第23話 お昼寝をする邪魔者メイドは、僕の言葉で喜び踊る




「ただい――……」


 突き開けた扉のドアノブをとっさに捕まえて、出しかけていた声を飲み込む。

 そのままそ~っと部屋の中に入り、ゆっくり扉を閉める。


 月奈さんが眠っていた。僕のベッドで、こちらに背中を向けて横向きに、僕の布団をぎゅって抱きしめて寝ている。


 ベッドの脇にある掃除機とかをみると、どうやらベッドメイキングの途中ので寝てしまったんだろう。

 布団のアリ地獄から抜け出すのは難しいもんなぁ。仕事中に寝てしまった月奈さんの気持ちがわからんでもない。


 日頃疲れが溜まっていたんだろう、邪魔したら悪い。そう思って月奈さんの背中を足音を立てずに過ぎて、リュックを下ろす。


「ふぅ……」


 小さな声でため息を一つ、リュックの荷物を棚にしまい、勉強を始める。部屋に戻ったらほぼ必ず月奈さんがいた生活に慣れていたぶん、月奈さんが話しかけてこないことに違和感を覚える。

 あと、ちょっとだけ寂しい。


 一応期末試験一週間前だ。真剣に勉強しておかないと成績に響く。心に言い聞かせて深呼吸を一つ。ペンを握り直す。


 紙とペンが擦れる音に合わせて、すーすーと月奈さんの柔らかい寝息がかすかに鼓膜を震わせる。

 落ち着くそのリズムに身を任せながら手を動かし続けること数十分、一段落がついて伸びをする。

 その流れで月奈さんを見る。


 いつの間に寝返りしたのか、こちらに体が向いていた。

 月奈さんの寝顔が視界に入る。ドキリ、と心臓が跳ねた。


 思わず席を立って、月奈さんの前にしゃがみこむ。

 白い肌、少し切れ長で吊り上がった目。それでいてどこか優しさを感じさせる顔立ち。

 綺麗だって思う。すっごい、見惚れる。

 はっきり言って、好きだ。

 彼女が僕の専属メイドなことが、もったいないぐらいに。


 その瞬間、パチリと月奈さんの目が開いた。

 目が合う。体が固まる。パチパチと月奈さんが瞬きをする。

 一足先に状況を理解した心臓が、体を置いてどんどん鼓動を速めてく。


 先に月奈さんが口を開いた。


「ジュン、君?」

「っ――」

「生、ジュン君?」

「――ぇ?」


 なにその生ビールみたいな呼び方。

 ツッコミ係が乙女回路を突き破って脳内を錯綜する。

 月奈さんは目を半開きのように細めて、その直後、バチィッと目を見開いた。そして周りを見渡して、僕を見て、僕を見つめて、再び目を見開く。


 その後、気まずそうに口ごもってから言った。


「……もしかして私、寝ちゃってました?」

「うん、寝てた」

「……うぅぅぅ……私のバカバカバカっ、ばかばかっ!」

「ちょちょちょっ! どうしたの!?」


 突然に月奈さんが自分の頭をぽかぽか殴り出す。

 放っておいたらいつまでも続けそうだったので、その手首をつかんでやめさせる。抵抗することなく月奈さんは動きを止め、ベッドに寝転んだまま僕をジト目で睨んで、ぷくっと頬を膨らませた。


「ジュン君のベッドがいけないんですっ、このベッドの寝心地最高すぎますっ」

「まぁ……それなりに高級だからね……」

「それだけじゃなくてっ、匂いです! ジュン君の匂いが濃すぎます! あんなのに飛び込んだら麻薬の大量摂取と一緒で気絶しちゃいます!

 デレデレに脳みそ溶けちゃってあまあまに心臓がはねちゃいます! 沼ですこんなの!」


 何を隠そう、枕だけで我慢できなくて興味本位で飛び込んでみたら日頃の疲れも相まって気絶するように寝てしまったのだ。


 口に出ていることに気付いていないのか、月奈さんが叫んだ後で、そんな感じの事をブツブツと呟く。口に出てるよ、って言ったら収拾がつかなくなりそうだったのでその選択肢を消す。

