第25話 素が可愛すぎる月奈さんは、僕に綿飴を舐められたい
「ジュン君、お待たせしましたっ……」
「っ――や……よ……ど……ど、どうも」
挨拶に迷った結果、出てきたのは社交辞令的な言葉。
不満だったのか月奈さんは数歩下がり、また近づいてきながら言う。どうやら仕切り直しを目論んでいるらしい。
そこでようやく、彼女の姿を目にする。
「ジュン君、お待たせしましたっ♪」
どう答えるべきなのか、知らないわけじゃない。
ラブコメ小説を読んだことがないわけじゃない。
ただ、彼女の姿に言葉が詰まる。
淡い桃色の下地の上に練乳色のチェックの入った、でも意外と『和服』してる和服。髪の毛のお団子から伸びる可愛らしい髪飾り。
顔がいつもと少し違うように見えるのは彼女のナチュラルメイクか。それともお出かけ効果か。
『月奈ねぇ』の時も微妙に抜けきらなかったメイドの印象が完全に抜け、今はただの可愛らしい女性、だった。
ですます口調すらがメイドとはかけ離れた彼女を演出して、『月奈ねぇ』のタメ口よりも、心地よく感じた。
同時に距離も感じて、悲しくなったが。
「そ、それほど待ってない……」
「そっか、よかったです♪」
「あと、できればタメで話してほしい……。月奈ねぇ、じゃなくて月奈さん、として……。遠い、から」
感情が口からこぼれる。それに気づいて口を抑えたのはもちろん手遅れ。ラグは3秒ぐらいか。
月奈さんは頬を赤くして頬にかかる髪の毛をくるくる指に巻きつけ、僕から顔をそらす。若干震えてる唇から声が漏れる。
「立場上本当はだめなんですけど……まぁ、今だけ特別っ♡
タメでしゃべたげる。でも私、こう見えて結構わがままだからね? 覚悟しといてね?」
覚悟しといてね、の瞬間に耳元に顔を寄せられて囁かれる。
耳の中に吹き込まれた吐息に体がはねた。それを見て月奈さんが笑う。そして続けた。
「けど……それって、ジュン君のこと一人のオトコとして見ろってことなのかな?」
「っ——いやっ、そういうわけじゃっ……」
「そっかぁ、私ちょっと期待しちゃったなぁ〜」
彼女は弾む声で喋ったあと、恥ずかしげに目を伏せる。
初めて、彼女の素のタメ口を知った。『月奈ねぇ』の時のは全く素ではないと今更知った。
ホンモノは、もっと純で甘くて照れ屋だった。
心臓が鼓動を速め、その存在の主張を強める。
「……まぁ、別に
「っ——考えときます……」
沈黙が数秒、心を決めて——いや、心に突き動かされて手を伸ばす。そのまま月奈さんの手を取る。すぐに切れてしまわないよう強く、でも押し付けがましくならないように優しく。
彼女は虚を突かれたように僕を見上げ、繋がれた手を見下ろし、見比べる。
そして元から赤かった顔を更に赤く染める。
何か言わなきゃ。そう脳を働かせる。喉を震わせようとする。でも、なんて言えばいいのかわからない。
ぐちゃぐちゃになった思考は単純化を図り、ソレすらも『複雑』の一つに加えられて、思考はただの一本道と化す。本能に帰ろうとする。
素直に、なる。
「その……僕は、手を、繋ぎたい……から、いこ」
途切れ途切れにそう言って月奈さんを引っ張る。
それが良くなかった。
履き慣れていない高い下駄。小石の敷き詰められた凹凸の大きい道。当然のように月奈さんの体が傾ぐ。
「あっ……」
ぽすん、と月奈さんの体が僕の胸元に落ちる。反射的に動いたのが吉と出た。
月奈さんの柑橘系の香りが鼻をくすぐる。柔らかい体を全身に感じる。ドキドキと心臓が高鳴りを始める。胸元に顔がある彼女には丸聞こえだろう。
頭の中はイヤに冷静に事を判断していた。
「ご、ごめん」
「大丈夫、だけどありがと……」
上擦った、でも艶っぽい声が返事する。
掴んでいた手を離すと、即座に月奈さんが僕の手を奪った。
そして反対の、彼女の肩を掴んで体を離そうとする僕の手も奪って両手をつなぎ、もたれかかってくる。
「もうちょっと……このままがよかったりするし……ね?」
下から見つめられ、ただ頷くことしかできなかった。
道の邪魔にならないように動こうとした時、月奈さんが
*
「ジュン君、あれ食べたいなぁ〜」
「けむり?」
