第3話

 戦場から帰還したアレフとギメルは国王の部屋へと向かい歩いていた。

 白く立派な大理石の壁、解放感を演出している大きな窓、赤い絨毯じゅうたんが敷かれた王城の廊下を二人は歩く。


「……」


 国王の部屋の前、扉の前を護衛する者もまた黒の外套を纏いし者であった。

 二人は護衛の者と手で軽く挨拶を交わしてから重厚な扉を叩いた。

 しかし、部屋の中からは声が帰って来ない。


「お出かけかなー」


 ギメルが頭の後ろに手を回しながら退屈そうに呟いた。


「うむ……そうかもしれないな。少々待っておこう」


 アレフとギメル、扉の前に立つ者。

 三者は無言で立ち尽くす。

 ギメルが扉の横の壁に座り足を伸ばし始めた。


「おい、ギメル。立つんだ」

「えー、だっていつ来るか分からないのに立ったままなんて面倒臭いよ」

「そういう所が子どもなんだ……」


 アレフは腕を組みながら頭を横に振って呆れ、ギメルがアレフに向かって声をかける。


「アレフはもっと子ども心というか遊び心を知った方がいいと思うよ」

「遊び心など持ち合わせていない……」


 そう呟いたアレフの声には先程までの覇気が感じられなかった。

 アレフの一言にギメルも何かに気付いたのか、


「……そっか……ごめん……」


 と、申し訳なさそうにアレフへと謝った。


「いや、お前が気にすることではない」

「……」


 場の空気が気まずくなる。


「おーい」


 聞き覚えのある声に三人が廊下の奥へと目を向けた。


「お待たせしてしまったかな……」


 廊下から走って彼らの元に寄ってきたのはディーンであった。


「いえ、丁度私達も帰ってきたところです」


 アレフが丁寧に言葉を返す。だが、立ち上がったギメルは国王を相手に友達に話しかけるように声を発した。


「兵長、おかえりー」

「ふふっ、ただいま」


 ディーンは屈んでギメルと同じ目線で挨拶を交わすが、近寄ってきたアレフによってギメルの頭が殴られた。


「いってぇ……アレフ急になに!」

「ギメル……何度も言っているが、お前はディーン様にどういう口の利き方をしているんだ」

「ふふっ、気にしないでいいよ。アレフも気楽にしてくれて構わない」

「ですが……」


 ディーンの言葉を否定しようとするアレフ。しかし、その一言はギメルによってかき消された。


「兵長がこう言ってるんだからいいでしょ」

「ふふっ……」


 立ち上がったディーンは我が子を見守るような目でギメルに微笑む。


「はぁ……ディーン様は優しすぎます……」

「それは誉め言葉として受け取っておくよ。さぁ、話を聞こう」

「はっ」

「はーい」


 未だに一言も発さない者が扉の前から横に逸れ、ディーン達は部屋の中へと入って行った。

 扉がしっかりと閉まるのを確認したあと、黒い外套の者は再び扉の前に立ち尽くす。



 王室の中、ディーンの部屋は広いがかなり散らかっていた。

 無造作に床に放り捨てられた本の山、散らばってしまった書類。だが、それでも壁に並ぶ本棚には本がぎっしりと詰まっていた。

 床の大理石の半分以上は既に見えない。

 ベッドは国王らしくない簡素な作りで、木の板の上に申し訳程度の毛布が乗っているだけで枕も無い。


 窓枠が正面と左手に備え付けられているが、開け放たれたまま風を部屋の中に送り続けていた。

 アレフとギメルは部屋を見渡し、相変わらずの惨状に言葉を失い立ち尽くす。


「すまないね、片付けは得意ではないんだ。知っているだろう?」


 優しくも気まずそうな顔で頬を掻くディーン。


「ま、まあ、これはこれで良いと――」

「俺の部屋でももう少し綺麗だよ」


 素直なギメルの意見に隣に居たアレフが睨みつけ殴りつけようと拳を上げるが、ディーンが「まぁまぁ」と制止した。


「さてさて……よっと……」


 ディーンは机に広げていた地図を見やすくするために、上に載っていた物を片っ端から床に落としていった。


 片付けられない理由を目の当たりにしたアレフはその様子を凝視。ギメルは頭の後ろで手を組みながら、

「そういう所だと思うよ?」

 とディーンに話しかけた。


「あはは……次からは気を付けるよ……」

「王様なんだからしっかりしてよね」

「すみません……」


 ユピテル達と会話をしていた時よりもディーンの会話は人間らしかった。それは、彼がこの国の者達を、トバシラの仲間を大切にしているからこその表現。戦神としてでの彼ではなく、国王ディーンとしての姿だった。


