第14話

「へいへい、ヒュンフーとゼクスだけじゃ心配で仕方ねえ」

「うむ、二人を見てやってくれ」

「アインスの旦那にそこまで言われちゃ断れないねえ」


 アインスとアハトが目を合わせる。

 アハトは不敵に笑みを零した後、アインスはふっと笑った。


「では、また内容はセプトから聞いてくれ」

「はいよ……」

「ではな」


 アインスが振り返り立ち去ろうとするが――


「そうだ、アインスの旦那」

「どうしたのだ?」

「ジーベンの奴、また何処かフラフラと出てますぜ?」

「まぁ、奴は自由だからな……」

「自由も大概にしろ、ってアインスの旦那から一発言ってやってくだせえ、俺達の言う事なんて聞きやしねえ」

「ふむ、出会ったら伝えておこう」

「お願いしますよ、アインスの旦那」

「うむ……」


 伝え終えたアインスはアハトの寝床を後にしてドライと一緒に下りてきた階段の近くへと足を運ぶ。

 階段のある壁面から少し離れた一軒の家。円形を描くように作られた土壁がアインスの寝床だった。一ヵ所だけ、丸く開いた穴から身を縮めて中に入るアインス。

 他と同様に干し草が敷き詰められているだけの簡素な家。いや、馬小屋といっても差し支えないのかもしれない。


「……」


 アインスが鎧を脱ぎ捨て上半身を曝け出すと、その身体は顔と同じく黒い鱗で覆われていた。

 入口が見えるように干し草の上に腰を下ろすアインス。


「……ノイン」


 アインスは小さく呟いた。獣人の名前なのだろうが、家の中にそれらしい姿は見当たらない。


「ノイン……」


 アインスが静かに返事を待つ。誰への声かけなのか。


「……」


 耳を澄ますと干し草がカサカサと音を立て始めた。


「アインス、アインス!」


 アインスの座っている下から小さな声が聞こえた。甲高い声で自身の名前を呼ぶ者を確認する為、アインスは一度その場で腰を浮かせてみる。


「……ノイン、何故そんなところに居るのだ」


 干し草の中からひょっこりと顔を出していたのは小さな栗鼠りすだった。


「僕が気持ちよく寝てたら君が上からのしかかってきたんだろ!」


 声音の高い栗鼠、彼が獣人ノインである。


「すまんな」

「頼むよー! 僕だって好きでこの格好してるわけじゃないんだからさ!」

「ああ、そうだな……」


 ノインは素早くアインスの手元から腕へと走り、肩に座り込んだ。

 人の手のひらに収まる程の大きさは他の獣人達と比べるとただの動物にしか見えない。


「んで、どうだったのさ」

「うむ」


 アインスは立ち上がり、家の入口の周りを確認した。誰も居ない事を確認してから干し草の上に座り直す。そして、戦場での事からセプトの提案の事までをノインへと伝えた。


「ふーん、それで僕の出番?」


 小さな肘でアインスの首を小突きながらノインが尋ねる。


「まぁ、そういう事だ」

「いいんだけどさぁ、アハトが行くなら大丈夫じゃないの?」


 栗鼠の姿で腕を組んで片方の眉を動かすノイン。アインスは頭を動かしノインを視界の端に捉えようと傾けて声を発する。


「念の為だ。それに、お主にしか頼めない」

「はぁ……アインスに言われたら断れないの知ってて言ってるだろー」

「さあな……」

「まあ、僕が獣人の中でも優れた存在だって理解している君だからね。ちゃんと引き受けてあげるよ!」


 ノインは小さな胸を張って拳をちょこんとくっ付けた。


「頼もしいな」

「当たり前だろ。唯我独尊、獣人の監視役ノイン様だぞ」

「ふっ……」


 小さく勇ましい姿にアインスは鼻で笑ってしまう。ノインはハッとしてアインスを睨みつける。


「ん? 今笑わなかった?」

「……笑っていない」

「ほんと?」

「う、うむ……」


 アインスは気まずそうな面持ちを隠すように、ノインから顔を背けて寝転んだ。


「わわっ……!」


 ノインは急に動いたアインスの肩から干し草の上に飛び移る。そして、アインスの顔の前に横になって呟いた。


「ちょっとアインス! 急に寝転ぶと危ないだろ!」

「ああ、すまない。ちと疲れてな……」


 目を瞑り深く呼吸を始めるアインス。


「へへ、獣人を統べる黒竜が疲れただって?」

「フィーアの世話やアハトがちょっとな……」


 アインスはボソッと愚痴を零した。


「フィーアは駄目だな! ありゃ腑抜け過ぎだ。アハトも口ばっかりで身体を動かさないからな!」

「ふふっ……まぁ、あれはあれで良いのだよ……」


 ノインは頭を左右に振りながら深い溜め息を吐く。


「アインスは相変わらず仲間には甘いよなぁ」

「……生き残りは我等だけなのだ。争い合う必要はないだろう」

「へへっ、そうやって昔も助けてくれたよな」

「……」


 セプトとの会話の時を思い出してしまうアインス。弟の泣き叫ぶ姿が瞼の裏に映し出されていくが、ノインがその事を知るはずもない


「まぁ、アインスの言う事だけは聞いてやるからよ」

「……ありがとう」


 ノインは寝息を立て始めたアインスの顔をペタペタと叩くが起きる気配はない。


「しゃあねえなぁ」


 そう呟くと、ノインはそのままアインスの家を後にして階段の陰で木の実を齧りだした。



 次の日、セプトと選ばれた三名は階段を上がって出て行こうとする。その後ろを音もなくついて行くのは栗鼠の姿をしたノインである。





――――――――――――――――――――

[人物などの紹介]

ノイン

栗鼠の姿をした小さな獣人。

ただの動物にしか見えないが、彼もまたアインス達と数百年の時を生きている。

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