第2話 紅茶のおいしい小悪魔メイドは、僕との年の差を気にしてる




「ジュン君、紅茶を入れましょうか?」

「え? あぁ、お願い」

「かしこまりました。ジュン君は好きなんですね。……紅茶が」


 少し意味深な言い方をした月奈さんを睨む。彼女はくすくすと口に手をあてて笑った。


 なにを隠そう、僕は紅茶がオレンジジュース並に好きなのだ。どれぐらいかというと、アメリカ人がコーヒーを好きなぐらい。

 久しぶりに飲むのでテンションが上がる。

 最初はそれほど好きというわけでもなかったけど――


 そこで、月奈さんが扉から出て振り返り、からかうように言った。


「私が入れると美味しいですか?」

「っ――さ、さぁ? 月奈さんのしか飲んだことないからなぁ~」

「そうですか。では、失礼します」


 嘘である。

 月奈さんが部屋の前から去ったのを確認して息を吐く。


 自分で入れてみたことがあるけど、美味しくなかった。

 インスタントを買ってみたけど、誰が入れても同じ味になるぶん、質が悪くてあまり美味しく感じなかった。金持ち気質なのは理解しているが、実際金持ちなので謙遜することもない。強いてするなら、僕の財産ではないということか。


 実際、自覚していたりする。

 月奈さんの入れる紅茶はとても美味しい。

 でもって、自分を誤魔化していたりする。

 月奈さんの紅茶を入れるテクニックがすごいからだなだけだ。決して、僕が月奈さんを意識しているわけじゃない。


 そんな思考で数分の浪費。


「ジュン君、お待たせしました」

「あっ、あ、ありがと」

「どうかしました?」

「いや? なんでもないよ?」


 月奈さんのことを考えている時に月奈さんが入ってきたから驚いた、なんて言ったらからかわれるに決まってる。

 下手くそなごまかしをすると、少し訝しげな目をした月奈さんはため息を一つ、テレビの前の机にお盆を置いた。


 月奈さんが腰を下ろす寸前に、クッションを滑らすと、目でお礼をしてきた。

 目で返して、月奈さんの隣にクッションを落として座る。 


「ジュン君、高校には慣れましたか?」

「……まぁまぁね」


 嘘だ。実は全然なじめていない。

 理由は一つ、初対面の人とのコミュニケーションが苦手だ。

 月奈さんはそこまで分かった上でか、にっこりと微笑んでティーカップに紅茶を注いだ。ふわり、と暖かくて柔らかい匂いが立つ。


「何かあったら相談、してくださいね?」

「うん、分かった。いただきます」


 紅茶を啜る。やっぱり美味しかった。


「おいしい」

「そうですか?」

「うん、月奈さんの味がする」


 言った瞬間、月奈さんの表情が固まった。

 そして、急にドモリだす。


「そぅですか? 別にぃ、唾液とか血を入れてるわけでは無い……です、から。たぶん」

「……わざとらしすぎる反応に賭けて聞くけどさ、冗談だよね?」

「えぇ、もちろんです。……きっと」


 月奈さんはキョロキョロと視線を泳がせてから、しっかりと頷いて、しかし目を逸らした。いつもの月奈さんの態度から見ればわざとらしすぎて、逆に真実味を帯びているように思える。

 月奈さんはもじもじとして、僕と目が合うと顔を伏せた。


 手の紅茶に目を落とす。

 このなかに月奈さんの体液が入ってる……のか? いつもと180度違う態度に自信をなくしてしまった。


 想像してみる。まさかと思い直してもう一口、さっきよりも妖美な味がした。ハッキリ言えば、興奮する味がした。

 自分が怖くなって紅茶をお盆に戻す。

 ま、まさか僕は「そういう」性癖なのかッ!?


