第9話 細やかすぎるてれてれメイドは、僕の水筒で爆死する




「ジュン君、そろそろお昼です」

「あぁ、そうだね。食べよっか」

「そうしましょう」


 お昼時。

 ピクニックを楽しむ家族がいるエリアで、背負っていたリュックを下ろす。

 すぐに月奈さんがレジャーシートを取り出して手際よく広げ、その隅におもりを乗せ、何やらスプレーをかける。

 僕が首を傾げたのが見えたのか、淡々といった。


「虫除けです。娯楽の自然に虫はいりません」

「あぁなるほど」


 濃やかだなぁ、でもって冷淡だなぁ、と感想を零しつつ中身はサンドイッチであろうお弁当袋を取り出す。その中に入っていたお弁当箱を開けてみるとやっぱりサンドイッチだった。


 リュックの底にあったアルコールティッシュで手を拭いて、月奈さんと向かい合ってレジャーシートに入る。


「よしっ、いただきます」

「いただきます。ジュン君の苦手なものはないのでご安心を」

「ありがと——って知ってるの!?」

「はい、ピーマンとゴーヤですよね。あと匂いのキツいもの」

「う……」


 聖女のように暖かくにっこり笑う月奈さん。

 図星で何も言い返せなくなる。隠していたわけじゃないけど、教えたわけでもない。

 いつの間にかバレていたのが恥ずかしくて、照れ隠しにサンドイッチにかぶりつく。ハムの塩味と爽やかなきゅうりの味が絶妙だった。


 ついでに話もそらしておく。


「んっ、おいし~」

「良かったです」


 月奈さんが嬉しそうにはにかんで、サンドイッチに手を伸ばす。そして小さくかぶりついて目を細めた。

 猫目な彼女が可愛く思えてしまう。


「ん、おいしいですね。ジュン君と食べるからかもしれません」

「っ……そ、そっか」


 僕はもう一口、サンドイッチにかぶりつく。

 そこでふと、今更ながら気付く。


「これってもしかして月奈さんの手作り?」

「えぇ、そうですよ?」

「……そっか……」


 大きくかぶりついてしまったことを後悔した。と、同時に、嬉しくなった。

 月奈さんの手作りだと思うと、心の底が暖かくなる。

 小さくかじって、噛む。

 さっきより、数千倍ぐらい美味しく感じた。


「作ってくれてありがと、おいしいよ」

「っ、は、はい……まぁ、どういたしましてです……」


 月奈さんが赤い顔をそらして、口ごもる。首をかしげると、なんでもないと首を振った。

 そしてサンドイッチをかじる合間に口を開く。


「初めてですね。お昼ご飯とか、一緒にいただくの……」

「そうだね、確かに。一緒に食べれて嬉しい」

「っ……さっきから不意打ちはずるです」

「え?」

「何でもありませんっ!」


 月奈さんは怒ったような顔をして強く言うと、少し乱暴にサンドイッチに大きくかぶりついた。

 その耳は赤かった。



 *



「あ……」

「どうされました?」

「ごめん、水筒、口つけて飲んじゃった」


 荷物がかさむからか、水筒は一本しか用意されてなかった。

 だから水分補給は滝飲みで回し飲みしていたのだけれど……間違って口をつけてしまった。

 月奈さんは僕の手の水筒を見て、瞳を揺らす。


 咄嗟に周りに自販機を探す、も見当たらない。


「えと~自販機探してくるから待って――」

「構いませんよ、別に」

「え?」


 即座に水筒を奪われる。

 状況把握が追いつかないまま月奈さんをみると、彼女は躊躇うことなく口をつけて水筒を傾ける。

 僕が口をつけてしまったところに口をつけて、だ。


「滝飲みは零してしまいそうで不安だったんです。むしろ口をつけていただいてよかったです」

「っ――そ、それより、間接キ――」

「あぁ、そうでしたね。まぁ気にしませんが」


 ドキドキと心臓が跳ねて、自分の顔が真っ赤になっていく中、その言葉で痛みを感じた。

 再認識させられる。


 月奈さんにとって僕は、ただの年下の主人と言うこと。

 月奈さんは僕のことを相手にしていないということ。


 わかりきっていた事なのに、心臓が痛む。

 悔しかった。悔しかった。


 悔しかったから、涙がこぼれた?

 違う。バカな言葉がこぼれた。


「月奈さん水筒貸して」

「あ、まだ飲み足りてませんでしたか? すいません」

「いいよ。喉が渇いたというより……」


 敢えて、ドキドキと早鐘を鳴らして警告する心臓を無視する。

 月奈さんが口をつけていたところに口をつける。

 完全な相互間接キス。それを受け入れる。


 横目で月奈さんを見る。彼女は目を見開いていた。ちょっといい気分だった。いや、かなりいい気分だ。

 水筒を傾ける前に言う。言ってから、傾ける。


「月奈さんと間接キス、したかっただけだしぃ?」


 水は普通の水の味だった。だけど、ほのかに甘さを感じた。

 月奈さんの顔がボンッと煙を立てて真っ赤になった。そのあと、ぷしゅう、と湯気を立てて月奈さんがその場に身を崩す。


 水筒から口を離して月奈さんを見下ろす。

 気分はサイコーだった。


 後になってから悶え苦しむ、なんて事さえなければ。

 あとになってから3,000倍返しにされなければ。



 *



 駐車場に戻る道にて。


「ジュン君」

「なに?」

「今日は楽しかったですか?」


 少し不安げに瞳を湯らしくながら月奈さんがそう聞く。

 なにを言ってるんだと訝しげな顔をしてみると、勘違いしたのか不安の色を濃くした。

 慌てて表情を取り消す。


「楽しかったよ。久しぶりにこんなに緑があるところにこれたし。サンドイッチも美味しかったし、一緒に歩けたし。

 というか楽しくないわけがないよ。月奈さんは?」


 楽しかった? という言葉は敢えて隠す。

 同じ穴のムジナ。

 やっぱりちょっと不安だった。


 月奈さんは怒った顔をした。


「楽しくないわけがないですっ、当然じゃないですか」

「そっか。よかった。ありがとね」

「いえ、私が行きたいなって思って無理矢理誘っただけです。

 まぁ、それで楽しんでいただけたのならなによりです」


 そこで沈黙が生まれる。

 手の甲が触れ合う。手を絡め取られる。手を振り払おうとすると強く握られる。

 不意打ちの攻撃に耳が赤くなるのがわかった。


 月奈さんが、僕を見て小悪魔げに口角を上げた。


「もしかして……ジュン君、恥ずかしいんですか?」

「っ――別にそういうわけじゃっ――」

「じゃあ手、繋いだままでいましょうね」


 忘れた頃に、にぎにぎが再開される。

 一方的に僕の顔が赤くなるだけだった。

 バイク前につくまでずっとにぎにぎされ続けた。


「さ、乗ってください」

「わ、わかった……」


 さっきの意趣返しにと、月奈さんを強く抱き締めてみる。

 柔らかい背中とかお腹の感触をこらえて、ただ苦しくな程度に、でも強く抱きしめる。


「っ——甘えん坊ですね、ジュン君ったら」


 煽られたことが悔しくて、必死に脳内で煽り返す言葉を検索する。ヒットしたのは、自爆確定の必殺ワードだった。

 深く考えず、口からそれを放り出す。


「……月奈ねぇのバカ」

「っ!」

「……お姉ちゃんのバカ」


 きつく抱きしめると、月奈さんが無言でバイクを出した。

 その日は、あまり口を聞かなかった。








PS:はぁ、なんていい響き……「お姉ちゃん」……きゃぁっ!(悶絶)

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