第28話 泳ぎに行きたい甘声メイドは、僕を泣かせて赤面する




「ねぇジュン君、泳ぎませんか?」

「え? 泳ぐ……?」

「はい、すうぃみんぐっ、って奴です」

「……ひらがななのは何故に?」

「そっちの方が可愛いかな?と思いまして……」


 くっ……月奈さん、よく分かってらっしゃる……。確かに可愛いよあんたは……!

 悔しいながらも心の中で賞賛する、夏休み中頃の今日。


 月奈さんが、僕が宿題をするうしろでそわそわして、結局僕の勉強を邪魔してきた今。ホントに邪魔なら退出を願うところだが、僕にそんなことをする度胸がないことを、月奈さんはよく分かってらっしゃる。


 心のなかで言葉を連ねていると月奈さんがそれをぶった切る。


「で、どうですか? 可愛いですか?」

「否定しないでおくよ……」

「そうですか。で、泳ぎませんか?」


 僕が敢えて脱線させた話を月奈さんが戻して繰り返す。

 くっ、人の気も知らないで僕のトキメキを乱しやがって……。

 おねだりするような——自覚しているのだろう、誰も断ることなんてできない目をして、月奈さんが僕を見上げる。


 この時点で僕が泳ぐことは既に確定していた、が——

 何故かその日は負けん気が強かった。

 ここ最近ずっと月奈さんがベタベタに甘えてきて、そのたびにドキドキさせられてたからかもしれない。

 つい、脊髄が脳の許しも請わずに喉を震わせる。


「うんと可愛い水着、僕だけに見せてくれるなら――、いいよ」


 僕だけに――強い独占欲の混じった、せめて言わないでおこうと脳が決意していた言葉が口から飛び出す。


 沈黙が、硬直が、月奈さんの顔が朱に染まっていくのが、数秒。顔の赤さが最高潮に達した瞬間、月奈さんは僕から飛び退いて器用にベッドに尻餅をついた。

 片手の平を僕に突き出して、もう片手で僕の布団をかき寄せて、声にならない悲鳴を上げる。


「そ、それならっ――み、水着選ぶのでっ、明日ッ、明日に入りましょう!」

「わかった。じゃあ待ってる」


 しまった、発言権はまだ脊髄にあったのか。

 自分の発した言葉に限界まで羞恥心を煽られて、煩悩と妄想でグチャグチャになった脳みそは、一転して冷静に、心の中でそう呟いた。

 そんな僕を尻目に、月奈さんは逃げるように部屋を飛び出していった。



 *



「……わぉ……」

「そ、その……ど、どうですか? 頑張ってとびっきり可愛いの……選んできました……」


 月奈さんは時々めちゃめちゃコドモみたいになる。

 ですます口調がメイドのモノからまるで、後輩が先輩に向かって話すときみたいなモノになる。


 いま、月奈さんは僕の前で顔を真っ赤に染めて、水着を恥ずかしげに見せていた。

 羽織った硬めのジャケットを少し開き、中からビキニを見せつける。それはとてつもなく——エロい。

 今、月奈さんのコドモっぽさとビキニによって強調される胸のツッパリのギャップが絶妙で――


「えっろ……。えろかわ……」

「えろ!?」

「しまったホンネが!」

「ホンネ!?」

「違うっ、ホンネは雰囲気がそこはかとなく年下でコドモっぽいのに体がオトナだからっ――だから、そのギャップが……」


 言い訳をしてて、気付いた。

 コレ、言い訳になってないじゃん。こんな言い訳して、いいわけ? って、そういうギャグを求めてるんじゃない!

