第39話 僕の思い出の源泉メイドは、僕とイヴに出かけたい
「ジュン君、私がこの1ヶ月間なにもしてこなかったのは何のためだと思いますか?」
あまり特別なこともなく過ぎていった11月を終え、12月に突入したその最初の日。つまり12月1日。
何故か僕は膝詰めで説教を食らっていた。もちろん怒ってるのは月奈さんだ。
月奈さんの言うとおり、11月に入ってから、あのポッキーゲームを境に彼女は突拍子もないことを言い出すのをやめた。
おかげで勉強が捗ったのはあるんだけど……。
「えと~……わからない」
「じゃあジュン君ッ、11月の思い出はありましたか!?」
「急にそんなに怒らなくても……あぁ、そういえばあんまりないね」
「あんまり? 全然ないはずです!」
「いや、あるよ。あとなんでそんなに叫んでるの?
今月の1日はピーマンの肉詰め、ピーマンの苦味と肉の甘辛タレがちょうど良かった。2日は麻婆豆腐、麻婆豆腐はスープジャーに入れてくれてて嬉しかった。3日は水餃子、ほんのり柚が入ってて醤油ナシでも食べられた。4日鮭のムニエル、骨をちゃんと取っててくれてありがと。5日はミニハンバーグ、僕にとっては珍しいから舞い上がっちゃって教室で注目浴びちゃったよ。6日は――」
脳内の引き出しを開けて11月のお弁当の献立を思い出す。
うん、結構思い出あるな。あと雨の日と月奈さんと帰る日がかぶった時は相合い傘してたし……。
でも確かに、傘を持っていない——きっと持っていないのは彼
女の意志だろうが……——月奈さんを相合傘に誘ったのは僕だ。
あまり彼女からのアプローチはなかった気がする。
月奈さんは僕がブツブツ呟いていたのが、お弁当の献立だと今更気付いたのか、目を丸くして顔を真っ赤に染めていた。
「まっ、まさか全部覚えてるんですか!?」
「うん、副菜は覚えてないけど、お弁当の主役はね。全部美味しいよ、今更だけどいつもありがと。うれしい」
「っ――お、思い出できないなら一生私がそばにいてあげますとかそういうこと言いたかったのに――!」
「ん……? よくわかんないけど月奈さんがお弁当作ってくれたから思い出ができたんだけど」
「……最近ずるが多いです」
ふて腐れたように月奈さんはそう言って、ぷいっと顔を背けてしまった。訳が分からず首を傾げると、月奈さんは体ごと体を背けてしまう。
「ねぇ月奈さん」
「……無視です。今すごく私は不機嫌です」
「――はぁ……」
薄々、月奈さんが僕に絡んでこないことには気付いていた。
だけど僕からそのことを聞くと、僕が月奈さんに絡んで欲しい悲しい人扱いされること間違いなしなのである。だって月奈さんって人の弱みをからかう悪い人だし。
だから絡まれないことを悲しく思いつつ……違う違う、不思議に思いつつ、じっと今日までその物悲しさを我慢していた。
そしてそんな僕に痺れを切らしたのか、月奈さんが白状したのがこの現状である。
再びため息を一つ、現状整理を終えてこれからどうしようか悩む。ぷいっと僕から顔を背けたまま、月奈さんは紅茶を飲んでいた。
このわがままメイドをどうにかしなくては……。
ふと思いつく。
——この場の最適解は分からない。でも、勝負手なら分かる。
僕がどうすべきなのかはわからない。でも、どうしたいかは分かる。
背中を僕に向けてしまった月奈さんの後にこっそり近づき、その後からしなだれかかるように緩く、抱きしめてみた。
「――――っ!?」
「なんか気を悪くしたならごめん。でもホント、月奈さんがお弁当作ってくれたり一緒に帰ってくれるだけで思い出になるから。
えと~……ごめん。これからもよろしく」
「っ……ばかぁ……」
月奈さんは何故か泣きそうな声を上げて、その場で蹲る。
そっと腕を解いて隣に座ると、月奈さんは膝を抱えて額を膝にあて、少しだけ黙った。そのあと、ぐしぐしと目元を強くこすって顔をあげ、僕を見上げて短く。
目元は少し濡れている。目の下は赤く、まるで泣いた後みたいな。なのにとても笑顔で、小悪魔ちっくで。
「これからは容赦しません」
ぞぞっとするようなことを言った。
事実、鳥肌が立った。
*
12月も半ば。月奈さんが買ってきたアドベントカレンダーの中のチョコを仲良く分け合っていた、おやつの時間。
「そういえば月奈さんは正月休み取らないの?」
言いつつ、今年一年、月奈さんが休んだ日を思い返す。
……一切なかった。ん? 1日ぐらいあったかな?
