第26話 カマかけでからかう世間知らずメイドは、花火を理由にいちゃつきたい




「やっぱり夏祭りといえば願い事だよねぇ〜」

「それって七夕なだけな気がしてきたんだけど……」

「違うよぉ〜、お祭りっていうのはそもそも神様への感謝のわっしょいだからドンパチやって神様にお礼言ってるんだよ?」


 語彙力、と一言だけココロの中でひっそりツッコむ。

 月奈さんは袖から巾着を取り出して僕に見せ、首を傾げた。


「ご縁がたくさん掛かるように1万円にしとく?」


 心の中の第一声。

 月奈さんって意外と世間知らず?


「普通に5円でいいと思うけどそれは僕だけかな?」

「でもいっぱいご縁があった方がいいじゃん、ねぇ〜?」


 反論してる人に対してそのノリで同意を求められても困る。

 ポケットを上から撫でて、残りのお金を数える。お札は数枚あるが、小銭はあいにく5円玉だけだ。

 月奈さんと同額ぐらいは投げ込むべきという自尊心と、お賽銭に1000円札なんて使いたくないというマトモな金銭感覚がせめぎ合う。


 月奈さんは僕が無言になったのを見てため息を一つ、真面目な顔をして口を開いた。 


「じゃあ1000円」

「普通に5円にしよ? お金あげすぎても神様困るでしょ」

「ん〜〜っ、わかったっ、私が大好きなジュン君のお願いだし、普通に100円にするね」

「っ——!」


 恩着せがましいの一言が喉から出てこない。

 からかいだと理解していても、人間的にの常套句がつくと知っていても、胸が高鳴る。心臓の音がうるさい。


 月奈さんが僕の顔を見てくすりと笑いながら、がまぐちから百円玉を取り出す。

 顔が赤いのを笑われてると瞬時にわかり、僕の羞恥心は責任転嫁を始める。

 僕が焦っているのはなラインに入りつつ、僕の小銭の総計額わずか5円より高い賽銭額を宣言されたからだ。


 どっちにしても情けないことには変わりなかったが、そこは気づかないふりをした。

 その瞬間、手に冷たいものが触れる。

 みれば、月奈さんが僕の手に100円玉を握らせていた。


「んへへ〜、貸し1ね? 忘れちゃダメだからね?」

「っ——まさか知っててっ!」

「さぁ? どうでしょう?」


 月奈さんは肩をすくめて嘯く。その目の奥は明らかに笑っていて、恥ずかしさに顔を伏せる。

 沈黙が生まれて、黙って参拝列を進む。


 綿菓子、金魚すくい、射的(月奈さんが無双しすぎてお菓子類で手荷物が嵩んだ)、いろいろやって祭りも終盤。

 あとは花火ぐらいか、と腕時計と相談できるぐらいに心が落ち着いたころ、隣の月奈さんが沈黙を破った。


「ん~おいしぃ」

「ん?」


 月奈さんの少し場違いなふわふわした声に首を傾げつつ見ると、彼女の手にはお菓子の袋があった。

 反対の手の指先には——親指サイズのラムネ……?


「ん、ジュン君どうしたの?」

「いや、何食べてんだろ~って」

「あぁ、噛むとヒンヤリするお菓子。おいしぃよぉ? ジュン君もひとついる?」

「じゃあ、いただこっかな」

「はい♪」


 受け取ろうと手を伸ばしたが、その手を無視して素早く、月奈さんが僕に手を突き出す。

 虚を突かれて固まっていると、口の中にヒンヤリした球体が押し込まれる。一瞬だけ唇に感じる指が、口の内に入り込んだ気がした。


 気にしたらからかわれて負けるだけなので、を装って、でも心ではドギマギしながらレモン味のラムネを噛む。

 シャリ、と小気味いい音が苦の中に響き、口の中にレモンのすっぱさとひんやりが広がる。でも、なぜか甘く感じてしまった。


「おいしぃ?」

「え〜お、おいしいよ。あ、ありがと」

「そっか、よかった。愛情込めて食べさせたあげたからかな?」

「そういうこと簡単に言わないでよ……」

「なんで? 本当のことだよ?」

「て、照れるからさ……すっごいドキドキするから——」

「それがいいの、それが」


 月奈さんはニッコリ笑って、視線を前に戻す。それにならって前を向くと、そろそろ社が見えてきていた。

 恥ずかしさに目をふしながら、手の中の100円玉を握りしめて何を願うか考える。


 ふと横を見ると、月奈さんはしげしげと自分の指を眺めて、顔をほのかに赤くしていた。

 次の瞬間、月奈さんは軽くその指をくわえて、噛む。

 みるみるうちに月奈さんの顔は真っ赤に染まっていく。


 じっと見てると、月奈さんと目が合った。


「っ――! み、見た……?」


 なにを? と聞き返しかけた口を閉じて、首を縦に振る。

 まぁ一種のカマかけみたいなものだ、


「うん、見た」

「っ――ジュン君は何も見てないしっ、今のことは忘れてっ!」

「わ、わかった。僕は何も見てないし、今のことも忘れる」

「お、おっけー……ふぅ……」


 なんで指を噛むところを見られたくないのかよく分からなかったけど、聞けば殺されそうな雰囲気だったので空気を読んで黙ることにした。

 頷くと、月奈さんはほっと一息つく。


 指を噛んでいて……あぁ、その指ってさっき僕にラムネを食べさせてくれてた手で——っ、まさか!

 未だに指を赤い顔で見つめる月奈さんを見つつ、ナルシストすぎる思考だと気づいたのはその3秒後。


 ちょうど参拝の順番が回ってきた。

 そういえばココって何の神様なんだろ?

