ね!」

「はぁい、分かりま〜したっ」


 やや間延びした、つまらなさそうな声で月奈さんは返事する。

 彼女の足の前に座り、指し示されたところに湿布の端を当てる。一瞬だけ指が触れ合ってドキッとした。


「こ、ここ……?」

「そこです……」


 セロファンを剥がしながら丁寧に貼り付けていく。

 ツン、と鼻を刺す湿布特有の匂い。それに混じってほのかに上がってくる月奈さんの匂い。

 湿布越しに感じる月奈さんのふくらはぎ。時々触れ合う指。


 こんなの、ドキドキしてしまう。


「んっ♡」

「へ、変な声出さないでっ!」

「ちがいますっ……くすぐったいんです……んっ……」


 声がエロい、エロすぎる。

 ドキドキしながら湿布を貼り付けていく。


 ずっと湿布が貼り終わらなきゃいいのに、とか思った瞬間に瞬間に貼り終わってしまう。

 我に返って頭を振って思考を消し払った。


「ありがとうございます……」

「いいよ。歩けそう?」

「たぶん大丈夫です……。先輩に頼れば部屋まで戻れるので」


 言いつつ、月奈さんは足をかばって立ち上がろうとする。

 先輩ってのは他のメイドさんの事だろう。確かに、僕がわざわざ助ける必要もない。

 だけど、僕がやるべきだ。僕が彼女の主人である限り、彼女の手助けは精一杯するべきだ。


 自分の中のモラルを理性に押しつけて、よく分からない心のモヤを正当化する。

 月奈さんを送りたいとか、月奈さんが他の誰かに頼るのがイヤとか、そういうバカな感情を。


 正当化する。


「送るよ。肩貸すから、ほら」


 セロファンをゴミ箱に投げて立ち上がり、彼女に手を差しのばす。いつもなら空気抵抗でうまくゴミ箱に決まらないセロファンが、今日は奇跡的にゴミ箱に収まった。


 彼女は目を見開いて僕を見上げる。

 恥ずかしくなって、顔をそらす。


「ほら、この部屋出てすぐにメイドに会えるか分からないし」

「その手は、メイドの私にですか、それとも月奈に差し出す手ですか……?」

「ん? どういう意味?」

「っ——な、なんでもないですっ! いやっ、乙女的には大事なことなんですけどっ、どうでもいいです! 忘れてください!」

「……よくわかんないけど、どっちも。メイドを気遣いたいって事を含め、でもって月奈さんを送りたい」


 わからないなりにそう言うと、月奈さんはボンっと顔を真っ赤にした。顔を伏せて、さらに手で隠す。

 だけど真っ赤な耳までは隠しきれてない。

 小さな声で言った。


        「ずるです……。そういうの……」

 言いつつ、片手で口元を隠しながら僕の手を取る。

 引っ張り上げて、その腕の下にすぐ入って彼女を支える。


「さ、行こっか」

「はぃ……」


 ぷしゅう、と湯気を立てたあと、月奈さんは頷く。

 途中、ずるい、とかなんとか呟き続けていた。



 *



 自室、ベッドの上。

 送ってもらった後。


「はぁぁぁ……」


 数分前、手を差し伸べてくれたジュン君を思い出す。

 カッコよかった。ツンデレなショタがツンツンしながらデレるみたいでカッコ可愛かった。


「ん……やっぱり可愛いの方が強いかも……」


 布団をかき寄せて抱きしめる。

 ぜんぜんショタじゃないけど、ショタコンに言ったら殺されそうだけど……まぁとにかく、可愛かった。


 痛みがだいぶ引いてきた足に手を添える。

 ジュン君の手の感触を思い出す。

 顔がどうしてもニヤけてしまった。


 一言であらわすならもう——


 デレデレだ。



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