「人のなりをした者達」

 静まり返った戦場。無数の死体が転がり、砂塵がほのかに死体に降りかかる。

 砂嵐の中から飛び立った竜を見つめていたのは、軽装の甲冑かっちゅうを身につけ騎士のなりをした女性だった。靡く銀色の髪を押さえた手の近くには人らしくない、尖った耳が飛び出ている。


「……」


 女騎士は竜の飛び去って行く姿をまじまじと見つめ訝しんでいた。

 そして、その隣にもう一人、戦場に似つかわしくない出で立ちの少女が佇んでいる。


「よく分からない黒服に、変身する獣人……、いつの間にこの戦場は異種族の戦争地帯になったのかしらね」


 そう言いながら不敵に笑みを見せた少女。鮮血のような赤いドレスを身に纏い、金糸のような美しく長い髪がふわりと腰まで伸びている。爪は鋭く尖り、妖艶ようえんな雰囲気に包まれていた。

 透き通る絹のような白い肌が、ドレスと同じような真っ赤な瞳が騎士へと向けられる。


「ねえノーヴェ、獣人ってどんな味がするのかしらね」


 転がっていた兵士の死体をうっとり見つめながら少女は言った。


「私は血をたしなむ趣味は無いので、ディエチ様の想像にお任せします……」


 腰に細身の剣を携え、周囲を警戒する女騎士ノーヴェは遠慮がちに返事を返した。

 気高く、すらっとした立ち振る舞い、整った顔立ちのノーヴェ。赤いドレスと金色の髪が風に揺らめく少女ディエチ。


 血の臭いと砂埃にまみれた戦場。そこに二人が居るだけで、一つの美しい絵のようにさえ感じられる。


「まあ、獣臭いかしら。私、豚や牛は食べられないからダメかもしれないわ」


 不敵に笑う少女ディエチに対して、ノーヴェは一息間を置いて切り返した。


「そんなことよりもですね……」


 死体を天使のような微笑みで見つめるディエチとは反対に、ノーヴェの表情は険しかった。周りを見渡しながらディエチのことを守るように、柄に手を当て臨戦りんせん態勢たいせいを維持し続けるノーヴェ。


「獣人はともかく、あの黒服の正体が掴めない限り、下手に攻めては返り討ちにあうかもしれません」

「そうなのよねー、あれは一体何なのかしら」


 興味が無いのか、ディエチの声にはあまり力が感じられない。しゃがんだまま頬杖をつき、じっと死体をながめるディエチ。

 兵士は剣によって斬られたであろう傷が首筋から胸の位置まで深く走っていた。

 ディエチは徐に手を傷口に滑らせる。そして血だらけになった手を舌を這(は)わせて舐めとった。


「……うふふ、やっぱり血は新鮮なのが一番だわ。これでも少し劣化しているけれど」

「……」


 周囲は静まり返り、ノーヴェは警戒をしながら考え事をしていた。

 黒服に獣人、オーディーンの国は確かに魅力的な土地であり、それが故に私達もこうしてあの国を狙っている。しかし、数年前から他国を裏で操り攻め入るも、黒服の者達によって悉く敗戦をもたらされた。