 今更な疑問を抱きつつ、100円玉を親指に乗せコイントスの要領で弾く。その瞬間、隣で普通にお金を投げ入れる月奈さんがぽそりと言った。


「ここ、縁結びの神様だそうです」

「っ――」


 ココロの中を読まれた気がして動揺する。

 月奈さんに目をやるも、彼女は既に手を合わせて目をつむっていた。遅れて僕も柏手を打つ。


 縁結び。そのワードのせいがまぶたの裏を埋め尽くして――強欲な僕のクセに、お願いしたことはたった一つだった。


 顔を上げると、月奈さんはまだ願い事をしていた。

 数秒待つと、彼女も顔を上げる。

 目で促されるままに一緒に鈴を鳴らして道の脇に逸れる。


 その間、終始無言だった。

 沈黙を破ったのは、階段を降りきった後。月奈さんだった。


「まぁ、だからたくさんお金入れたかったんだけどなぁ〜。

 ケチンボでジュン君がお金持ってない情けないオトコノコだからなぁ〜」

「お金は持ってるよ! お札ならたくさん!」

「でもお賽銭するほどじゃないんだ……」

「金銭感覚は月奈さんよりあるつもりだね!」

「むぅ……ケチ……」


 話が別の方向に飛んで行ってしまい、『だから』の意味を聞きそびれる、確かめそびれる。

 不満げな月奈さんを目にして、その意味を考えていると月奈さんが表情を一転させて続けた。


「ジュン君はなんてお願いしたのかなぁ〜?」

「……教えなきゃダメかな?」

「是非教えてくださいっ」

「えと~……来年も、再来年もまたこれますようにって」


 嘘だ。


「それだけ?」

「うん、それだけ」


 嘘だ。


「むぅ……私はいないんですか?」

「……」


 嘘だ。


 そんなわけない、そう答えかけた口をつぐむ。

 この沈黙をどう勘違いしたのか、月奈さんは怒ったように頬をぷっくり膨らませた。

 悪いことしたな、と思いつつもどうも言い訳は許してくれなさそうだ、と思考を諦める。


 来年も、再来年も、ずっとずっと、月奈さんと来られますようにって願った、なんて言えるわけがない。

 罪悪感に浸っていたからかもしれない。


『私はずっと一緒に、って願ったのに……』なんて空耳がした。



 *



「花火を見るのはデートの常識だからね〜っ♪」

「だからってさ、こんなギュウギュウ詰めのところで見るの?」


 橋の上、人混みで暑苦しいの物理的に苦しいのなんのって。

 そのせいでデートがどうのこうのとかの文言に気付かず、そんな不平を心に零す。

 月奈さんはちょっと恥ずかしげに頬を染めて、言った。


「まぁ、近くで花火見れるし……それに、密着できるし……」

「っ――! そ、そっか。ねぇ、どっちがホンネ?」

「それ聞くのは不躾だと思うよぉ? まぁ……密着のほうがホンネだったりするけど……どう? ジュン君はイヤ?」

「っ——ご、ごめん。まぁ、別にいいんだけどさ」


 上目遣いで言われて断れるわけない。それに変態的思考だけど密着したいと思うのは僕も同じだ。

 そのホンネを隠しつつ言うと、嬉しそうにはにかんだ。

 まるで僕の思考を全て読み切ってからの笑みだった。


「ねぇ、花火、って言えば恋人繋ぎだよねぇ」

「な、なに急に!?」


 言葉とともに突然に手を取られ、指に指を絡められる。

 ドクドクと鼓動が速まる。

 腕を大きく動かせないから、手を振り払えない。僕は抵抗しない理由を脳に嘘をついてごまかした。


 月奈さんと目が合う。その潤んだ熱っぽい目の奥へと意識が引き込まれる。雑踏が、雑音が、周りの音が締め出されて、月奈さんの艶っぽい息づかいだけが聞こえる。

 ほのかに、月奈さんの顔が赤い。


「ジュン君……」

「っ……」


 いつの間にかもう片手も取られていて、恋人繋ぎされていた。

 本能で手の中のぬくもりを握ると、ぎゅっと握り返される。

 月奈さんの顔が近づいて焦点が合わなくなる。彼女の匂いが鼻先をくすぐる。


 その寸前、花火の音が耳の中で響いた。

 その音で我に返り、繋いでていた手を離し、月奈さんと距離をとる。と言っても周りには人がいっぱいで結局かなりくっついたままだけど。


 わーお、サイアクのタイミング。


 言いつつ僕も花火ほどに空気も読まず、そんなベタな感想を心の中で転がしてココロの平常を取り戻そうとする。


 その瞬間、離れていた手がもう一度絡め取られ、素早く体を寄せられ……頬に、柔らかい感触を感じた。

 湿った音が、耳に響いたのをよく覚えている。花火の音にかき消されないほど、雑音や歓声に邪魔されないほど、澄んで。


 それ以降の、繋いだ手のぬくもりも、月奈さんから香る柑橘系の匂いも、よく覚えている。


 その代わり、見ていたはずの花火も、その後聞いていたはずのアナウンスも、その後の事もよく覚えていない。


 ただ、頬に、柔らかい月奈さんの感触を覚えているだけだった。









PS:やっぱり素でいいとは言え、タメ口ってむずかしぃ……あと恥ずかしぃ……。いつもよりも距離が近くて……。

 さ、最後のはっ……まぁ、空気を読んでのことで別に私の裁量で決定された行動では——!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る