 いろいろと引っかかる言葉があったけどそれは無視して、不安になったことをまず先に聞いておく。


「臭かった……?」

「そんなわけないです! これを臭いなんて言ったらどれがいい匂いなんですか! ジュン君の匂いが臭いわけないです!」

「そ、そう……」


 覇気に少し引きつつ、頷くと、月奈さんは僕が理解したことに満足したのかどや顔で大きく頷く。

 寝起きなのか少し子供っぽくて可愛かった。


 ちなみに、月奈さんは今も僕のベッドに寝っ転がったままだ。

 いい加減起き上がったらどうなんだ、そう言おうとして、ふと気がつく。

 月奈さんの手首を掴んでいたはずの手が、逆につかみ返されていた。


「えいっ」


 月奈さんがお茶目な声と裏腹に強く僕を引き、即座に僕の脇に手を伸ばしてガッチリホールドする。

 僕の肩に頭を乗せ、明るく言った。


「ジュン君、確保ですっ」

「っ――!」


 抵抗する間もなくさらに引き寄せられて、肩のくぼみに顔を埋められる。抵抗しようと身を捩ると、キツく身体を締められる。

 彼女の息が僕の首筋をくすぐること数秒、顔を動かさずに彼女は喋る。


「ん~……やっぱりベッドより生ですね。こっちの方が新鮮でいいですね。でも枕に貯蓄された匂いの方も捨てがたいです♡」


 ツッコむ余裕なんてない。ただ、漂ってくる月奈さんの匂いで肺を満たしながら思った。

 月奈さんだけずるい、僕も月奈さんの布団で寝てみたい、と。


 月奈さんはえへえへ笑いながら、僕の肩にグリグリ額を押し付け続けた。

 悔しくて同じことを月奈さんにやり返すと、視界がチカチカして脳が溶けた。そこから夕食の時間まで、記憶がない。




 *



「ジュン君、試験勉強ははかどってますか?」

「誰かさんがいなきゃ邪魔されることもなくて捗るはずなんだけどなぁ~」

「……それって暗に私のことを邪魔者扱いしてます?」

「おっ、わかるようになってきたじゃん」


 軽口を叩きながら僕のベッドに腰掛けて読書する月奈さんを振り返ると……彼女は本から顔をあげ、目を潤ませていた。

 そして僕を悲しげに見つめる。

 焦った心が何かを言う前に、月奈さんが震える声で言う。


「私、いない方がいいですか?」

「そ、そういうわけじゃないけどっ」

「でも邪魔って……」

「だからそれはっ――勉強してるときに気が逸れるような事ばっか言うからで!」

「だってジュン君、私がなにかしようとしても嫌がりますし……。ジュン君がケチだと思ってたけど、私が全部悪いんですか……?」


 拗ねた口調に、うんそうだよ、と答えかけた口をつぐむ。

 一旦冷静になって論理を組み直し、状況を理解し直す。

 やっぱり僕は悪くない気がしてきた。


 そう思って返答に困ってると、月奈さんが先に口を開く。


「ほら、何も言わない……やっぱり私のことが邪魔なんですね……」

「別にそういうわけじゃなくて! あぁもうっ! とにかく勉強中に僕の気を逸らすのはやめて! そのかわりそれ以外は相手するから!」

「ホントですか?」

「ホントホント! ホントだか――……あ……」


 叫んでたせいで月奈さんの気配が変わったことに気付くのが遅れる。気づいた時にはもう遅い。

 先ほどの目の潤みはどこへ、月奈さんは小悪魔に目を光らせて、口角を歪めながら言った。


「言質、とったりぃ♪ さっ、勉強頑張ってくださいね♡ 試験終わったら、いぃ~っぱいっ、遊びましょっか」

「っ——」

「何して遊びます? ポッキーゲームとか王様ゲームとか? それともえっちなゲームにします? 野球拳とかっ♪」


 素で出ているであろう嬉しそうな声と、全身から溢れ出るソワソワを見ていると思う。

 試験の点数を削ってでも月奈さんと遊びたい、と。

 危うくペンを投げかけた手を叩いた。


 メイドと主人。間にそびえる壁は、身分を捨てなきゃなくならない。身分を捨てるためには、身分がなくても生活できるだけの職に就けなければいけない。そのためには学力が必要だ。

 だから、僕は勉強するんだ。


 楽しげに僕のベッドにダイブした月奈さんは、キャ〜とか一人で騒いでいた。一緒になって騒ぎたいのを我慢して、ペンを握り直す。


 結局、その夜は一緒にゲームをしてしまったのだが。








PS:今日はお昼寝が長引いてしまいました……でも怒られないようなのでっ、これからは正々堂々、ジュン君のお布団でお昼寝できそうですっ!


 はーと、コメント、お星様、よろしくお願いします♪

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