屋台に挟まれた道を歩いているときだった。
月奈さんが指差した方向には『わたがし』とひらがなで大きく書かれた看板がある。
つい自分が勝手につけたあだ名で呼べば、月奈さんはくすっ、と小さく笑って言った。馬鹿にされてる気がしてジト目で睨むと月奈さんは肩をすくめる。
「へぇ、『けむり』って言うんだぁって思ってね」
「じゃあ月奈さんはなんて呼ぶのさ?」
「私は『くも』かなぁ〜♪ いいね、けむりかぁ。けむり、けむり……うん、かわいいねぇ」
煽ってるのかと月奈さんをみるが、その頭は意味もなくふむふむと上下に振られていた。
珍しく頭の悪そうな所作に感想が見当たらず、無視して話を戻すこにする。ちなみに支払いが僕で確定していることについては何も言うまい。
「Mサイズ?」
「ううん、Lがいいなぁ」
「えぇ〜、そんなに食べれる? 太るよ?」
「ジュン君のいけず〜っだ!」
月奈さんに肩をどつかれてよろめく。繋いだ手で僕を支えながら月奈さんはべーっと舌を出した。
いつもだったら絶対にしない月奈さんの暴挙に驚きつつ、でも月奈さんは幸せそうにエヘエヘ笑っていたので許すことにした。
「おじさん、綿飴Lサイズ」
「あいよっ!」
お金をきっちり渡すと、すぐに出来たての——月奈さんの顔サイズの綿飴を返される。
道の邪魔にならないように屋台裏へと月奈さんを誘導する。
月奈さんはそれに気づいたのか、やるじゃん、みたいな顔で僕を見た。当たり前ですぅ〜っ、って顔をして無言で返すと、ものすごく呆れた顔をされた。
無言のコミュニケーションをとりつつ綿飴を渡すと、月奈さんは顔を綻ばせる。
「おっきぃ〜」
「食べれるの?」
「もっちろんっ! ジュン君ありがと、いただきま〜す」
月奈さんは綿飴にそのままかぶりつく。
いつもの性格からしたらちぎって食べると思っていたので驚きだ。顔に出ていたのか、彼女は綿飴からひょっこり顔を出し、ウィンクして見せた。
そのまま何度かかぶりついた後、ようやく口を離す。
口の周りは予想通り、綿飴でベタベタになっていた。
「めっちゃついてるよ?」
「じゃあ取ってほしいなっ」
月奈さんは腕を広げて綿飴を体の横にそらし、僕に半歩近づいて見上げる。そして目を閉じる。
キスをねだられてるみたいで、心臓が跳ねる。
勘違いした本能が思わず顔を寄せて……肌が触れ合う寸前で我に返って離れる。
「むぅ……舐め取って欲しかったなぁ〜」
「おっ、お断り!」
「でも、直前までそうしようとしてくれてたでしょ?」
「なっ、まさか見て——」
「さぁ? でもなぁ〜背伸びすればよかったなぁ〜、失敗しちゃった」
冗談みたいな声音のくせに、なまじっか笑い飛ばせない顔をしていて戸惑う。結局、奇跡的にポケットにあったウエットティッシュで拭いた。
やってる最中、ずっと月奈さんと見つめあっていて、終わってから我に返って顔が赤くなったのは秘密だ。
次こそは、指でぬぐってそれを舐めて、月奈さんを恥ずかしがらせてやる。
心に誓っていると月奈さんが口を開いた。
「ジュン君もいりますか?」
「あ、じゃあいただこっかな」
「じゃあ、あ~んです」
もとから千切っていたのか、間髪入れずに口の中に綿飴を突っ込まれる。一瞬、唇に触れた指のその感覚に胸がときめく。
綿飴はもとから少し湿って固くなっていた。
顔を上げる、と月奈さんが顔を真っ赤にしながら、指を加えて悪戯っぽく笑っていた。
僕と目が合うと慌てて指を離して口を開いた。
「お味は? おいしぃ?」
「……あまい、でもおいしい。ありがと」
「えへへ、そっかぁ……」
何故か照れたように笑った彼女は、顔を隠すように綿菓子にかぶりついて、恥ずかしさにか体を震わせた。
可愛すぎて、思わず抱きしめかけたのは秘密だ。
僕が彼女の悪巧みをしることはなかった。
PS:そう、素は天然のおちゃめなおねーさん。
勝手な一週間ものお休み、ごめんなさい。
文体が乱れた投稿再開のスタートダッシュですが、お許しください。
コメント返信はいつも通り月奈さんの担当です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます