第27話 裸を見せる酒飲みメイドは、僕に前より甘えだす

※主人公に重大な過去があってそのせいで時々記憶なくなるとかそういう主人公スペシャルはないのでご安心を。




「ねぇ月奈さん」

「な、なにかなっ?」


 お屋敷の前。

 ジュン君は正門、私は使用人裏口から入らなければいけないのでここでお別れだ。

 少し寂しく思っていると、ジュン君が私の手を離す。本格的に胸の内が悲しさでいっぱいになって、思わず泣きそうになる。

 すると突然にジュン君に頭を捕まえられ、上を向かせられる。


 状況を理解するよりも前に、ジュン君の顔がぼやける。

 目尻に溜まった涙のせいじゃない、近すぎたせいだ。


「月奈さんのせいだ」


 不満げで、どこか押し付けがましくて、でも優しい声がして、彼の影で暗くなった視界の外、カサついた唇の感触を額に感じた。

 それだけで、胸が暖かくなった。

 離れても、寂しくない。


 ——少ししか、寂しくない。



 *



「うぁ……」


 目を開く。

 白い天井が見えた。シミひとつない、綺麗な天井だ。


 知ってる天井だ。

 ……うん、だって自室だもの。当たり前か。

 ラノベ的異世界転移ではなかったのかと一瞬落胆。

 しかし月奈さんと離れ離れになるのは嫌なので結局喜んだ。


 枕元の時計を確認すると、朝の九時。

 久しぶりにこんなに寝坊したな……あぁ、いつもは月奈さんが起こしてくれてたからで――っ!


 脳内でやたら言葉を弄んで記憶を手繰る。

 その瞬間、昨日の光景がフラッシュバックした。

 思い出した恥ずかしさとか、嬉しさとか驚きとか、全部がごっちゃになって思わず頭を抱える。


「やっちまった……」


 いや、僕は何もしてないか。

 今し方の自分の発言を取り消して、更に記憶を手繰る。


 あの後、無言で帰ったんだっけ……。ずっと手は握ってた気もするけど……昨日の月奈さん可愛かったなぁ〜……。


 回想にふけり、ふと今更なことに気づく。

 月奈さんって僕のこと好きなの!? いや絶対好きだよね! あれはもう告白と受け取ってもいいのかな!?

 キスし返すべきだったのかな!?


 叫ぶココロに反発して壁に頭を打ち付ける。

 その原動力は恐怖。勘違いした結果、向けられる白い目。

 恐怖に心臓がすくむと同時、ココロも押し黙ってくれた。未だ、あのキスは告白なんだと無言の主張をしつつも、だが。


 ともかくこれ以上記憶を手繰っても恥ずかしいのしか出てこなさそうなので、思考をストップ。

 自分の服を見下ろして、そういえば着替えてなかったことを思い出す。いや、それ以前に――


「ヤッバ、お風呂入ってない」


 クローゼットから着替えを取り出し、お風呂に向かった。

 敢えて、休日でも僕の部屋に入り浸る月奈さんがいないことを忘れて。

 その理由を突き止めることが、怖かったから。



 *



 本館と使用人館はお風呂の区画で繋がっていて、つまりお風呂は共用だ。渡り廊下地上ver.と言えば話が早いか。ちなみに来賓館は別で、各部屋に煌びやかなお風呂がある。


 それはともかく、我が家には数種類のお風呂がある。

 男女別の旅館にあるような大浴場。

 民家のものの2倍ぐらいの広さのジャグジー風呂。

 バスタブのない文字通りのシャワールーム。

 僕はいつもシャワールームを使っている。


 お気に入りは端っこから二番目だ。中に入って扉を閉め、後ろ手に鍵を掛ける。

 この鍵のおかげで誰かと鉢合わせする心配はいらない。

 中から聞こえてくる鼻歌に乗って僕もハモりつつ、その場にスリッパを脱いで上がり場に登る。


 試しにシャワーだけの浴室を作ってみよう、ってなってから早数年、意外と人気が出て急遽増設されたのだ。今では数十室以上あるらしい。

 中はドライヤーや保湿クリーム、その他ヘアーアイロンなり化粧水なり、と完備完備の目白押し。

 これが人気の理由のひとつとも言える。


 そんなことを考えながら棚にある籠を引き出して――気付く。

 籠の中に服があった。シャツやズボンに混ざってちらり顔を出す下着――女物の、下着。


 そこで疑問が生まれる。

 なぜ鍵の掛かってないシャワールームから鼻歌が……?

