第7話 野球拳をしたがる変態メイドは、僕を寝かせて狂いだす
「ジュン君」
「……はい」
「一問解ける度に私は服を脱いでいきます。野球拳です。さぁ、頑張ってください」
時はGW。
月奈さんに渡されたのは数学のプリント。
所々、解いた記憶がある。どうやら僕の持って帰ってきた授業プリントを参考に作ったようだ。
でも数値は微妙に変わっているという……くそっ。
「っ! そこじゃないっ!」
「はい? なんですか?」
「野球拳はダメッ! これ問題八問あるじゃん!」
「全問正解でちょうど全裸です。視姦し放題です」
「必要ないッ!」
ある意味月奈さんらしい暴挙に抗議すると、例のコロコロの台に腰掛けた月奈さんは困ったような、それでいて若干悲しそうな顔をした。
僕は月奈さんのその表情に弱い。
「私の体、興味ないですか……」
「っ――興味があるのと野球拳は別! 調子に乗ったら僕っ、そのうち性行為とか強要するようになるよ!」
「興味はあるんですねっ、安心です♪
性行為は……やぶさかではありません、ので、まぁ、全問正解して、その……その気になったらしましょう」
明るい声から一転して恥ずかしそうに、もじもじと膝をすりあわせて耳を染める。照れ方が乙女で、そのくせ言ってることは結構エロい。
そのギャップに興奮する。
やぶさかではない、その言葉に耳ざとく反応しかけてしまう。実際、顔は赤くなってしまう。その言葉の真意を探りたくなる。でも、探って、真意を知ることが怖くもある。
だから、どうせからかってるだけだ、とプリントに向き直った。
一問目をペンを休ませることなく解く。一度解いたことのある形式の問題だ。数値が変わっててもやすやすと解けなきゃいけない。
だから別に、月奈さんの裸が見たいわけじゃない。
見たいわけじゃ——
——嘘である。
めっちゃ見たい見たい見たいっ! 僕の勉強のために脱ぐとかエロすぎじゃん! これは全裸にさせてご奉仕ルートだなッ!
変態の人格が叫んでいた。そして、目の前の数式をアインシュタインもびっくりな速度で組み立てた。
そう、私にノイマン様が降りてきたのである。
性欲は時に全ステータスを向上させる。
月奈さんが服を脱ぐなんてことは絶対にない。理性が分かってはいても、性欲はどこまでも夢見がちだった。希望を捨てなかった。
「っ――ふぅう……解き終わったよ月奈さ――」
1問目が終わり、ペンを投げる。
衣擦れの音を少し期待して背もたれに体を預けると……熱くなった頭に、ヒンヤリしたものが乗っかった。
指がやさしく髪の毛を撫でる。梳く。
「よくできました。過程も含めて正解です。
野球拳はさすがに恥ずかしいのでなしですが……変わりにご奉仕、にさせていただきますね♡ 次正解したら、ぎゅーって後ろから抱きしめてあげます♡」
「ばかっ! やめてよ!」
口とは裏腹に。
本気を出した。
*
「あの~さ、僕の性欲魔神が暴走しただけだからさ、もう許してくれない?」
「いやです。頭なでなでして、後ろからぎゅーってして、お膝の上に座ってもらって、私の体の上で寝てもらって……ってご褒美はいっぱいあるんです。
やりましょう。やるしかありません」
淡々と告げられるご褒美リストに頭がクラクラする。
性欲を煽られた結果、僕は一切のご褒美を受け取ることなく最後まで一気に終わらせたのだった。残るはご褒美の消化だけ。
恐るべし性欲。
そして、今更になって羞恥心という名の理性が戻ってきた。
顔が赤くなるも、ご褒美に魅力を感じる。
月奈さんは床に足を投げ出して座った。そしてふとももを叩く。
「ジュン君、ココに座ってください」
「きょ、拒否権は?」
「ありますが、拒否されたらジュン君とは二度と口を聞きません」
月奈さんの目はマジだった。
その目を見つめて、月奈さんに口を聞いてもらえなくなった未来を考えてみる。寒気がした。
慌てて月奈さんの足を跨ぐ。そこで、恥ずかしさに体が固まった。
「う……ぁ……」
