第38話 リセットできないドラキュラメイドは、僕にポッキーを食べさせたい




「ねぇ月奈さ――」

「あ、ジュン君、私用事を思い出したので少し失礼しますね!」


「あのさ――」

「おっ、お掃除するので掃除機掛けますっ」


「えと――」

「あっ、あっ、あっ……あ、そうだ! 大事な仕事を頼まれていました! ごめんなさいっ、今すぐ行ってきます!」


 ——圧倒的、避けられてる感が否めない。

 絶対昨日のことなんだよなぁ……。

 あんなに恥ずかしがってた月奈さんがからかい目的で『好き』とか言えるとは思わないし――ってことは本気で僕のことが……っ、ダメだダメだ。考えるだけ深みにはまってしまう。


 僕が話し掛ける度に慌てて部屋から飛び出てく月奈さんは、昨日のことを意識してるんだろう。僕も意識していることは余談にすぎない。

 できることならあの言葉の真意を聞きたい。けど聞いてしまったが最後、この関係が変化することは間違いなくて、それがどちらに転ぶかは月奈さん次第。


 聞けるわけがなかった。

 自分の気持ちを認めてしまった分、前よりも怖く感じる。

 月奈さんが好きだから、月奈さんに拒否されることが怖い。

 だから、聞けない。


 まぁ、月奈さんが忍足で僕の部屋に戻ってくるのを見ると、僕を完全に避けたいわけじゃないんだろう。少し安心する。


 何気ないのを装って、椅子から立ち上がって扉の前で寝転ぶ。内開きの扉なので、逃げようと思っても僕が邪魔になって逃げられない寸法だ。

 その状態で、部屋の隅で三角座りしている彼女に声をかける。


「月奈さん」

「ひゃっ、え、あ――」

「昨日のことはリセットしよう。僕が悪かったのは謝るけど——ごめん、からかいすぎた。ほんとごめん」

「あ、い、いぇ……」

「それで。昨日のことはなかったことにしていいから。

 いいから――避けるの、やめてくれない? 結構精神的にクるものがあるんだよね。かなり悲しい」

「……は、はい……」


 何故か少し不満げに、月奈さんは頷いた。首を傾げて見せると、なんでもないと横に振ったのでたぶん気のせいだろう。

 とにかく、リセットの通達は終わった。


 ほじくりかえして言葉の真意を問い詰めることはできなくなったことだけが、少し残念だ。

 勉強机に戻って、月奈さんを振り返りつつ言う。


「昨日の続き、教えてよ。この問題わかんないんだ」


 彼女は少し目を丸くしたあとコクリと頷いて、僕の横に例のコロコロの台を並べて座った。

 そして、ぎこちなくだけど僕に教えてくれる。


 途中、月奈さんがぼそりと呟いた。

 俯いて、不安げに震える声で。


「リセットしてもらったのに悪いんですが……イヤじゃなかったですか?」

「え? なにが?」

「昨日、いろいろと叫んでしまったので……その、内容とか。い、意地悪はナシですからねっ?」

「ん……? うんん、イヤじゃないよ」

「そっか……ならよかったです」


 ほっと安堵の息を吐いたあと、月奈さんはぺしり、と気の抜ける音で両頬を叩く。

 そして大きく深呼吸を一つ、いつもの声音に戻した。


「あ、そこ間違ってますよ」

「え? どこ?」


 月奈さんがいつも通りに接してくれる。だけど——


 だけど――僕の心は全然リセットできていなかったようだ。

 月奈さんの隣にいるだけで、心臓がドキドキしてしまった。



 *



「トリックオアトリート♪ 遊んでくれなきゃ、いたずらしちゃうぞ?」


 10/31。家に帰ると、月奈さんが部屋にいた。

 そこまではいつもと同じだ。しかし彼女は——

 部屋の真ん中で横座りして、茶目っ気たっぷりに笑いながら指を折り曲げて猫の手してみせる。

 そんな猫のとは別に、ドラキュラメイクをしていた。


 いつもより白い頬を伝う赤い血。いつもより切れ長でつり上がった目。なのに——。


「っ……か、かわいい……」


 ニコニコと目を三日月にして笑っているのが、とても可愛い。

 僕の呟きは届いていなかったのか、彼女は僕が見つめていることに目の下をほんのり赤くして照れたように笑った。


「さ、ハロウィーンです」

「お、おう……」

「ドラキュラメイクです」

「う、うん……」

「衣装まではさすがに難しかったので、お化粧だけなんですが……」

「え、えと……似合ってる。というか、すごくいい」

「えへへ、そうですか?」


 頭の後ろを掻いた彼女に、なぜか床にあったポッキーの袋を開いて突き出すとすぐさま食いついた。

 素早くぽりぽりとポッキーを伝って僕の指先まで食べようとする。慌てて指を離すと、彼女はつまらなさそうに残りの枝の部分を噛み砕いた。


「むぅ……お指も食べたかったです……」


 不満げな声に反応しかけたのを堪えて、リュックを床に下ろす。月奈さんは喉を鳴らしてから喋った。


「やりましょう、ポッキーゲーム。高めあいましょう親和力」

「……はい?」

「ポッキーゲームです。さ、やりましょう」

「やりましょうじゃなくて……。え!?」


 つい先週にリセット事項があったのにもうポッキーゲームとかそんな高度なからかいをしてくるのか!?

