第13話

 鍾乳洞の中心であり池のすぐ近く。


 固まった土が壁を成しているだけの四角く囲まれたその中には、人間のような顔をした少年が二人、干し草の上で寝転がっていた。


 白く短い髪、その頭部には獣の耳が生えており、ふわふわとした白い尻尾が腰の辺りから身体に巻き付くように伸びている。


 彼と移し鏡のように向かい合って眠る褐色の少年の姿をした獣人。髪は短く黒に染まり、その間からはやはり獣の耳を覗かせている。黒い尻尾は同じように身体に巻き付け、静かに寝息を立てていた。


 耳と尻尾が無ければ人間の子どもと見間違えてしまうほど、その姿は人間に近いものである。アインスやドライ、フィーアと違って子どものような姿を晒してすやすやと眠っている双子の獣人。愛くるしくも見えるその容姿は「守護すべき対象である」と本能に訴えかけるものがあった。


「ヒュンフー、ゼクス、よいか?」

「……」


 黒髪の少年は無反応だったが、白い髪の少年の獣耳がピクッと反応を見せる。


「…………ん、アインス?」


 寝ぼけまなこを擦りながらひょこっと上半身を起こしたのは。


「起こしてすまないな、ヒュンフー」


 白い狼の少年、獣人ヒュンフーであった。

 アインスはその微笑ましい姿に和みつつも優しく声をかける。


「今、話をしてもよいか?」

「うーん……うん……」


 寝起きで目がぼやけているのか、腕でゴシゴシと顔を拭いた後、ヒュンフーは頭の上に付いている耳をピクピクと動かした。胡坐をかいて座り、白い尻尾をお腹に巻き付けるヒュンフー。


「平気……、それよりどうしたの?」


 アインスの顔を見上げながら問いかけるヒュンフーに、アインスが片膝を着いて問いかける。


「……ああ、セプトがお前たちに頼みたいことがあるらしくてな。任せてもよいか?」

「うん、アインスのお願いだったら良いよ!」


 ヒュンフーが眠たそうな顔に満面の笑みを浮かべ了解の合図を送る。


「すまないな」


 アインスはそう言いながらヒュンフーの頭を優しく撫でた。


「ふふふ……」


 ヒュンフーははにかみながら白い尾を後ろで揺らして楽しげである。


 数百年の時を生きていても、知識をほとんど持たないヒュンフーとゼクスの双子は本当の子どもと変わらない性格をしていた。

 獣人達の姿や性格は数百年前から変わらないこともあり、二人は獣人達にとって本当の子どもと変わらない。


「えへへ……くすぐったいよアインス……」


 撫で終えたアインスが立ち上がる。ヒュンフーはブルブルと身震いして髪を浮かせた。


「この事、ゼクスにも伝えておいてくれるか?」

「うん、分かった!」

「では、頼んだぞ」

「はーい!」


 手を振るヒュンフーに対してアインスは後ろ手で挨拶を交わしてその場を去る。


「あとは……アハトか……」


 もう一人の獣人の名前を口にした時、アインスの表情が一瞬陰りを見せた。

 願わくば会いたくはないと言わんばかりの顔つきに溜め息が一つ零れている。


 鍾乳洞の壁面、家や寝床と呼ぶにはあまりにも低い壁と粗雑な作り。アインスの背丈では中が丸見えになっていた。


「アハト」

「……おお、アインスの旦那じゃないですかい」


 背の低い土壁で隔てられた奥、鍾乳洞が丸見えになっている壁にもたれながら言葉を返したのは、獣人アハトである。


 大きな身体にはわにの頭部、ヒュンフーの頭など一飲みにしてしまいそうな程に口と顎はアインスよりも大きかった。口からは何かの骨らしきものがちらほらと顔を覗かせている。


「何用ですかい?」


 歯の間でカラカラと骨を鳴らすアハトが気分良さげに問いかけた。


「お主に頼みたい事があってな」

「おっ、久々の仕事ですかい?」


 退屈で仕方がなかったとでもいうように、アハトは拳を握り締めて骨を鳴らした。目をギラリ光らせては口元を緩めて笑う。


「それがだな、セプトと一緒に――」

「ああ……」


 アハトはアインスの言葉を遮るように残念そうな声を漏らした。


「ああ、アインスの旦那。それだけは出来ねえ相談でさぁ」

「ふむ……」


 先程、アインスが顔を歪ませた理由……。

 セプトに対して嫌悪感を抱いたままの獣人、その一人がアハトだったため……。


「俺はアインスの旦那にだったらついて行くが、あの嘘くさい半獣半人の野郎だけはどうも好かねえ」

「どうしても駄目か?」


 座ったままのアハトを上から見つめるアインス。その目はしっかりとアハトを捉えていた。


「旦那の頼みでもそれはちっとばかし厳しいでさぁ」

「ふむ……」


 アインスは腕を組みながら考える。アハトが大切に想っているもの、大事にしているもの。セプトがヒュンフーとゼクス、アハトの三人を選んだ理由を絡めて考える。


「……」


 アインスはそっと頭の中で「なるほど……」と呟いた。


「アハト、今回の同行者はヒュンフーとゼクスだ」

「なに……?」


 アインスの言葉にアハトの顔色が変わる。


「お主が行かぬというならセプトとあの二人だけになってしまうが……」

「アインスの旦那、あの子ども二人を引き合いに出すのはズルくないですかい?」

「さあな……、人員は私が決めた。よろしく頼むぞ」


 アインスは面倒事が起きないようにさらっと嘘を混ぜ合わせて依頼した。





――――――――――――――――――――

[人物などの紹介]

ヒュンフー

白く短い髪、その頭部には獣の耳が生えており、ふわふわとした白い尻尾が腰の辺りから身体に巻き付くように伸びている。


ゼクス

髪は短く黒に染まり、その間からはやはり獣の耳を覗かせている。黒い尻尾は同じように身体に巻き付け、静かに寝息を立てていた。

二人とも、耳と尻尾が無ければ人間の子どもと見間違えてしまうほど、その姿は人間に近いものである。


アハト

鰐の獣人。アインスの竜頭よりも大きい口がよく目立つ。

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