 慌てて浴室の方を見る。相変わらずの鼻歌、シャワーが床に当たる音、そしてなにより曇りガラス越しに見える人型のシルエット。

 その形は、女性。


「っ――!?」


 慌てて部屋を出ようとして、思わずコケる。その瞬間、シャワーの音が止んで、曇りガラスのドアが開く音がした。

 反射でそちらに目を向けて、彼女と目が合う。

 幸か不幸か、彼女は首元までしかドアから体を出していなかった。下半身どころか胸すらも見えない。


 だが、水を滴らせるツヤツヤの髪の毛が、彼女の周りに立つ白い湯気が、彼女の匂いを乗せて漂ってくる熱気が、その全てに心臓が高鳴る。


「えっ――!?」


 そしてもう一つ。

 幸か不幸か、その彼女とは――月奈さんだった。

 ぽかん、と口を開けた月奈さんが僕を見下ろす。

 脳内でどう言い訳しようか考えて、何も思いつかなくて、無言で立ち上がった僕は彼女に深く一礼、潔く(?)シャワールームを出ようとする。

 その瞬間、外から声が聞こえてきた。


「シャワールーム満室だった~。そっちは?」

「こっちも全部鍵かかっとる。どないしよか?」

「まぁこんだけあったらすぐに一個ぐらい空くでしょ~」

「せやね、ちょっとぐらい待とか。もしあれやったらウチら一緒にはいらへン?」

「ん~いいね~」


 本能が、出てはいけない、と叫んでいた。

 前門に虎、後門に狼。

 ちなみに虎の方は百合が混じってそうだ。

 狼の方は言わずもがな、僕の方が狼になりそうだけど。


「じゅ、ジュン君?」

「え、えと~……か、鍵掛かってなかったよ……?」


 なけなしの余裕を振り絞って、上がり場に腰を掛けて月奈さんを見ないようにして言う。

 直後、ガタッと月奈さんが倒れる音がして、振り返り掛けた首に月奈さんの腕が掛かる。

 背中に当たる柔らかい胸が僕の理性を容赦なく削る。

 肩からこちらを覗く月奈さんの息は、少し酒臭い。

 月奈さんもお酒飲むんだ、とか場違いな感想が頭に浮かんだ。


「昨日、嬉しかったです……ありがとうございます……」

「えっ、あっ、うん……」

「最後の、特に嬉しかったです……。だから見て、おでこ、絆創膏貼ってるんです。薄れないためにぃ〜」


 月奈さんが僕の顔を覗き込んでニヘニヘ笑う。確かにその額には、絆創膏が貼ってあった。

 情報量が多すぎて理解が追いつかない。


 ただ、首の皮一枚つながった理性に全てを任せる。


「つ、月奈さんっ!」

「はぁい、ジュン君の月奈です♪」

「は、離れてッ!」

「ヤ~でぇす。ジュン君がぎゅーってしくれたらぁ、考えなくもないですけどぉ」


 いつもと違って間延びして、甘ったるい声が耳の中を犯す。

 どこかで聞いた記憶がある。似た声音を脳内で検索するとすぐにヒットした。

 昨日の月奈さん、完全に素の月奈さんだ。

 お酒を飲んでいるならわからないでもない。


 考えているうちに月奈さんは僕の首にキツく腕を絡めて、不安げな声音に変えて続けた。


「昨日のこと……ヤでしたか?」


 何のことかすぐに分かって、答えを頭で考えるより先に、体が勝手に首を縦に振らせていた。

 その動きに、月奈さんが安心したような息を吐く。


「良かったぁ~……実はぁ、私も大事な思いでにしよぉって思ってたんでっす♡」


 僕の肩に口を当てて、ふがふが喋る。くすぐったさに身をよじろうにも、体をホールドされて動けない。

 背中に感じる彼女の気配に心臓の音が大きくなる。


「ふ、服を着たほうがいいんじゃないっ?」

「ん~……我に返ったときにすっごく恥ずかしくなりそうですけど、もーちょっと、このままがいいです……。

 その後で、服は着ます……」


 その数秒後、宣言通り我に返った月奈さんが慌てふためいて、僕はその場で頭を抱えるほかなかった。



 *



「ジュ~ン君っ」

「……あのさぁ、昨日からすごいベタついてきてない?」


 シャワールーム事件の翌日。

 おでこにキスだとか、よくわからないことを叫んでいた月奈さんに服を着てもらい、いろいろと土下座してすべてリセットしてもらった。

 まぁ、僕の心中は全然リセットされないけど。


 月奈さんのツヤ肌と、未だに頬に残る唇の感触は忘れられない。月奈さんは相変わらずおでこに絆創膏を貼っていた。

 怪我? と聞いたら覚えてないのかと問い詰められ、素直にうんと答えるとなぜか怒られた。

 僕が無意識のうちにキスでもしたんだろうか。まぁそんなワケないか(しかしそんなワケがあった)。


「まぁ湿度高いですもんね。でもクーラーのおかげで涼しいですよ? 除湿モードも入れます?」

「違う、月奈さんが」

「え~そうですかぁ?」


 月奈さんが僕に体重を預けながらゲームのコントローラーを弄る。それに声も間延びしていて、甘かった。

 肩に感じる月奈さんの頭の重みに、そこから漂ってくる強烈な月奈さんの匂いに、頭がクラクラする。


「まぁ、裸の付き合いをした仲ですもんね」

「ちょっ、語弊を生むからやめようか!? あとリセットした話題だよね!?」

「え~でも文字通りじゃないですかぁ。ま、肌を見せたのは私だけですけど。

 それにリセットしたのは見られた羞恥心とか、ときめく乙女心とか……それだけで、事実はリセットしてません……」

「語弊を生まないためにひとつだけ言うと、僕ホントに月奈さんの体見てないからね?」


 見ていない、見ていないのだ。

 多分きっとずっともっとMaybe……見ていない、はず。

 曇りガラス越しのそのシルエットはくっきりと見たが。


          「……私にとっては思い出なんですけど……」

 月奈さんが不満げに、何かをぼそぼそ呟いて、更に僕に密着した。右腕に昨日の感触がよみがえって、コントローラーが手から滑ったのは余談だ。








PS:ちょっとぐらいは勝率はあると思っていいんですよね!?

 長くなってしまいました、ごめんなさい。

 遅れまして、鶺鴒優雨凛様、素敵なレビューありがとうございます♪


 コメント、ハート、お星様、宜しくお願いします。

 

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