第12話

 追い詰めていた人間達が姿を消し、争いが絶えた頃、数百年以上も前――



 獣人の一部が同じ種族同士で争い合うようになった。血で血を洗い、強き獣人の首に噛みつき生き血をすする。そうする事で誰が獣人の中で最も強いのかを競い始めた。

 数百体の獣人が屍となり、当時生き残っていたのはアインスと十数名の者達のみ。


 アインスと同じ竜人が暴れたせいでほとんどの種が息絶えた。業火に焼かれ、噛み砕かれ、手足を引きちぎられ……。荒れ果てた大地は獣人達の血肉で地獄絵図と化していた。

 アインスは残りの者達を守る為に同じ竜人と対峙する。


 黒竜アインスは白竜と激しい戦闘を繰り広げた。互いに火を噴いては牙を突き立てる。尖った爪で相手の厚い皮膚を引き裂いては血を吐き出させる。


「……」


 何十時間、何日、何十日と……、両者の戦いは壮絶であった。

 黒い雲が空を覆う。荒れ果てた大地と血の臭いが広がる戦場で向かい合うようにして立つ二頭の竜。黒竜アインスの真の姿を鏡に映したかのような白い竜は、恨みに淀んだ瞳を黒竜へと向けていた。一方でアインスの瞳は何も語らない。


「はぁ……はぁ……」


 両者共、至る所から血が流れている。白竜の黒い血が乾きまだら模様を描く。


「なぜ、弱者を庇うのか!」


 白竜は叫ぶように黒竜へと問いかけた。

 黒竜はその問いかけに対して静かに答える。


「命あるものに弱者も強者もない。獣人同士の争いに何の価値もない」

 と。


「強者が弱者を支配する! それは人間ではなく獣人もまた同じこと! 淘汰されるべき存在なのだ!」


 白竜は裏切り者を見るような目で黒竜を睨みつける。


「その淘汰をお前が担う必要は無いのだ」

「黙れ! 戦う事を拒み続ける意気地なしのお前に言われたくはない!」

「何故、争い合うことが無駄であると分からないのだ……」


 黒竜は悲しい表情を浮かべて白竜へと話しかけた。


「争い尽くせば最後には争う相手も居なくなる。全てが無に帰す事こそが世界の理と知れ! 臆病者!」

「愚かな弟よ……」


 黒竜はそっと目を閉じる。


「お前を兄だと思ったことなど一度もない!」


 白竜の言葉を聞いた黒竜はその大きく裂けている大きな口から溜め息を漏らした。


「白竜よ、最後の忠告だ。これ以上、獣人を殺すと言うのなら、私はお前を殺さねばならない……」


 悔しさを噛み締めるようにアインスが言う。


「ふん、ならば俺を殺すしか方法は無い! だが、臆病者のお前に俺は殺せない!」

「そうか……」


 黒竜が白竜に向かって歩き出した。地面にとどろくような足音が少しずつ加速していく。


「やれるもんならやってみろ!」

「……」

「どうせ、お前には誰も殺せな――ッ!」


 黒竜は片足に重心を動かし身体を回転させた。勢いよくしなる強靭な尾が白竜の側面に当たる。

 助走と遠心力によって白竜の身体が岩場へと吹き飛ばされる。


「グォォォオッ……!」


 岩に叩きつけられた白竜が堪らず苦痛の声を上げた。頭部を岩にぶつけてしまいガンガンと脳に響く白竜が苦しそうに悶える。


「クソッ……臆病者のお前がどうして……――ッ!」


 白竜のかすむ視界の先には、黒竜が一歩ずつ近づいてくるのが映った。

 黒竜アインスは横たわる白竜の傍で見下ろしながら呟く。


「私はお前の兄だ。お前に劣る事など何もない」

「な、何をする気だ……! お、お前に弟が殺せるのか!?」

「……」


 黒竜は動けなくなっている白竜の上顎と下顎を手で掴み、思いきり開いていく。


「うがぁああああああ! ぁぁああ! うがぁぁあああ! ぐぁぁああああああ!」


 ミシミシと裂けていく口に白竜が涙を流しながら叫ぶ。しかし、黒竜は冷たい視線を向けたまま力を弱めることはしなかった。


「死んでいった者達へのせめてもの手向けだ。苦しみながら死ぬといい……」


 苦悶の表情を浮かべている白竜の口からバキッ……と関節が外れる音が響く。

 黒竜は下顎を捻りながら取り去った。


「うぐぁあああ……ぐがぁああああああ……!」


 苦しむ弟の姿に静かに涙を零す黒竜はそっと喉元に喰らいつく。


「すまなかった……」

「……!」


 黒竜の呟いた言葉に白竜は目を見開く。

 牙が突き刺さり血が零れだす。


「うぐぁあああ……ぐぉぉおおお……ぐぉぉん…………」


 白竜が暴れて抵抗するも、その力は次第に弱まっていった。


 ゴギッ……バギッ……グギッ……!