 六人掛け程の長机の周りに三人が立つ。

 机を挟んで向かい合うように佇む二人の顔を見比べるディーン。


「そういえば、フードは取らないのかい?」

「これはとんだ失礼を……」


 アレフはさっとフードへと手をかける。


「いや、私の我儘だから気にしないでくれ。ただ、君たちの顔が見えないとなんだか寂しくてね」

「申し訳ありません」

「ふふっ、かしこまらなくてもいいさ」


 二人の会話を身体を揺らしながら聞き流していたギメルがボソッと呟く。


「……兵長ってやっぱり変わってるよね。まぁ、俺はそういう寂しがり屋な所好きだけどね」

「あはは……ありがとう、ギメル」


 フードを取ったアレフ。白い短髪に、戦場を駆け抜けたであろう古傷が幾つか顔に痕を残している。元傭兵といった面持ちには渋みが感じられた。

 トバシラのメンバーNo1、【神速のアレフ】


 ギメルは頭の後ろで腕を組みフードを取る気配がない。

 隣に立っていたアレフの拳が再びギメルの頭に降りかかった。


「いってぇ……もー、そういうすぐ殴るところ、大人としてダメだと思うんだけど」

「いいからフードを取らんか……」


 アレフがギメルの被っていたフードを取り去った。


「あぁ……もー、この格好気に入ってたのに……」


 フードの下に見えたギメルの顔にはまだ幼さが残り、その表情はやはり少年そのものであった。金色に輝く髪がふわりとそよ風に揺れる。

 トバシラのメンバーNo3、【鉄壁のギメル】


 二人のやり取りにディーンは微笑んでいた。


「もー……そういう勝手になんでもする所嫌い……」


 頭を擦りながらアレフに反論するギメル。


「仕事に好きも嫌いもない」

「もー……ああ言えばこう言うぅ……」


 睨み合う両者。

 見知らぬ人が見れば年老いた渋めの男性と子どもの会話のようにしか見えない。だが、これでも彼らはディーンによって選ばれたトバシラの一員だった。


「ふふっ、そこまでにしておこうか」


 優しいディーンの言葉に二人は同時にディーンの方へとそっぽを向いた。


「ごほん……そうしましょう」

「仕方ないなー……」

「ふふっ、じゃあ始めよう。アレフにギメル、怪我はないかい?」

「大丈夫だよ。アレフのやつ足だけは速いから。それ以外何の取り柄もない頑固じじ――」


 アレフが再びギメルの脳天に拳を打ち込み、ギメルは痛みでしゃがみこんだ。


「いったぁ……」

「ギ、ギメル……大丈夫かい?」


 ディーンは机に手をついて身を乗り出すようにギメルの安否を確認した。


「うん……大丈夫……。くっそ……こんのクソ爺ぃ……」

「何か言ったか?」


 見下ろすアレフはギメルを物凄い剣幕で睨みつけていた。


「うっ……」

「ん? なんだその反抗的な目つきは」

「何も、ないです……」

「うむ」

「あはは……」


 二人の他愛もない喧嘩に困り果てるディーン。


「それよりもディーン様、報告が」

「あ、ああ、そうだったね」


 机の上に置いている地図にはいくつかの印が付けられ、アレフは一ヵ所を差し示した。

 先程、アレフとギメルが居た荒廃した岩肌の並ぶ土地、オーディーンの国を他国と分け隔てるように広がる【砂岩地帯―サンドロックランド―】。


「オスカ国からの進軍ですが相手の規模を考えるならば、この一ヵ月、ずっと斥候を繰り返しているようです」

