「人ならざる者達」
アレフとギメルとは別の戦場、砂煙の中に大柄の影が二つ浮かび上がる。
戦場から去るようにして歩く姿は――人ならざる者達だった。
「ねえねえ、アインス」
低くぼやけた声音に眠そうな目をした獅子――だが、その身体は人間のものである。
「どうした、フィーアよ」
前を向いたまま声を返したのは、隣を歩く黒き竜の頭を持つ者だった。
低音だが心地の良い優しさを兼ね備えた声に獅子の頭部に付いている耳がピクピクと反応した。
「敵にも面倒な奴が居るみたいだねえ」
のったりとした獅子フィーアの話し声は見た目と反して柔らかい。
気の抜けた態度をしているフィーアと違い、アインスと呼ばれた竜の頭を持つ者は荘厳な雰囲気を
「先程の黒い二人組、お主にも見えたのか」
「うん、一応。男が歩いた次の瞬間、二人とも消えたようにしか見えなかったけどねえ」
「抱えた直後、
戦場を背に向けて歩く二人の姿自体が既に異質。
獅子の頭を成したフィーアは眠そうな表情の中に
アインスはゆっくりと目を伏せて心情を語る。
「多勢で攻めても落とせないわけだ。あんな異様な兵士は見たことがない」
「だねえ、他の国であんなの見たことないよ」
「ふむ……結局、あの国の事は何も分からず仕舞いだな」
「そうだねえ……でさあアインス」
「なんだ」
ふとしたフィーアの問いかけに竜の瞳がちらとフィーアの方へ向けられる。
「今日の殺した数、負けてるけどいいのかい?」
フィーアは言い終えると大きく口を開け立派な
ここが戦場だということをあまり気にしていない様子に、アインスは溜め息をつきながら答えた。
「フィーア、戦場は量よりも質だ。それにどちらも我々の兵ではないぞ」
「でも負けている方を応援したくなっちゃうよねえ」
「我々には関係のないことだ」
そう呟いたアインスの瞳は少し悲哀を帯びていた。
「そういえばさあ、あの黒いフードの人たちに見つかったかなあ?」
「この砂煙の中、彼らからは離れて動いていた。バレていたのならこちらへすぐに攻めていただろう。さ、帰還するぞ……セプトに報告せねばならん」
「いいなあ、アインスは頭がよくて。僕には考えられないやあ」
欠伸によって生じた涙を拭きとりながらフィーアが呟いた。
「ふっ……ただの年の功だ。長生きしていればフィーアもいずれ分かるだろう」
「そうかなあ」
「ああ。さあ、無駄話もここまでだ」
「はーい」
フィーアの返事を聞いたアインス。
メキメキと音を立ててひび割れ砕け散る鎧。足元に落ちた破片によって地面の細かい砂塵が舞い上がる。
人であったアインスの身体は質量を無視して巨大化していく。
ゴゴゴ……と大気が振動する。
フィーアは欠伸をしながら眺め、
「たまには僕の背中にでも乗せて走って帰る?」
と提案するも、アインスは優しく否定した。
「いや、こちらの方が早い。時間は効率よく使わねばな」
「そっかあ」
話している間にもアインスの身体は巨大化し、五メートルほどの高さまで背丈を伸ばしていた。
全身黒一色、大地を掴むような勇ましい爪が生えた二本足と
肩から生えている腕もまた凄まじいオーラを感じさせ、人の非力さを思い知らすには十分な太さであった。
美しくも気高き黒竜アインスの本来の姿である。
フィーアはその姿をじっと見つめていた。
「どうしたのだ」
「アインスの爪、たまに食い込んで痛いんだよねえ」
「フィーア、お前の足と私の翼、どちらが早いか分かるか」
「分かってるよお、まあ優しく運んでよね」
「力加減が分からなくてな。もし、爪が刺さっていたらすまない」
「しょうがないなあ」
アインスの手のひらに乗り優しく包まれたフィーアが、爪の隙間から顔を覗かせている。
「やっぱり強さも格好良さもアインスが一番だよねえ」
「何を言っているんだ、姿を変えるのにも体力を消耗するのは理解しているだろう」
「うん、だからあんまりやりたくないんだよねえ」
「ふっ……」
気怠い声音のフィーアに対しアインスはその大きな口に微笑を浮かべた。
「少しはお前にも頑張って欲しいものだ……」
アインスはそう呟くと足にぐっと力を入れ、爪は砂の中へと深く突き刺さっていく。
飛び立つ体制へと構えたアインスは勢いよく飛び立った。
先程とは比べ物にならないほどの砂塵が舞い上がる。
ひと撫でした翼膜の風が砂嵐を起こした。
翼を羽ばたかせて上空を移動するアインスは、フィーアを落とさぬようにしっかりと手に力を入れ、山々の並ぶ方角へと飛び去って行った。
オーディーン王国に攻め入らんとした敵兵士が去ったあと、オーディーンの兵士達は一度野営に戻り英気を養っていた。
――――――――――――――――――――――
[人物紹介]
獣人アインス
黒い竜の頭蓋を持つ者、荘厳な雰囲気は貫禄を感じさせる。
兵士のような恰好をしているが、大きさは人間よりも二回りほど大きい。
獣人フィーア
獅子の頭蓋を持つ者、常に眠そうな目元に怠けたような声音で喋っており、獅子の威厳や誇りといった雰囲気はあまり感じられない。
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