 月奈さんの回復力の早さに驚きつつ、ポリポリとポッキーを囓ってる月奈さんを見る。

 彼女は囓る度に幸せそうに相好を崩した。

 そして丸々一本食べ終えて、再び言う。


「ポッキーゲームしましょうよ」

「やだよ。絶対悶え苦しむだけだって。僕も……月奈さんも」

「んぅ……しましょうよ。したいです。するべきです」

「だめっ!」

「……じゃあ弟様としてきます。ポッキーゲーム」


 あぁ好きにしろ! と叫びかけて、ふとその光景を想像して胸が痛む。中学2年の弟がポッキーゲームなるものに興味がないわけがない。それに僕と違って恥ずかしがり屋じゃない。

 だから僕は、その場を立ちかけた月奈さんに、たとえそれがフリであっても、呼び止めるほかなかった。


「待って。いいよ、しよう。ポッキーゲーム」


 すると彼女は、妖美な笑みを浮かべてその場に座る。

 彼女があざといハンターならば、僕はまるで罠にかかった小さな草食動物だった。



 *



「ほら、きてください」


 月奈さんはポッキーを咥えたまま目をつむる。

 そして反対側の先端を僕に突き出すようにしてその角度を上にした。月奈さんと向かい合って正座すると、彼女には僕が見えているのか、先端の角度を変えて僕に向けた。


 これからするのはキスではない。どこまで齧れるか、のチキンレースのチャレンジゲームだ。

 ルールは簡単、キスしないようにポッキーをなるべく多くかじる。キスはしてはいけない。

 意を決して身を乗り出すと、月奈さんはポッキーを咥え直して身構えた。


 先端をかじると、ポッキーを伝って月奈さんの吐息の、咀嚼の、嚥下の、全ての振動が僕に届く。

 恐る恐る、目を閉じて二口目を齧ると、彼女もまた齧った。


「んっ……」


 四口目、彼女の気配がすぐそこに感じられる。多分、少し前のめりになればそれだけで額がぶつかるだろう。

 そこで目を開くと、月奈さんの顔がぼやけて見えた。近すぎて焦点が合わないのだ。


 慌てて後ろにとびのいて逃げると、月奈さんは目の下を赤くしながら残りのポッキーを口の中に入れた。

 赤い頬を隠さず噛み砕いて、喉を鳴らす。

 そしてもう一本咥えて僕に向かって突き出す。この間、一切のおしゃべりはなかった。

 ただ沈黙のままに、ゲームを続ける。


 先ほどと同じく、一口、二口、三口……そして四口目ですぐに体を離す。

 慣れてくれば、目を閉じていれば、月奈さんとポッキーゲームをしているということを忘れさえすれば、簡単なゲームだった。


 最後の一本、気を引き締め直して一口、二口、三口……。

 そして最後の四口目の瞬間、今までと少し違った。


「んっ」

「——!?」


 多分、どちらかが今までよりも大きく咥えすぎていたんだろう。一瞬、唇に柔らかい感触を覚える。

 思わず目を開けて月奈さんから離れる。


 そしたら——


「あ、」


 そしたら——


「最後の最後で最高記録が出ましたねっ、ほとんど食べ残しはなしですね」


 彼女の唇に残っているはずの、いつも数センチほど残っているはずのポッキーが、見当たらなかった。

 思わず唇に手を当てて月奈さんを見ると、彼女はにっこり笑う。


「ちなみにキスはしてませんよ?」

「だ……だよね……」

「えぇ、だってルールですからね」


 意味深な笑みを浮かべた彼女は、傍の紅茶をすすって肩をすくめた。








PS:にへぇ……ふへぇ……ほわぁ……。ふにゃぁ……。


 本日のコメント返信は、まともなコメントを期待しないほうが良さそうですね……。(作者)

 少しこれから更新ペース落ちます。(そろそろ完結なのに……)

※前半甘いとこナシなので、飛ばしてくれて構いません。小説的に仲直りシーンが必要で書いただけです。と、PSに書いておく。


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