 焦った僕を見て、こらえきれなくなったのか月奈さんが笑い声を上げた。


「あははっ、ジュン君面白い反応をしますね。もちろん冗談ですよ。もしやるとしたらとっくのとうにしてますから」

「っ、びっくりさせないでよ、もうっ! ……って、「そういうの」やる系の人なの?」


 聞けば、月奈さんはふい、と目を逸らして顔を赤くして言った。


「乙女はみんな好きな人にはしたくなっちゃうモノなんですっ」

「すっ、好きって!」

「……わ、私はジュン君のことが大好きです」


 赤い顔で言われる分、なまじっか真実味を帯びているような気がしてドキドキする。

 でもどうせからかってるだけだ。

 そう思って次の言葉を待っていると——沈黙が広がった。


 気まずくなって、話題を変える。変えようとして、失敗した。

 さっきまで赤かった月奈さんの顔は、話題を変えた瞬間に切り替わった。そのメリハリが羨ましい。


「えと……「そういう」のって、やったりしたことないよね?」

「なんですか? 私の唾液をご所望なら直接のませて差し上げますが……。どうされますか? ジュン君? ジュン君、私のだ、え、き、飲みたいですか?」


 スッと月奈さんの顔が目の前に広がる。少しでも顔を前に動かせば、キスしてしまう距離。ドクドクと心臓が跳ねる。

 ハッキリ言ってキスしたい。したい、したいしたい。


 顔が前に動きかける。でも、止まる。


 月奈さんは僕をからかってるだけで、ここでキスしてしまったら、関係が崩れてしまう。

 それは……月奈さんが僕の専属メイドから外れるってことで……イヤだ。そんなのはイヤだ。


 理性が働く前に、先に月奈さんが動いた。

 僕から体を遠ざけ、僕の唇に人差し指を押し当ててウインクする。

 ひんやりした指が唇を塞ぎ、何もしゃべてなくなる。


「時間切れです、ジュン君♡」


 思わず心臓が跳ねる。月奈さんの指が離れる。

 それが、名残惜しく感じた。感じた自分が怖くて、顔を逃す。


 月奈さんが紅茶に口を付けて、軽い口調で言った。


「これ、実はインスタントなんです」

「えっ!?」

「これはホントですよ? お台所にあったのですぐ分かりました。ジュン君、もしかして自分で作ろうとしてたんですか?」

「うっ……まぁ、そうだけど」

「……言ってくれればいくらでも私が作るのに」


 本気でむくれているのか、いつもの敬語が抜けている。

 胸がときめいた。顔から火が吹き出そうになる。

 そこから一転して、月奈さんは悪戯っぽく笑った。


「実はハチミツをちょっと入れたんです。一工夫でインスタントってすっごく美味しくなるんですよ?」

「そ、そっか」


 ちょっとだけ安心する。

 「月奈さんが作った」ってだけで美味しく感じてるだなんて恥ずかしいから。まるで意識しまくってるみたいで恥ずかしいから。


 実際そうだろ、ってツッコミは聞こえないことにした。

 横をみると、なぜか人差し指を自分の口に押し当てていた月奈さんが、僕を見て、慌てたように居住まいを正す。


「まぁ、なんでも、人が作ってくれたものって美味しいですよ。こんどジュン君に入れて欲しいですっ」


 いつもと違って弾んでいる月奈さんの声に、思わず顔が真っ赤になった。

 一方、月奈さんも顔を赤く染めて、紅茶を啜った。



 *



「そう言えばさ、月奈さんってなんさ――」

「ジュン君ッ!」

「ひゃ、ひゃいっ!」


 月奈さんが怖い顔をして僕を睨んだ。

 口は閉ざしつつも思考は止めない。

 もし月奈さんが30代だとヘコむ。だって……ちょっと年の差が激しすぎる。僕は16歳だ。許容ラインは26歳ぐらい。


 月奈さんは怒ったような顔をして、でも声は優しく言った。逆にそれが怖かった。

 ちなみに、目からハイライトは抜けていないものの、座っていた。


「ジュン君、女性に年齢を聞くときはですね。年の差婚ってどれぐらいまで許容ですか? って聞くべきなんです」

「は、はい……?」

「じゃあお手本を見せるので、答えてください。ジュン君、年の差婚は何歳差まで許容ですか?」

「え、えと……上10、下……は分からないです」


 何故か月奈さんが拳を固めて腕を引いた。

 そしてニッコリと笑い、目で「聞き返せ」と言う。


「え、えと……月奈さんはどうですか? と、年の差のボーダーは……」

「私は下5までです。なので私たちギリギリ結婚できますねっ」

「なっ――」


 恥ずかしさで沸騰した脳みそをよそに、冷えた脊髄が僕の年齢と「下5」と「ギリギリ」の言葉から、21、という数を出す。

 月奈さんはにへにへと笑って、クッキー取ってきますね、と立ち上がった。髪の毛が明るげに揺れる。

 ちらっと見えたその耳が、赤かった気がした。








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