 バカな思考をする頭を振り振り、思考をリセットする。


 我に返って月奈さんを見ると、彼女は不満げに頬を膨らませて言った。


「性獣の本能で褒められるのも悪かないですけど……まずは、恋魂ってやつで褒めて欲しいところですね……」

「っ――か、可愛い……と、思う」

「……ソウデスカ……吝かやぶさかではありません」


 片言の返事と裏腹に、その表情はそこはかとなく満足に満ちあふれていた。

 その変化が可愛く思えてしまって思わず口角が上がる。

 そのまま見続けていると、視線を感じたのか月奈さんがジャケットの前を寄せて体を遠慮がちに隠した。

 そして赤い顔で言う。


「はぅ、そんなに熱い視線を向けられると困っちゃいます……」

「ご、ごめん」

「まぁ、でもジュン君なら、むしろ見てくださいっ!」


 そう叫ぶ月奈さんの顔を見返すと、頭の中に違和感がよぎる。

 恥ずかしそうに赤い顔をゆがめているものの、目の奥の小悪魔な感情を隠しきれてない。

 その目はまるで、罠にかかる獲物をじっくりと待つ、クモのようで……。

 完全に僕をからかおうとしていた。


「っ――入ろっか! プール!」

「ちぇ、つまんないですねぇ、全く……。

 せっかく私がジュン君にサービスしようとしていたんだから少しぐらい乗ったらどうです?」

「やっぱり罠じゃんか、危なかったぁ……。

 サービスしてくれたとしても、その代償としてめちゃくちゃからかうつもりだったんでしょ? 誰が乗るかよそんな罠」

「いつもジュン君が乗ってます。まぁ、私の胸に興味津々ってのはよくわかって嬉しかったですけど」

「別にそこまで興味津々なワケじゃないし! ただ水着可愛いなって思っただけだから!」

「っ——不意打ちずるいです……」


 月奈さんは顔を赤くして目をそらす。

 完全に言葉のセレクトを間違えてしまった。事実を述べているだけだが、彼女が可愛いことを言っただけだが、恥ずかしい。


 気まずい空気に彼女と距離をとって、プールに向かって歩きはじめる。沈黙が続く中、深呼吸をひとつ、思考を巡らせる。


 さて、今日はどうやって月奈さんを視姦しようか……。



 *



 風呂が何種類もあって、そもそもミニ首相官邸サイズのお屋敷が三つぐらいあって、小さめの校庭があって、お風呂の数を思い出せるかどうかも怪しいぐらいにあるのだ。


「そりゃプールだってあるよねぇ……」


 もちろん、10*10メートルサイズだけれども。

 ちなみに水は張ってあるけど屋敷の使用人は偶数日のみ自由に入れる。今日は奇数日だが、月奈さんは僕同伴なので例外だ。


 浮き輪に体を預けて揺られながらぼーっとする。

 誰とも話さず一人でぼーっとする。

 と、いうのも。


『私アイスとか持ってきますっ』

 そう言ってプールに入ったと同時に出て行ったのだ、仕方がない。月奈さんがいなきゃ楽しいものも楽しめないのだ。

 あぁ、これが惚れてしまった弱味よ……。

 なんてオッサン臭い感想を零していると月奈さんが戻ってくる。

 浮き輪に乗っかったまま手で水を掻いてプールのふちに寄る。


「お待たせしましたっ」

「ありがと……でもプールの中に落としちゃったらヤバくない?」

「大丈夫です、ジュン君が落としたら食べちゃうんで」

「そういう問題じゃなくて……。まぁ縁で食べればいい話か」

「さ、食べましょ食べましょ?」


 月奈さんは縁に腰掛けてパピコをちぎって僕に突き出した。ヘタの部分は既に取られていて、見上げると月奈さんが二つのヘタを咥えてアイスを吸い出していた。

 呆れた目を向けると、月奈さんは恥ずかしそうに笑う。


「私、欲張りなのでジュン君のももらっちゃいましたぁ♡」

「いや……まぁなんというか、欲張りだね」


 少し呆れつつ受け取って、パピコをかじる。

 口の中にクリーム状のシャーペッドが広がり、頭がキンッてする。これが暑い太陽の下だととてつもなく気持ちいい。


「私はジュン君のものをいろいろと食べたいんですよ」

「やめようか!? 変なこと言い出すの!」

「お断りです。それよりねぇジュン君、私気づいたことがあります」

「……なに? 嫌な予感しかしないんだけど……」


 嫌な予感しかしない。

 月奈さんは悪戯っぽく黙ってニコニコしたあと、口を開いた。


「ジュン君って私のこと好きですか?」


 一瞬、セミのうるさい声が、ぱちゃぱちゃと月奈さんが水面を蹴る音が、うるさいぐらい耳に響く。

 月奈さんを見上げる。彼女の顔は真剣そうだった。


「す、すきって……どういう意味で?」

「さぁ? メイドとしてか、交友関係としてか、異性としてか、何でもいいですよ?」

「いきなり何で……?」

「ちょっと気になったんです。さ、言ってください」


 言わなければいけない、そう義務感にかられる。

 沈黙が生まれる。その沈黙が続くほど、頭の中の羞恥心は大きくなっていく。

 月奈さんを見上げて、目があう。期待するような彼女の目に、口が突き動かされた。


「そりゃ……まぁ、好きだけどさ。メイドとしても、人としても……」

「異性としては?」

「それはっ……さ、さぁ? どうだろうね」


 余裕ぶって躱そうとしても上手くいかない。

 すくめる方がぎこちない。

 月奈さんが意味深に笑うので、思わず顎をしゃくって聞き返した。月奈さんはどうなんだ、と。

 意味が伝わったのか、月奈さんはパピコを吸った後に破顔する。


「私はジュン君のこと三番目で好きですよ?」

「っ——さ、三番?」

「えぇ、三番目で、です」


 その瞬間、視界がくらむ。

 ふらっとした体を月奈さんが支えてくれた。


「大丈夫ですか?」

「あ、うん……そっか」


 三番目なんだ……。

 落胆しつつ、パピコを吸った。しょっぱい味がした。

 だから僕は気づかない。


「三番目の意味で、ってつもりだったんですけどね……」


 月奈さんが、赤い顔で何かをつぶやいただなんて。








PS:甘さ控えめ、きっと誤字多め、謝罪します。

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