第15話

 アインスが言っていたノインへの頼みとは、セプトの監視の事だった。いくら信じているとは言っても、元居た獣人達とはどうしても距離がある。


 ドラゴンバックの地下空洞を見つけてくれたのも、獣人達の住処を用意してくれたのも、人間のような知識を与えてくれたのもセプト。だが、その異様の形態はアインスの心をどこか疑心暗鬼にさせる。

 この疑念がとんだ勘違いであると、疑ってしまった己の心が間違いであると、それを証明するべく、アインスはノインに監視を頼んだのであった。


 セプトの後ろを双子狼の獣人ヒュンフーとゼクスが仲良く歩き、その後ろを鰐の獣人アハトが行く。


「んで、セプト、俺達をどこに連れて行く気なんだ?」


 アハトは大きな口を少しだけ開いて威嚇するように問いかけた。


「内容は出発する前に伝えましたよ、オーディーンの国の者達が攻め入るかもしれない今、新しい根城を見に行くのです」

「一人で行けばいいだろうが……」


 アハトは冷たく言葉を返したが、その様子を見た双子の獣人がアハトの方を振り返る。


「アハト、怒ってるの?」


 白い尾をふわふわと揺らしながら問いかけるヒュンフー。


「怒ったらダメなんだよ?」


 ヒュンフーに続いて双子のゼクスが黒い尾を揺らしてアハトに声をかけた。


「あー、はいはい。怒っちゃいねえよ。ほら、前向いて歩け、危ないぞ」

「「はーい!」」


 はにかむ双子はアハトの言葉を聞いて前を向き直し階段を上がっていく。


「……」


 アハトは無言でセプトの背中に殺意の目を向ける。「もし、この二人に何かあればお前の頭蓋を噛み砕いてやる」と、アハトは心中で語る。


「あと少しで出られますね」

「わーい!」

「わーい!」


 外へと出た四人、いや五人は久しぶりの外の空気を大きく吸い込んだ。


「「眩しい!」」


 照りつけるような太陽に双子は目の上に手を当てて影を作る。


「そうですね」

「……だな」


 双子は久しぶりの外界に楽しそうにはしゃいでいた。一方で、セプトとアハトは目の上を腕で覆い、鬱陶しい太陽を目に入らないように防ぐ。

 栗鼠のノインも焼けるような暑さにやれやれといった表情を浮かべていた。


「あれー、みんなどうしたのー」


 聞き慣れた声に四人が一斉に振り返る。そこに居たのは扉の横、壁にもたれて座っていたフィーアの姿。


「「フィーアだー!」」


 楽しそうに駆け寄っていく双子がフィーアのたてがみをわしゃわしゃと撫で回す。


「ヒュンフーもゼクスも元気そうだねえ」


 相変わらず眠たいのか、やる気のない声で二人に呼びかけるフィーア。

 アハトはその様子に溜め息を漏らしながら呟いた。


「二人とも、フィーアから離れろ。そんな奴でも俺らより上なんだぜ」

「えー」

「やだー」


 フィーアの両側で、双子の獣人は頬を膨らませてアハトを見つめる。


「はぁ……フィーアは相変わらずの人気者で羨ましいぜ……」

「そうかなあ……。ああ、でも暑いからそろそろ離れてほしいかなあ」

「「はーい!」」


 双子が楽しそうにフィーアから離れてアハトの近くに駆け寄っていく。

 セプトは軽くフィーアに言葉をかけると、そのまま歩き始めていった。


「おい、待てよ」


 両手を双子に塞がれたアハトがセプトに一声。すると、セプトは首少し回しながら言葉を返す。


「急がないといけません。ヒュンフーとゼクスも早く行きましょう」


 ヒュンフーとゼクスがアハトを挟んで見つめ合う。


「行くー?」


 ヒュンフーの問いかけに、

「行こー!」

 とゼクスが答え、アハトの手を引きながら歩きだした。


「おい、お前ら……」

「いってらっしゃーい」


 連れられていくアハトや双子達に手を振り見送るフィーア。


「はわぁあ……アインス遅いなあ」


 アインスが眠りについてしまい昨日から置き去りになっているフィーアだったが、特に怒っている様子は見られない。


「……ん?」


 視界の端に映る動く何かを感じたフィーアがすっと視線を向ける。


「あ、ノイ――」

「しーっ!」

「……?」


 口元に指を当てるノインにフィーアは首を傾げた。

 ノインはあわあわとフィーアとセプト達を交互に見比べた後、フィーアに声をかける事もなく後を追っていった。


「五人も一斉に出かけるなんて久しぶりだねえ……、はわぁぁ……眠いなぁ……」


 フィーアはそのまま何事もなかったかのように目を瞑り頭を岩に預ける。

 ノインは必死に四人の背後を追いかけた。


 オーディーンの国とは逆側に向かうように、ドラゴンバックの岩山を手慣れた感じで下りていく四人。


「くぅ……身長差でこちとらついてくだけで精一杯だって言うのによぉ……」


 ノインはせっせと走りながら四人の後を懸命に駆けていく。


「アインスのやつ、人使い荒いって……」


 ノインは走りながら「おや?」と思考する。


 ――そもそも、アインスが来れば良かったんじゃないの……、と。


「――あわわっ……!」


 小さな小石で躓くノインが鼻先を地面にぶつけた。


「うぅ……僕に岩山を走らせるとか、あれは竜じゃなくて鬼だね……」


 鼻先を手で擦りながらも後を追うノイン。


「僕が走りたいのは森の中なのにさぁ……」


 ひょこひょこ、ぴょんぴょんと岩場を静かに飛びながらノインが呟く。

 落ち込んでいるような表情を浮かべている。だが――


「まぁ、僕ならこれくらい朝飯前だけどね」


 次の瞬間には目を見開いて勇ましい顔つきに変わっていた。


「密偵をさせたら右に出る者は居ないのさ!」


 自画自賛をしながら「ふふん」と鼻を鳴らすノイン。

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