第5話 耳に息を吹き込むメイドは、僕の学校で仕事する




「ジュン君、起きてください」

「……起きてるよぉ……」

「それはWake upであってGet upではありません」

「んん……どちらにしろ起きてる……」


 「目を覚ます」と「起き上がる」の違いなんてどうでもいい。

 起きているんだからもう少し寝かせろ。そんな矛盾した意思を込めて寝返りを打って壁側に逃げると、月奈さんのため息が聞こえた。

 あきらめちまえ、僕はもっと寝るんだっ。

 心の中で叫ぶ。


 もう一度、月奈さんのため息が聞こえた。


 次に、ベッドがきしむ音と、沈む感覚がした。背後に気配を感じる。

 思わず首をすくめると、その首にしなやかな指を感じた。

 くすぐったくはない。ただ、僕の鼓動を速めるだけの指遣い。

 恥ずかしさに体を丸めると、肩にそっと手を添えられる。優しくて暖かくて、ドキドキしてるのに落ち着いてしまう。


「ジュン君……」


 その暖かい声の次の言葉を待つと同時、耳の中に冷たい風が吹き込む。

 脳内をかき乱される。シナプスがぐちゃぐちゃに混ざって、口から奇声が飛び出る。


「ひゃぁっ!」

「あははははっ、可愛い反応をしますねっ♪」

「うるさいっ! やめてよ! めっちゃびっくりしたじゃん!」


 飛び起きて、いつもとおなじように足下の方へ逃げると、月奈さんはベッドの上でお姉さん座りをして、ニマニマと笑う。

 耳を拭っても拭っても、月奈さんの息だけじゃない別の「なにか」が耳の中に入って抜けない。

 決して、不快じゃなかった。そのことが余計に僕を焦らせる。


「そんなに可愛い反応しちゃうと、次もしちゃいそうです♡」

「やめて!? めっちゃ恥ずかしいから!」

「ジュン君、ひゃぁぁぁんっ、ですね。では失礼します」


 ノリノリで、オーバーに僕の悲鳴を真似した後、月奈さんは逃げるように部屋の外へと出て行った。

 時々月奈さんは全くメイドらしくない。

 かといって、そんな月奈さんが嫌いなわけじゃない。

 クールの仮面から時々覗く素を見つけると、結構嬉しかったりする。





 売店にて。


 今日はお弁当ではなく学食だ。昨日僕がそうお願いしたからだ。

 なんでかって? 学食を食べてみたかったんだ! ふふん、塩ラーメン、美味しかった。


 で、今は少し小腹が空いていたので売店でパンを買おうとしている最中なのである。

 エクレアみたいなチョコロールパンと、高カロリーな焼きそばパン。どっちも捨てがたい。どっちも食べたい。


 金銭的にはどっちも買えるけど、おなかの空き具合的にはどちらか一本しか食べられなさそうだ。

 ちなみにお金持ちなのとお金遣いが荒いのは別だ。僕はケチな人間だ。

 あとお金持ち=デブの構図も間違っていると、ここに足しておく。


 とかなんとか、変な事を考えているうちに陳列棚からどんどんとパンが減っていく。これはまずいと売店の列に並ぶと……。


「ごめんねぇ、焼きそばパンもチョコロールパンも今ので売り切れだわぁ〜別のにする?」

「何円出せば買えま——……いいです、すいません」


 僕の直前で売り切れた。

 財布の万札を3枚ぐらいケチな人間とは?掴みかけたけど、ないものはないのだとあきらめる。

 がっくりと折れかけた膝を叩いて、人だかりの外に出る。

 そのまま柱にもたれて天井を見上げた。

 あぁ、なんてツいてないんだろ……。


 気付けば、食堂から人は消え、休み終わり10分前を知らせるチャイムが鳴った。空虚な耳に響く。いや、右耳には月奈さんの息が残っているので空虚ではないか。


 普段なら恥ずかしくて考える事もできないようなことを心につぶやき、顔をあげる。それと、目の前に影が差すのとは同時だった。


 売店の売り子のエプロンを着た彼女が、僕に二つのパンを突き出していた。焼きそばパンと、チョコクリームパン。

 そして言う。


「ジュン君、どちらになさいますか? ふふっ」


 にしし、と彼女は笑った。

 固まる僕を急かすように、授業五分前のチャイムが鳴った。

 焼きそばパンをひったくるように受け取る。こんがらがった脳みそは、無言でその場を立ち去る事を決めた。


 パンの包装の裏には紙があった。

『放課後、校門で待ってます♡』

 甘ったるい声が聞こえるぐらい、甘ったるい文字で書かれていた。

 ドキドキした。



 *



 下校時。