 黒竜の口が白竜の喉元の骨を砕き、あまり聞き慣れない低い音が静かに戦場に響き渡った。


「……」


 黒竜は白竜から離れると、自らの弟であるその亡骸をじっと見つめて涙を零す。

 息絶えた白竜は無残な姿で死んでいた。それは獣人を殺した罪の証であり然るべき姿であると、黒竜は胸の内で己に言い聞かせる。

 その後、生き残りの獣人達には黒竜によって名前が付けられる事となった。

 黒竜のアインス、獅子の獣人フィーア、鷹の獣人ドライなど……。


 途中で自然へと帰った、死んだ者達を除いた十名が今、現存する獣人達である。


 この獣人の仲間に途中から参加した者が、アインスの目の前に居るケンタウロスのセプトであった。

 セプトの話では、森の奥深くで静かに暮らしていた所を人間に襲われ命からがら逃げ延びたという。獣人とは異なる異様な姿に獣人達の半分ほどが侮蔑ぶべつの目を向けていた。

 人の姿にも成れない。変化も出来ない。

 どちらか一方の形態を維持するしか出来なかった獣人は居たが、下半身が馬で上半身が人間の姿をしたセプトは異形の獣人であった。


 獣人達が距離を置くのは必然……。だが、ドラゴンバックの地下空洞を見つけ、寝床を作り、火を使って夜でも明るい生活を送ることが出来るようにしたのは他でもないセプトである。

 獣人達を束ねてきたアインスにとってセプトはいつの間にか相談役となっており、補佐のような人物となっていた。


 セプトが独りで過ごしてきた経験がアインス達の力になっているのは言うまでもない。


「アインスさん……?」


 長く感じた沈黙を破ったのはセプトの声だった。

 アインスはハッと目を開けてセプトへと顔を向ける。


「いやはや、昔の事を思い出させてすまなかったな……」


 自分自身が過去を振り返っていた事は隠したまま、セプトへと返事を返すアインス。


「いえ、昔の話ですから気にしないでください」

「ふむ……」

「……」


 俯くアインスに悲しげに微笑むセプトの間に再び沈黙が続く。

 静かな空間によって時間が無限に続いているような錯覚を生じさせる。

 セプトは俯き悩むアインスに勢いよく話しかけた。


「ところで場所の提案なのですが!」

「あ、ああ、そうだったな」


 片目を開けてアインスが答える。


「少し気になる場所があります。ただ、私一人だと……」


 セプトは過去の経験から一人で外出することに恐怖を抱いていた。ほとんど外に出ることもないのだが、探索や調査といった場合にはセプトの外での経験が役に立つ。よって、セプトが動く時は誰かが一緒に行動する。これがアインスなりの優しさであった。

 おかげで獣人の上位メンバー以外は、基本的に「誰かと共に行動する」という規則を設けた。


「ああ、護衛であろう。気にせず連れて行きなさい」

「ではヒュンフーにゼクス、アハトさんを同行させて頂いてもよろしいですか?」


 セプトが獣人三名の名を口にする。

 アインスは考える素振りを見せてから口を開いた。


「ふむ……、では、彼等には私から伝えておこう」

「ありがとうございます」

「では……」


 アインスが重い腰を上げて立ち上がる。


「なるべく早く調査に行ってもらえると助かる。オーディーンの国の者達がいつ攻め入ってくるか分からんのでな……」

「分かりました!」

「うむ、よろしく頼む」

「はい!」


 挨拶を済ませてセプトの家を出たアインスは鍾乳洞の中を歩き、まずは双子の狼ヒュンフーとゼクスの元へと向かった。




――――――――――――――――――――

[人物等の紹介]

黒竜

アインスと呼ばれる前の名無しの竜。

白竜の兄であり、殺した張本人。


白竜

名無しの竜。

黒竜の弟であり、獣人を皆殺しにした者。

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