 そこに、今日は人ならざる者の姿……。

 全ての鉢合わせには運命ではなく意図的な何かを感じる……。


 ノーヴェはこの想いのたけをディエチに問いかけた。


「ディエチ様はどう思われますか?」

「そんなことどっちでもいいわ」


 死体をもてあそんでいるディエチの興味は目の前の死体に集中していた。


「いやしかし……」


 ノーヴェの言葉を遮り、ディエチは手に垂れる血をひと舐めしてから呟く。


「獣人と黒服が殺し合っている間に私たちがあの国を奪えばいいんじゃない?」

「そんな簡単な話ではないでしょう……」


 楽観的なディエチの態度にノーヴェは呆れて肩を落とした。

 ディエチは立ち上がると、ノーヴェの正面へと歩み寄る。


「貴女は見ていて飽きないから好きだわ」

「っ……!」


 ディエチは自然な動作で背伸びをしてノーヴェの頬にキスをした。

 彼女なりの挨拶なのだろうが、時が止まったようにノーヴェは動かない。

 ディエチはそのまま赤いドレスをひらりと揺らして振り返ると、まだ硬直の解けていないノーヴェへと話しかけた。


「大丈夫、お父様とお母様が戻ったら人間も獣人も死ぬしかないもの、それまで私たちはあの場所を守ればいいの。ただそれだけよ」


 振り向いたディエチの子どものような笑みがノーヴェに向けられる。

 ノーヴェは心配する自分がただの杞憂きゆうであると言い聞かせた。


「そうですね、我々の目的はあの国にあるとされる宝玉の――」


 ノーヴェが言い終える手前、ディエチは瞬時にその口を指で押さえた。


「――誰か居るかもしれないのにいけないわ」


 先程までの雰囲気とは違い微笑みながらも目つきが鋭くなるディエチ。幼い風貌ながらも気高さがあり、その振る舞いは女王のようにも感じられる。

 ノーヴェは自分の失態とディエチの凄みに額から汗が一粒零こぼれ落ちた。


「す……すみません……」


 ディエチが見上げているはずなのに、なぜか見下されているノーヴェ。威圧をかけているディエチと呼ばれる少女が、騎士のノーヴェよりも格上なのだと窺える。


「まあ、誰も居ないからいいんだけどね」


 ふふふと無邪気に笑うディエチを見て、ノーヴェはホッと胸を撫で下ろした。


「ディエチ様、たわむれも程々にお願いします……」

「ふふふ……、それじゃつまらないでしょ?」


 ディエチに振る舞わされたノーヴェが溜め息を漏らす。


「さてと、そろそろ帰りましょ、ノーヴェ」


 言い終えたディエチは再び死体の前にしゃがみこんだ。


「そう、ですね」


 ノーヴェの言葉が何故か途中で詰まる。一瞬だけ、屈んだディエチに目を向けたが、怪訝な表情を浮かべて直ぐに視線を遠くへと流したノーヴェ。


「ちょっと待ってね」


 おどけたように言うディエチ。ノーヴェは耳を塞いで背を向けた。


 バキッ……ゴキッ……ベキッ……ビシャッ……グチャ……グチャ……。


 ノーヴェの後ろからは金属が砕ける音、骨が折れる音、何かが飛び散るような音、次々と耳障りで物騒な音が響く。

 耳を塞いでも漏れ聞こえる不快な音にノーヴェは顔を歪ませていた。

 先程の死体がどういう状態かはディエチにしか分からない。


「さあ、戻りましょう」

「…………は、はい」


 ノーヴェの返事は今までの会話で一番遅く、歯切れの悪いものであった。


「嫌なら私だけ先に帰るけど?」

「い、いえ、一緒に帰りますが……ちょっと……」


 振り返るノーヴェはディエチの方を見ないように、目線を逸らす。


「はいはい、分かってるわ」

「お願いします……」


 目を瞑ったノーヴェ。その手を引く血濡れたディエチの手……。

 生温かい感触に背筋を震わせるノーヴェの反応をディエチは隣でくすくすと笑った。

 ディエチの足元は血の沼と化し、その中心へとゆっくりと丁寧にノーヴェを連れていく。


「貴女、小さい時からダメね」

「先程の竜のように、飛ぶという移動方法が欲しいです……」


 ぎゅっと閉じた目の端に涙を浮かべながら、ノーヴェはディエチの手を強く握り恐怖を堪えようとする。


「チンクエイかクアットロが居れば良かったんだけどね……」


 一瞬、言葉を返したディエチの表情に影が差した。


「そうですね……早く帰って来てほしいものです……」

「ふふっ……まあ、気長に待ちましょ」


 にこやかなディエチとは反対に、苦悶の表情を浮かべるノーヴェ。

 ディエチは震えるノーヴェの様子を少し堪能してから、呪文のような言葉を呟いた。

 血の沼の中に二人の身体が沈み始める。


「ひっ……」


 ディエチの手にノーヴェは両手で必死にすがりつく。


「はーい、よしよし」


 まるで子どもをなだめるようにノーヴェの頭を撫でるディエチ。


「や、やめてください……」


 辛うじて抵抗するノーヴェだが、血の沼に沈み込んでいく感覚に慣れないのか。直ぐにノーヴェはされるがままにディエチへと身を委ねた。


「さあ、帰ったらまずは水を浴びましょうね。ふふっ……」


 ディエチは血の滴る自身の腕に舌を這わせ舐めとる。


「……この人間、あまり美味しくないわ」


 つまらなさそうに淡々と呟くディエチ。


「何を今更……さっきは美味しいと――」

「帰ったらまずは口直しだわ」


 ディエチは何か含みを持たせて微笑んだ。

 『口直し』の意味を知るノーヴェはその単語に反応してなのか、涙を零す。

 二人は血の沼に消え、後には血塗れの大地に砂塵が降りかかっていくだけだった。




――――――――――――――――――――

[人物紹介]

亜人ディエチ

長い金髪に赤いドレスを着た少女。


亜人ノーヴェ

肩にかかる長さの銀髪に尖った耳を持ち、刀身の細い剣を携える。

――――――――――――――――――――

ここまでがプロローグとなります!!

読んでいただきありがとうございます!

引き続き見て頂けるとありがたいです(;´Д`)ハァハァ...

ということで、ここまでの登場人物たちをまとめて紹介!


ディーン

風に靡く白い髪を後ろで一本に括り、細身ではあるが筋肉質な体格は絵に描いたように美しい。

鋭くも優しさを兼ね備えた綺麗な青草のような緑眼。


獣人アインス

黒い竜の頭蓋を持つ者、荘厳な雰囲気は貫禄を感じさせる。

兵士のような恰好をしているが、大きさは人間よりも二回りほど大きい。


獣人フィーア

獅子の頭蓋を持つ者、常に眠そうな目元に怠けたような声音で喋っており、獅子の威厳や誇りといった雰囲気はあまり感じられない。

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