 校門で待っている、と言われたとおり、月奈さんは校門を出てすぐそばにいた。

 改めて、今更ながら月奈さんは美人だ。かなり人の目を引く。

 よって、月奈さんの周りの人の流れは少し遅くなっていた。少しだけ、心にモヤが溜まる。


 そんななかに僕は飛び込むことができるわけが無い。

 母親、と呼ぶには若すぎるし、そもそも学校に母親が迎えに来るなんて設定だけでも恥ずかしい。


 悩んでいると、人混みの隙間を縫うようにして月奈さんと目が合った。先に声をかけられる前に、思い切って駆け寄る。


「月奈ねぇ、お待たせっ」

「っ――ジュン君さぁ、おねーちゃんを待たせるってどうなの?」

「ごめんごめん、掃除当番で。月奈ねぇは?」


 月奈さんは一瞬おののいた後、僕に合わせて応えてくれる。

 恥ずかしい、恥ずかしすぎる! 月奈ねぇ、って! なんかちょっといいかもって思ってる自分が恥ずかしい!

 だけど敢えて少し大きめな声でそう喋りながら、アイコンタクトを取って歩き始める。

 やがて人波から外れたぐらいで、月奈さんが僕の耳に口を寄せた。


「いきなり変な設定は困りますよ?」

「で、でもだって……じゃあどうすれば良かったのさ……」

「そうですねぇ……カレシぶってみるとか?」

「ッ――し、しないからっ! そ、それよりもさ、月奈さんはなんで購買の売り子なんてやってるの? 給料安いの?」

「あ、もう月奈ねぇ、って呼んでくれないんですね。残念です」


 このまま会話の主導権を持たせ続けると心臓が持たない気がしたので、さっさと変えることにした。

 月奈さんは本当に残念そうな顔をして、少し頬をふくらせる。


「まぁ、身辺警護……とまではいかなくても、緊急時にお助けできるようにです」

「それは……屋敷の命令?」

「まぁそんな感じです。お給料は最高ですよ? それに一流シェフが作る朝昼晩の三食にちゃんとした自室。極上のメイド服。

 私の場合はジュン君が満足する限りなにしてもいいですからねぇ……。ジュン君が私のタイプな以上、天職で――」


 そこで、月奈さんが言葉を止める。

 一拍遅れて僕も意味を理解して、顔が赤く染まる。


「た、たたっ、たいぷってッ!」

「い……今のタイプはその……仕える主人って意味でのタイプなんですっ。決して……」


 だが、月奈さんの目の下が赤い。

 人に対して「タイプ」なんて言葉を使うのは、それこそ好意に関係することで……。月奈さんは僕のことが……。

 自意識過剰な妄想で、脳みそが沸騰しかける。


「すぅぅぅ……ふぅぅぅ……。ジュン君、タイプとは属性と言う意味です」


 深呼吸して、鉄の仮面をかぶった――つもりなだけで耳は赤い――月奈さんは、いつもより若干冷たい声で言う。

 声質に少し気圧されて、首を縦に振って肯定する。


「我々メイドは仕える主人を属性分けします。例えば横暴タイプ、差別タイプ、冷酷タイプ、キモデブタイプ、交友タイプ……などなどです。

 面倒なタイプの主人で多くタイプ分けがされてます。なので大半の主人は交友タイプですね。そこにも細かいタイプ分けはあるのですが……」

「う、うん……」

「そこで、ジュン君は私の好きな親交タイプの親愛タイプに分類されるってことなんです。そういう意味です」


 あ、僕って親愛の対象なんだ。親愛……くっ、胸が苦しい……。

 いつの間にか納得してしまっていた僕は、月奈さんの言葉に胸を痛めた。親愛、つまり当然のごとく恋愛対象なんかじゃないってことだ。

 わかりきっていたはずなのに、胸が苦しくなる。


「ま、まぁ……私のタイプ分けの話が正しければ、の「親愛」ですから……まぁ……はい、なんでもないです」


 意味が分からず首をかしげて彼女を見ると、その顔は真っ赤に染まっていた。夕日のせいにしては赤すぎた。


 家に帰ってから結衣さんにタイプ別けの話を聞くと実際にあるようだった。月奈さんのでっち上げではなかったようだ。

 それはさておき、なぜかその時の結衣さんの顔は、いつも以上にニヤニヤしていた。






PS:毎日、遠くから見てました(意味深)

 まぁ、私がメンヘラでもストーカーでもなく、ただ見てただけですけど。スマホを構えながら。


 ♡、コメント、お星様、レビュー! 宜しくお願いしますっ♪

 コメント返信はこの、月奈が務めさせていただきますっ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る