「戦場を見守る者達」

 オーディーンの王城から直線上に数十キロ先に位置する荒れ果てた土地にて、血生臭い戦闘が今終わりを迎えようとしていた。


 響き渡るのは金属のぶつかり合う音と負傷者の悲鳴。

 砂煙が視界を狭める中、オーディーン王国の兵士達は勝鬨をあげていた。


「「「おぉおおおおおおおお!」」」


 荒廃した土地、枯れた大地の上で兵士達は叫ぶ。

 その兵士達の姿を、突き出た岩場の上から足をぶら下げて見守る姿があった。

 足首までおおう黒い外套、フードを被っているせいでその表情は見えない。


「そろそろ終わりだね……あぁ、疲れたなあ。二三時間も戦うなんてよくやるよねー」


 少年のような声音、その話し方と背丈からして、多分彼はまだ子どもだろうと推定される。

 その隣に佇むもう一人の黒いコートに身を包んだ大男が溜め息を漏らした。


「……おい、仕事はまだ終わっていないんだ、怠けるんじゃない」


 男の発した渋めの声は少年を注意した後、「だからお前は……」と小さく愚痴を零す。


「もう、いちいちうるさいなあ……今日は五十人くらいだったよ」


 見上げる少年の金色に輝く瞳がフードの隙間から垣間見えた。


「だからきちんと数えろと言っただろう……」


 男は頭を押さえて呆れた様子である。


「砂嵐のせいで視界が悪いんだよ。まあ、味方の兵士は結構耐えた方じゃないのかな?」

「もっと戦場を歩けと言っているだろうが」


 足をぶらぶらと揺らしている少年に男が喝を入れる。


「そうやって頭ごなしに怒るのは感心しないなぁ」

「言い訳をするな。自国の兵士は後で墓を作ってやらねばならんのだ。誰一人としてここに残すことは許されんぞ」


 男は言い終えると再び溜め息をついた。

 少年は特に気にする様子もなく、再び崖下へと目を向けて男へと話しかける。


「でもさ、兵士の墓作るのが面倒だからって理由で俺たちが監視するってのもどうなの?」

 少年の質問に男は何も言わず咳き込んだ。


「どうしたの?」

「いや、なにも……」


 振り返った少年と目が合ったのだろうか。男はフードを深く被り直してから言葉を続けた。


「……敵兵の死者は二一五人、まぁ戦果としては十分だろう。敵兵の残数と死者の数が半々といった所だな。向こうも撤退するしかあるまい」

「こんなに人が死んでいるのにアレフはいつも冷静だよね」


 少し馬鹿にしたような微笑の声に対して、アレフと呼ばれた男は溜め息を吐いて少年の首根っこの外套の後ろ襟を掴んで持ち上げた。


「ちょ、ちょっとアレフ、落ちたらどうするんだよっ!」


 少年はようやく焦りを伝えるが、アレフは下ろさずに崖から突き出したまま呟く。


「落ちてもお前は死なんだろうが……」

「そりゃそうだけど、衝撃は来るんだから絶対落とさないでよ」

「はぁ……ギメル、お前は気楽に戦場に居過ぎなんだ……。異能を使えるのは我々だけだと思うなといつも言っているだろう。もし、お前よりも格上の相手と戦場で不意に出会ったらどうするつもりなんだ。いくらお前が鉄壁を誇ったところで発動出来ない瞬間を狙われたら――」

「あーもう分かってるってば! 今日はもう帰ろう! 疲れたぁあああ!」


 言葉を遮り子どものように喚くギメルと呼ばれた少年。

 アレフは呆れながらギメルを後ろへと放り投げた。


「いってぇ……アレフひどいぞ!」

「はぁ……なんで新しいトバシラがお前みたいな子どもなんだ……」


 アレフの溜め息はもう何度目なのだろうか。

 砂を振り払いながら立ち上がるギメルの横を通り過ぎていくアレフ。


「ちょっと待ってよ!」


 アレフの歩幅とギメルの歩幅の差は大きく、アレフはどんどん次の砂を踏みしめていく。

 ギメルは急いでアレフの元へと駆け寄った。


「待ってってば!」

「……早く掴まれ、置いて帰るぞ」


 ギメルはアレフのコートをそっと掴んだ後、アレフを見上げた。


「なんかさ、アレフって俺に対して冷たくない? 気のせい?」

「お前自身に聞け……」

「それってどういう意味?」

「自分で考えろ。子守りをする気はない」

「子守りってひどい! これでもトバシラなんだよ!」

「はぁ……」


 頭を押さえて首を振るアレフ。

 ギメルはアレフの腰にぐっとしがみ付き、フードを深く被り直すと小さく呟いた。


「アレフ、途中で吹き飛ばしたら怒るからね」


 金色の純粋な瞳がアレフを見つめる。


「黙ってしがみ付いておけ……」


 アレフはそっとギメルの身体に腕を回しぐっと力を入れた。

 しがみ付いたギメルが途中で落ちないように、振り落としてしまわないようにと、しっかりギメルの身体を掴む。


「では、戻るか」

「うん」


 アレフの次の一歩が地面へと触れる寸前――――二人はその場から消えていた。

 舞い上がる砂塵さじんが小さな渦を巻き、長い胴体を持つ竜のようにうねりながら飛翔していく。


 小さな間が生じた後、強風がその場に残された。

 静まり返った崖上、兵士達の声も聞こえなくなった戦場には、ただ視界をさえぎる砂塵だけが穏やかに吹き上がっていた。

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