記憶的には……毎日必ずこの部屋に来ていた気がする。
月奈さんは一瞬宙を見上げて思案し、コクリと頷く。
「大丈夫です。ジュン君と一緒に年越しするつもりですから」
「そ、そっか……」
「はいっ、お正月も、初詣も、ど~んな行事も一緒に過ごしましょうね♪ もちろん来年もです♪」
「……ぅ、うん」
気恥ずかしくなって顔を逸らしたのに、月奈さんはそんな僕を覗き込んでニッコリ笑う。
目をそらすと、更に笑みを深めた。
ジト目で睨み返すと、月奈さんはどこ吹く風。
「ジュン君、その前にクリスマスですけど。プレゼントとかはどうするつもりですか?」
「ん……。月奈さんの――」
プレゼントをくれるのかと勘違いして、月奈さんの好きなようにしていいよ、と言い掛けて、社交辞令の意味で聞かれたんだと気付いて口をつぐむ。
一応、僕の家はクリスマスだけ、願ったものをなんでももらえる。さすがに土地とかは無理だけど。
そもそも、願えばなんでも買ってもらえるのだが。
それはさておき、僕が言いかけた口を閉じた結果――
「ジュン君積極的すぎです。私を求めるだなんて……」
「違うっ、僕が言い間違えただけ!」
「もうっ、恥ずかしがっても無駄です。ちゃんと聞きましたから。分かりました、頑張ってジュン君のプレゼントになりますっ」
「やめよう! そういう意味じゃなかったんだよ!」
「じゃあどういう意味ですか?」
聞き返されて、勘違いした経緯を説明することが恥ずかしいのと、そもそも勘違いしたことが恥ずかしいのとで口が固まる。
その一瞬の僕の反応を見て、月奈さんはにやぁっとニヒルに口角を上げた。
危険を察知して、すぐさま話題を変える。
「つ、月奈さんはどんなプレゼントが欲しいの?」
さして変わらなかったが、それは不問に帰す。
だけど、月奈さんは嬉しそうに目を輝かせて食いついてきたから万事オーケーだ。
「くれるんですか!?」
「ま、まぁ一応ね」
「じゃあジュン君が欲しいですっ、それとジュン君の寵愛が!」
「うぉい!」
「えへへ、ちょっとした冗談です。まぁ……指輪、とか? 左手薬指に嵌めるような指輪とか、欲しいです……」
恥ずかしそうに顔を伏して彼女が言う。
意味が分からず一瞬首を傾げてから、ようやく理解する。
慌てて否定しながら、否定しながら、大部分否定しながら――普通の指輪ぐらいなら悪くないかも、と思ってしまっていた。
案外、彼女の顔は赤く、恥ずかしがる乙女だった。
「……ペンダントかブレスレットにしとく」
「……クリスマスイヴにデートしてあげます。それとその時にプレゼントでもあげます」
画して——いや、なぜか、僕は月奈さんとクリスマスデートをすることが決まった。
PS:更新ペースは相変わらず落ちるようです……。
家に帰るとなぜか彼女は、僕のまくらに顔を埋めて息をしていた 小笠原 雪兎(ゆきと) @ogarin0914
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