「まあ、他国に攻め入るなら相当な準備が必要だろうし、密偵はこちらで預かったまま。今はまだこちらの手の内を探るしかないようだね」

「こちらから先手を打たなくても良いのですか」

「いや、戦はあまり好きじゃないからね。こちらからは攻めないよ」


 微笑みながら言うディーンにアレフは首を左右に振って溜め息を漏らす。


「ディーン様、近頃はオスカ国だけじゃなく他の国からも進軍を企てているという噂を聞耳にします。もし、一斉に襲いかかられたらどうするおつもりですか」


 アレフは真剣な眼差しでディーンに問いかける。


「ふふっ、なら、その時は私も全力で戦おう」

「……」


 ディーンは微笑む。しかし、優しい瞳の奥には闘志が燃え滾り、アレフはその瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えた。

 全戦全勝の国王、ディーン。

 彼の言う「全力」が、どれほどの力を発揮するのかを知っているアレフは思わず口を一文字に結んだ。


「ねぇねぇ、兵長」


 しんとした空気の中、ギメルは割り込み気の抜けた声で話しかけた。


「俺さ、外行ってきていい?」

「えっと……」


 退屈そうなギメルは机に腕を組み乗せ、枕のようにその上に頭を置いた。

 困り顔のディーンに助け舟を出すアレフ。


「お前もトバシラの一人だ、しっかり聞いておけ」

「だって俺、聞いたところで分かんないよ」

「これは戦だ、そんな態度では困る」

「聞いても分からないものを聞いてどうするのさ」

「ま、まぁまぁ……」


 言い合う二人の間に入り、肩にそっと手を添えるディーンがアレフを和ませようと声をかける。


「まぁ良いんじゃないかな。ギメルはまだ子どもでも、戦場での実力はアレフが一番知っているだろ――」

「さすが兵長! んじゃ俺、行ってくる!」

「こら! ギメル! 待たんか!」


 アレフが扉の方へと走り去っていくギメルに怒鳴るが彼は止まらない。

 バタンと勢いよく閉められた扉。


「ふふっ、ギメルは元気だね」


 アレフは微笑むディーンを見つめた後、深い溜め息を吐いて小声で呟いた。


「まったく、あいつは……」


 訝しげな表情のアレフにディーンは微笑を浮かべて声をかける。


「まだ子どもだ、自由に遊びたい年頃だろうしいいじゃないか」

「ディーン様、子どもと言って甘やかしていてはトバシラの一人としては――」

「そう言いながら、心配で一緒に行動しているアレフも大概だろう?」

「うっ……」


 言葉を詰まらせ咳き込むアレフ。


「わ、私はギメルの親ではありません……」

「でも育ての親だろう?」

「ま、まぁその話はやめておきま――」

「王様ぁ!」


 バンッと勢いよくディーンの部屋へと入って来たのは、ギメルとよく似た背丈の同じ衣服を纏った少女だった。




――――――――――――――――――――

[人物等の紹介]

アレフ

フードを取ったアレフの顔。白髪の短髪に、戦場を駆け抜けたであろう古傷が幾つか顔に痕を残している。元傭兵といった面持ちに渋みが感じられる。

トバシラのメンバーNo1、【神速のアレフ】


ギメル

顔にはまだ幼さが残り、その表情はやはり少年そのもの。

金色に輝く髪と目。

トバシラのメンバーNo3、【鉄壁のギメル】

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