「ジュン君、全部私にゆだねてください。ほら」
彼女の手が優しく僕の脇腹を掴み、腰を下ろさせる。
三角座りをすると、僕のお尻を囲うようにして彼女の足が絡まった。
僕の膝の下に足を通す形だ。
彼女の手が後ろから伸びてきて、僕の胸の前でクロスする。
「大丈夫です。あったかいですよね。安心してください」
「ぁ……」
声がしっかりでない。でも、怖くなかった。
月奈さんの手が優しいテンポで僕の方を叩く。心臓はドキドキとはねるのに、なぜか落ち着いた。
膝の下の足で押されて、月奈さんに引き寄せられる。肩をつかまれて、後ろに倒される。
僕の背中と彼女の胸が、密着する。
背中に彼女の柔らかいソレが当たる。
彼女の鎖骨に頭を預ける。すると頭を撫でられる。
いつの間にか僕の足は投げ出されていた。その上に、まるで僕をホールドするかのように、月奈さんの足があった。
見ただけでドキリとした。鼓動が速まる。
月奈さんの匂いが肺を満たす。
全身が月奈さんと触れている気がした。
頭をなでられながら、もう片方の手で優しく抱きしめられる。
彼女の顔を頭に感じる。髪の毛のナカに顔を埋められているのがわかって、うるさいぐらいに心臓が鳴る。
それでも、意識は暗闇へとおちていく。
『好きです、ジュン君♡』
幻聴が聞こえた。
気がした。
*
「すぅぅぅ……はぁぁぁ……」
目の前のサラサラな黒髪に顔を埋める。鼻で息をする。
生ジュン君の匂いっ、生ジュン君の匂いっ! ふわぁぁぁっ、脳が溶けるっ、溶けちゃうっ!
心のなかで叫びながらも、すやすやと穏やかな寝息を立てる彼の肩をゆっくり叩く。
私の体のナカで、ジュン君は寝ていた。
「どろどろに溶かしたい……ぐちゃぐちゃにしたい……」
誰も聞いていないのをいいことに願望を口からぶちまける。
ぶちまけることで、恥ずかしさで悶えそうになる体を落ち着かせる。落ち着かせつつ、ジュン君の頭に顔を埋めて興奮する。
そんな矛盾した動作を繰り返す。
ジュン君が不満げに寝返りを打った。
彼の体をホールドする足で少しキツ目に抱きしめてあげると、今度は幸せそうに息を吐いた。
更に両手でキツく抱きしめると、もっと幸せそうな息を吐く。
ゾクゾクする。今、ジュン君をどうするかは私の手にあるのだ。そう思うと、ゾクゾクする。
私に強く抱きしめられて喜んでるジュン君をみると、ドキドキする。
信頼関係は壊したくないので、ましてや免職なんてことはいやなので手は出さないけれど……。
ジュン君の耳に口を寄せて、ささやく。
「ジュン君は、私が大好きなんです」
何度も、何度も。
すり込むように。
*
「うぁぁぁっ、バカした……」
「そうでもないですよ。寝顔、可愛かったですし」
「変なこと言わないで……お願いだから忘れて……」
ベッドにダイブして、頭を枕に打ち付ける。
ちなみに壁に頭を打ち付けるのは怖いからやめた。微妙なところでチキンだとか、そういう煽りは受け付けていない。
「忘れられませんねぇ~♪ あんな最高な思い出、絶対忘れませんよ」
月奈さんはニヤニヤと笑って紅茶を啜った。
首をねじって、彼女を盗みみる。
先ほどまで彼女の体の上で寝ていた。その事実を思い返すだけでバクバクと心臓が跳ねる。
「忘れたら損じゃないですか。そんなのは絶対にイヤですよ」
「そんなぁ……」
「まぁ……いつか機会があれば、またやってあげますよ」
その言葉に、咄嗟に拒否の言葉が出てこない。
少し期待してしまった。少し、やって欲しくなった。
月奈さんの耳は真っ赤に染まっていた。目の下も赤い。
だから、拒否する言葉は未だ出ない。彼女の言葉を期待して待つ。
もじもじと彼女は言った。
「もちろん、野球拳も一緒で……」
全裸で今日みたいに抱きしめられるのを想像してしまった。
心頭滅却するべく、壁に頭を打ち付けた。
気づけば、白壁に血が飛び散っていた。
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